この10年間で大きく底上げされたバスケットボール人気。その背景には、2016年に発足したB.LEAGUEの戦略的なプロバスケ改革がある。20年からリーグを率いる島田慎二チェアマンは、潮目を変えたのは沖縄新アリーナの竣工だと語る。アリーナという「箱」から始まる好循環の輪とは。聞き手=小林千華 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年10月号より)
島田慎二 B.LEAGUEのプロフィール

しまだ・しんじ 1970年新潟県生まれ。大学卒業後、93年マップインターナショナル(現エイチ・アイ・エス)入社。96年に退職後、独立を経て、2015年に公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)理事就任。17年9月より、Bリーグ副理事長就任。19年8月、千葉ジェッツふなばし会長就任。20年7月より現職。日本バスケットボール協会副会長も兼任。
単なる競技試合ではなく「ライブスポーツエンタメ」
野球、サッカーに次ぐ「第3のプロスポーツリーグ」として2016年秋に誕生した、国内男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」。24―25シーズンの総入場者数は484万人と、初のシーズン(16―17)時の223万人から倍増した。さらには入場者の半数以上が女性、リピーターの占める割合は約7割と、その客層は他のプロスポーツと一風異なる。
20年7月にチェアマンに就任した島田慎二氏は語る。
「日本のバスケットボールは不人気というか、マイナーな時期が長かった。発展していくというよりも、いかに生き延びるか、継続していくかが全てでした」
島田氏は経営破綻寸前だったプロバスケチーム・千葉ジェッツふなばしの再建を依頼されたことをきっかけに、スポーツ業界に足を踏み入れた。しかし当初は、スポーツ業界に「稼ぐ構造」があまりにもないことに衝撃を受けたという。島田氏はその後、千葉ジェッツふなばしをトップクラブに押し上げる。その功績が評価され、Bリーグ3代目チェアマンに抜てきされた。
島田氏はずっと、「スポーツで顧客満足度を上げるにはどうすればいいか」考え続けているという。
「音楽ライブや演劇の舞台などは、毎回安定したクオリティのコンテンツを届けられる。しかしスポーツ競技には勝ち負けがありますから、そこでどうしてもお客さまの満足度が左右されてしまう。ただ、バスケットボールは、屋内アリーナの閉ざされた空間で行う競技なので、光や音を活用して非日常的な演出をしやすいスポーツです。われわれはそれを生かしたエンタメ体験を創ることで、勝ち負けによる満足度の落差をできるだけ抑えることを狙います」
Bリーグはこうした思いを込め、自分たちの届けるコンテンツを「ライブスポーツエンタメ」と呼ぶ。目指すは「世界一型破りなライブスポーツエンタメ」だ。
沖縄新アリーナの竣工がリーグの大きな分岐点
Bリーグの目指す「型破り」をつくる要が「夢のアリーナ」。Bリーグの所属クラブは、B1(一部リーグ)~B3リーグ(三部リーグ)までの三部に分かれる。26―27シーズンからは競技成績による昇降格制度を廃止し、ライセンス基準を満たしたクラブは全て一部リーグに所属できるエクスパンション型に移行予定だ。
基準は競技の強さではなく、クラブの事業力。新一部リーグ(B.LEAGUE PREMIER)のライセンス基準は具体的に、売上高が12億円、入場者数が平均4千人を超えていること、そして「夢のアリーナ」を備えていること。これらを満たさなければ、いくら強くても昇格できない。中でもアリーナは、改革の一丁目一番地だ。
「大事なのは入場者数なんです。どんなに素晴らしいエンタメもスーパースターのプレーも、観客がいなければ空虚です。観客がたくさんいるから、プレーヤーに緊張感が生まれてゲームが盛り上がる。プレーヤーがいいゲームをするから、場に熱狂が生まれてファンが増える。そうすればプレーヤーの年棒も上がるし、プロバスケ選手を目指す子どもたちも増える。まずアリーナの座席を埋めることが、こうした好循環の起点になります」
「夢のアリーナ」には、収容人数5千人以上、スイートルーム設置といった条件がある。これまでの体育館は、収容人数3千~4千人までのものがほとんどだった。それを最低5千人とすることで、さらなる熱狂を生む。また、天吊りビジョンやリボンビジョンといった大型映像装置の設置も推奨。トイレの数や座席設備にも条件を設け、あらゆる面での観戦体験向上を目指す。
また、オフシーズンには音楽ライブなどの会場として、災害時には避難所としての活用も見据えている。各地のクラブがアリーナという箱を通じて、さまざまな形で地域活性化に貢献することが狙いだ。
しかし改革を掲げた当初、こうしたアリーナの必要性を関係者に理解してもらうのは難しかったと島田氏は振り返る。
「既存の体育館でもそれなりに収益を上げているクラブもある。なぜ100億円以上もの資金をかけて、大規模なアリーナをつくらないといけないのかと。NBAの2万人規模のアリーナの映像を見せて説明しても現実味がない。私も苦しかったです。分岐点となったのが、沖縄サントリーアリーナの竣工でした」
沖縄サントリーアリーナは21年2月、琉球ゴールデンキングス(以下、琉球)のホームアリーナとして、沖縄市コザ運動公園内に竣工した。クラブの熱意はもちろん、地域の強力な後押しもあって実現した「夢のアリーナ」第一号案件だ。収容人数は8768人(コンサート時約1万人)と、屋内の多目的アリーナとしては県内最大規模。23年に開催されたFIBAバスケットボールW杯の会場にも選ばれた。W杯では男子日本代表が、48年ぶりに自力でオリンピックへの切符を獲得。まさにこのアリーナが熱狂の舞台となった。
