日本では資産が1億円以上ある人を富裕層と呼ぶ。その数は127万人(世帯)。リーマンショックで一時減少したが、その数は順調に伸び続けている。富裕層の増減は高額商品の売れ行きと直結する。実際ここ数年、百貨店などの高額商品の販売は好調だ。しかし、浪費をするのが富裕層ではない。むしろ無駄なものは買わない人の方が多い。彼らがものを買うのはそれが投資であり、リターンが見込める場合に限られている。それでは最近の富裕層は何に魅力を感じ、どこに投資しているのか。(『経済界』2019年10月号より転載)
日本の富裕層を取り巻く環境
億の報酬を受け取る経営者が増加
安倍首相は8月25日に在任期間(通算)が2799日となり、大叔父である佐藤栄作を抜いて歴代単独2位となる。先日の参院選でも改選議席の過半数を維持するなど体制は盤石で、このままいけば11月20日に2887日となり、桂太郎を抜いて歴代単独1位となる。
安倍政権が長期政権になったのは、経済が安定していたためだ。黒田東彦・日本銀行総裁と二人三脚で進めてきたアベノミクスによって、日本経済は上昇し続けており、今年1月には景気拡大期間が74カ月連続となり、戦後最長を記録した。
このアベノミクスによって、大きく増えたのが、富裕層だ。
20世紀までの日本は「1億総中流」と言われていた。極端な富豪もいない代わりに貧乏な人もいない平等な社会が形成されていた。
例えば、大手企業で新入社員と社長の年収を比較すると、新入社員が300万円、社長は3千万円と、10倍の格差というのが一般的だった。
ところが今では、億を超える報酬を受け取る経営者は珍しくない。逮捕されたカルロス・ゴーン日産自動車前会長の年間50億円は別格としても、今年取締役を退任したソニーの平井一夫前社長も9億円の報酬を得ていた。
特にこの傾向が顕著になったのが、リーマンショック(2008年)以降で、企業に利益をもたらす優秀な経営者には、多額の報酬を支払うことが当然となった。またそうでなければ優秀な人材が採用できなくなってきた。
経済安定、消費低迷でターゲットは富裕層に
その結果、富裕層は増え続けている。次頁のグラフは、野村総合研究所が発表した、日本の富裕層世帯の推移である。
2010年以降、年を追うごとに増えていき、17年には資産1億円以上5億円未満の富裕層が118万7千世帯、5億円以上の超富裕層が8万4千世帯と、いずれも過去最高となった。そしてこの傾向は、今後も続くと予想される。
現在も続く戦後最長の景気拡大局面でも、個人消費はそれほど大きくは伸びていない。参院選の争点にもなった「年金2千万円不足問題」に象徴されるように、人生100年時代の老後資金への不安が、人を消費から遠ざける。そこで、各業界が揃ってターゲットとしているのが富裕層だ。
例えばクルーズ業界などはその代表だろう。
クルーズ客はここ数年、右肩上がりで増え続けており、17年の日本人のクルーズ人口は26万5千人と、前年より5%増え過去最高を記録した。
中でも増えているのが外航クルーズで、平均的な予算は1週間のクルーズで50万円ほど。夫婦2人で100万円だが、定年をむかえたシニア客でデッキはあふれている。もちろんこれは平均であり、中には1人1千万円を超えるクルーズツアーもあるが、日本人参加者も年々増えているという。
富裕層の増加で変わる高額商品の位置づけ
実用面より宝飾品としての意味合いが強くなった時計
高級腕時計の売り上げも富裕層拡大と軸を一にする。今では誰もが携帯電話で時刻を知ることができるため、腕時計に実用的な役割はなくなった。「携帯電話を持ってから一度も腕時計をしていない」という人も多い。
その分、腕時計には宝飾品としての役割が増している。一昔前は、「フェラーリに乗ることがベンチャー経営者として成功した証し」と言われたが、今では「高級腕時計が成功者の証」と言われる。実際、日本における高級腕時計市場は伸び続けている。
中国人の爆買いが話題になった時にはインバウンド需要も大きかったが、今では日本人が買い求める。そのため、ここ数年、フランスの「レゼルボワール」、スイスの「フランクデュバリー」など、日本初進出のブランドが増えてきた。
クルマを持つことは究極の贅沢に
実用性より持つこと自体が自分の価値を高めるという意味では、クルマも同様だ。自動運転時代が目前に迫る。
先日、日産が発表した新型「スカイライン」は、高速道路での自動運転を実用化した初の国産車となった。カーシェアリングも普及してきた。そう遠くない将来、スマホを操作することで自宅に無人でクルマが迎えに来て、目的地まで運んでくれるようになる。だからこそ、クルマは究極の贅沢品となり得る。フェラーリなどのスーパーカーの中には1億円を超えるものも珍しくはないが、日本国内での売れ行きは好調だ。