かつてはいくら言葉だけでアリーナ改革構想を語っても、絵に描いた餅とみなされてきた。しかし沖縄サントリーアリーナの竣工以来、向けられる視線が変わったと島田氏は語る。
「やはり百聞は一見に如かず。今まで『NBAみたいなアリーナをつくる!』と言っても、地方自治体の方もアメリカまで視察には行けませんから、従来の体育館との違いがいまいち伝わらなかった。国内に新アリーナができ、実際に足を運んでいただけるようになって一気に風向きが変わりました」
計算し尽くされた座席配置、光や音を駆使した演出効果。「夢のアリーナ」にしか出せない価値がようやく伝わった。その後23年4月には群馬県太田市、5月には佐賀市と、続々と新アリーナが竣工。25年7月時点で、B.LEAGUE PREMIERの基準を満たすアリーナは26カ所(その内進行中のプロジェクトは8件)に増えた。
アリーナ効果は数字にも表れている。23―24シーズン、琉球ゴールデンキングスのチケット収入は12・1億円。島田氏は「おそらく琉球のチケット売上は、Jリーグの浦和レッズとか横浜F・マリノスのちょっと下」と分析している。ようやくJリーグトップクラブと戦える水準にたどり着いた。
島田氏は琉球について、「既に沖縄になくてはならない存在として地元の方々に受け入れられている」と語る。
「今や、バスケファンではないのに『沖縄へ来たから噂の新アリーナも見てみよう』と、観光地の一つとして訪れる人々がいます。ニューヨークに来たからブロードウェイを見に行こう、という感覚に近いです。プロ野球やプロサッカーのスタジアムでも、観光客まで引き寄せる吸引力を持つ場所はない。バスケでそれができているというのは、イケてる話だなと思います」
幼少期に受けたインパクトは最高峰のエンタメを凌駕する
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島田氏自身も「かなりのエンタメ好き」を自称する。スポーツはもちろん、音楽、演劇、お笑い、サーカスまで。「世界的ミュージシャンの来日公演にはできるだけ行きますし、歌舞伎も見るし、落語も聴くし、大阪に行けば本場のお笑いも見ます。この1カ月間だけでも竹内まりやさん、松田聖子さん、小田和正さんのコンサート、立川志の輔さんの落語などに行きました」と語る。
スポーツ業界に入ってからは、勉強も兼ねてさらに広い分野のエンタメを体験している。Bリーグのファンには女性や若年層が多い。同じく女性ファンの多い宝塚歌劇団の公演で劇場のオペレーションを観察したり、若者に人気のアーティストのライブに足を運んだりすることもあるという。
そんな島田氏だが、これまで見た中で最も心に残った公演は、と聞くと「子どもの頃親に連れて行かれた縁日や、ザ・ドリフターズの地方巡業」を挙げた。
「大人になって見たマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストンのライブより、幼少期に体験したもののインパクトの方が断然輝いていますね。過去へのノスタルジーや、家族・友達と時間を共有した感覚が手伝って美化されているのだと思いますが、そんな思い出はどんな最高峰のエンタメにも勝るんです」
Bリーグでは子ども向けプロジェクトにも熱心に取り組んでいる。各クラブの所属選手が地域の小学校などに出向いたり、子どもたちをアリーナに招待したりして、各地で定期的にイベントを開催している他、今年7月には少女漫画雑誌『ちゃお』とのコラボ動画が公開されるなど、かつてのバスケットボールの印象を覆す施策も始まった。「幼少期にインパクトのあるものを提供できれば、大人になってもずっと好きでいてもらえるはず」というのが島田氏の持論だ。
24―25シーズンのBリーグ全体の入場者の内、52・2%を女性が占める。バスケットボールの競技人口の男女比もほぼ5対5で、野球やサッカーと比較して長く男女両方に親しまれていることも要因だ。ゆえにBリーグの入場者には、他の競技と比較してファミリー層、親子ペアが多いという。
「常に若い層を取り込み続けなければ、いずれファン層全体が老化してしまう。バスケは若年層に受けやすいスポーツなのでそこは押さえながら、われわれはさらに若い子どもも取り込んでいきます。マーケティング的に、まだお金を落とす能力のない子どもは見過ごされがちですが、今ファンになってもらえば今後育ってくるのですから、むしろ彼らを獲ったもん勝ちです」
クラブの個性が輝く演出 リアルの価値を体感せよ
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Bリーグの目指す「ライブスポーツエンタメ」には、事業力を上げるための条件はあっても、具体的なコンテンツの戦略は各クラブに任せられている。地元色を打ち出すクラブ、著名なDJを演出担当に据えるクラブ、チアリーダーのパフォーマンスに注力するクラブなど、押し出す魅力はさまざまだ。だからこそ、ファンはアリーナに直接足を運びたくなる。
「音楽ライブや舞台でも、大きな箱だと演者までの距離が遠くて肉眼では見えないとか、結局スクリーンで見るなんてことも多いですが、それでもその空間に身を置いているのと置いていないのとでは違う。リアルで体験することの価値はものすごく大きいです。特にデジタルの時代になった今こそ、その価値はさらに増していると思います」