また、時計にしても高級車にしても、購入価格は高くても、リセールバリューも高い。ものによっては、購入時より価値が高くなることもある。つまり、オーナーであるとの満足感を得ると同時に、金融資産として財産の保全も可能なところが、富裕層を引き付ける。
このように、高額商品、高額サービスの人気は高いが、富裕層の最大の関心事は、消費ではなく、自分の築いた資産をいかに保ち、場合によっては増やし、次代に渡すことができるかどうかだ。金融機関はそこに商機を見いだそうとしている。
富裕層をターゲットにする金融機関
長引く低金利は銀行の収益を圧迫している。また企業の投資意欲も旺盛とは言いがたく、また投資する場合でも資金調達の手段が多様化したことで、投資=銀行融資という図式が通用しなくなっている。
そこで新たなる収益源の開拓が迫られているが、そのひとつが富裕層向けのプライベートバンキング(PB)だ。富裕層のお金に関する相談を一手に引き受けることで、資産運用や相続、節税などに関与し、一定の手数料を得ようというものだ。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)では、ウェルスマネジメント(富裕層ビジネス)に注力するため、銀行、信託、証券が一体になってチームをつくり、取り組んでいる。こ
れまでは、相続などは三菱UFJ信託銀行、株式投資は三菱UFJ証券といった具合に個別に担当していたが、「専門性を高め、銀・信・証それぞれのトップタレントを結集してチームを編成する」(三毛兼承・MUFG社長)。
また、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)もPBに力を入れる。SMFGの場合、他のメガバンクに比較して「弱い」と言われてきたのが信託部門だ。
旧住友銀行と旧住友信託銀行が、同じ住友グループ内でもそれぞれ独立路線を歩んだという経緯があるため、今も三井住友信託銀行はSMFGと距離を置いている。
しかし遺産相続は信託銀行の得意分野。PBのサービスを充実したものにするにはこの機能ははずせない。そこでSMFGは、13年に仏金融大手のソシエテ・ジェネラルから信託銀行を買収し、SMBC信託銀行に社名を変え、信託分野に参入した。さらに4年前には米金融大手シティグループの日本法人、シティバンク銀行が個人向け事業を撤退した際、同部門を買収、SMBC信託と統合して、一気に規模を拡大した。
みずほフィナンシャルグループも富裕層向けサービスを強化中だ。
かねてから10億円以上の預け入れ資産のある顧客が入会できる「みずほプライベートウェルスマネジメント」というサービスを展開、オーダーメードの金融商品の販売や健康・医療・教育情報などを提供している。
16年にはみずほ銀行が富裕層専門の部署を立ち上げたほか、昨年にはスイスの老舗PB、ロンバー・オディエ社とみずほ証券のシンガポール法人が業務提携を結んだが、これはシンガポールに住む日本人富裕層を開拓するためだ。
富裕層の最大の関心ごととは
もうひとつ、自分の資産を永続的に維持するために、富裕層が熱い視線を送るのが教育だ。
アメリカの富裕層は子どもの教育に2億円を投じるという。日本の場合、小学校から大学まで私学に通ったとしても学費は2千万円程度(医学部を除く)だからアメリカの10分の1にすぎない。
しかし、最近は非常に高額な幼児教育も行われるなど、変化が起きつつある。
富裕層の親が一番求めるのが国際感覚だ。そこで最近の高額保育園の中には、日本語禁止、すべて英語で授業が行われるところもある。
また、知育教育に力を入れ、小学校入学時までに「IQ130以上」を謳う保育園も登場した。こうした保育園の多くは月謝が10万円以上で、年間150万円ほど。2歳児から5歳児まで通えば600万円となる。さらに小学校に通わせず、インターナショナルスクールに入学すれば、初年度200万円は必要だ。最近では高校から海外に留学させる家庭も増えており、そうなると生活費も合わせ年間500万円ほどかかる。
「それだけ子どもにお金をかける家がどれだけいるのか」と思われるかもしれないが、実際、高校時点での留学を勧める専門業者も多数あり、関心の強さがうかがえる。
今後、富裕層とそれ以外の格差はさらに開いていく可能性が高い。それだけに、一度その階級に属した人たちは、そこから落ちないための投資を惜しまないのだ。
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