マネジメント

社会工学者であり、都市・国土計画および公共政策のための心理学が専門の藤井聡氏。第2次安倍政権の発足時から内閣官房参与として「防災・減災ニューディール」担当を務める。安倍政権が打ち出した「国土強靭化計画」の提唱者で、デフレ脱却と地方分散論を訴える。その藤井氏がそんな主張の根底にある「認知的焦点化理論」に基づき、「運」を心理的メカニズムや行動科学的に読み解く。文=榎本正義 Photo=佐藤元樹

運のかなりの部分は心理学と行動経済学で説明できる

201711FUJII_P01

ふじい・さとし 1968年奈良県生まれ。93年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。2006年東京工業大学大学院理工学研究科教授、09年京都大学大学院工学研究科教授、11年同大学レジリエンス研究ユニット長(兼任)。12年第2次安倍内閣の内閣官房参与(防災・減災ニューディール政策担当)に任命される。16年京都大学レジリエンス実践ユニット長(兼任)。

 運は科学的に説明できるものではないと思われている。しかし私は、かなりの部分を心理的メカニズムや行動科学的に説明できると考え、「認知的焦点化理論」を主張している。人間が心の奥底で何に焦点を当てているか、に着目した心理学理論で、ある人が物事に向き合うときに、どのくらい他人のことを配慮できるかという観点から、人を分類しようとする試みだ。

 図の横軸は社会的・心理的距離を示し、自分を起点として、家族・恋人→友人→知人→他人……と、右に進むほど関係は遠くなる。縦軸は時間軸。物事の対処に当たり、思いを及ぼす時間の軸を示すもの。そしてこれらの横軸と縦軸を結ぶ曲線で囲まれた面積が、「配慮範囲」を表す。「現在のことだけ」狭く配慮する利己的な人は狭く、「社会全体の将来まで」広く配慮する利他的な人は広い。そしてこの配慮範囲が広い利他的な人ほど得が増え、面積が狭い利己的な人ほど損が増える、というのが私の研究から導き出される結論だ。 まず、最近の心理学研究で分かってきたのは、人間を協力するか裏切るかで分析して初めて明らかになる社会構造がある、ということ。裏切り続ける人が多くなると、戦争が続いたり、泥棒が増えたり、嘘が蔓延する無秩序社会になる。一方、協力する人が多くなると秩序が保てて安寧の世界が訪れる。だから協力か裏切りかの二者択一の中で、「協力する力」を持った部族・集団が生き残り、裏切ることしかできない部族・集団より優位に立つことができた。こうして人類は協力することで進化してきたということが進化心理学という新しい学問から分かってきた。

 ただしその「協力する力」が進化するには、「裏切り者検知能力」が必須だ。例えば100人の人間がいて、全員協力すれば世の中うまくいくが、1人でも裏切り者がいて、協力する素振りをして裏切り(=詐欺)を続ければ、この1人に99人は搾取され、秩序が破壊される。例えば銀行という組織は着服する行員が1人もいないことが前提であって、誰か1人がバレずに巨額な着服をし続ければ、いずれは倒産する。だから協力が進化するには、裏切り者を検知(発見)する能力が不可欠なのだ。

 つまりイヌが嗅覚を高度に発達させることで生き残ったように、社会的な存在である人間は裏切り者(悪者)を見破る能力を進化させることで初めて繁栄を手にしたのである。

人間は「悪者」を瞬時に検知する遺伝子を受け継いでいる

 人間には悪者を見破り、裏切り者を検知する能力が備わっているが、それにももちろん個人差がある。しかし「見破り能力」が弱い人々は誰かに騙され、生き延びることができなかった。だから今日生きている私たちは皆、一定以上の騙されない能力を持った人々の子孫であり、「悪者・裏切り者」を瞬時に検知する遺伝子を受け継いでいるのである。

 この人はどこか胡散臭いなとか、何か嘘をついている、悪い人だといったことを私たちは勘で瞬時に判断するが、それは意外にもかなり正確だ。例えばいい人だと思っていた人物が店員にとった横柄な態度を垣間見たり、目が笑っていないことを発見した瞬間に感じる違和感などがそれだ。われわれはお互いにこうしたことを潜在意識の中で常に読みあっている。この人は自分のことを裏切っているなと思うと「嫌」と感じ、距離を置く。ところが協力的な人には、どことなく気持ちよくなり、どんどん近づいて距離が縮まっていく。

 もちろん「運」は予測できない現象であり、制御不能。だが、そんな予測できない運の良し悪しがあるのは、人間には「誰もが意識できない潜在意識」があり、その「癖」がいい人や悪い人をおびき寄せているからなのだ。人を助けてしまう人は、そう意識して助けるのではない。それは潜在意識の中で、認知的焦点化理論で言う「みんな」の「先々のこと」まで考えてしまう「癖」を持つからだ。そんな人なら、いろんな人を引きつけ、互いに感謝し助け合う互恵の関係を容易につくりあげる。結果、例えば一方が1を与えたら、相手は「ありがとう」と感謝して、その1.5を返す。こうして仕事でもプライベートでも相乗効果が生まれ、幸福な家族や強靭な職場組織が築き上げられていく。だから、利他性の高い人ほど、知らず知らずのうちに豊かな人生になっていくのだ。

 一方、認知的焦点化理論で言う「自分」だけを考える癖を持った利己的な人は皆から嫌われ、結局「こいつは利用できるかも」と言って近づいてくる奴だけとしか付き合えない。結果、互いに利用して騙そうとするので、万事うまくいかなくなる。仕事でもプライベートでも、継続的に協力し合って富や幸せを築けない。そのとき彼らは「自分には運がない、不幸だ」と感じるわけだ。

 私の専門はインフラを扱う土木の計画論で、都市政策や公共政策を研究しているが、その根幹にある「協力と裏切り問題」に関心を寄せる人が増えてきている。例えば車の渋滞や環境問題は結局、皆が自分のことだけを考える「裏切り」で生まれる。公共事業でも、「公益」のために必要な事業が、一部の人々が皆を裏切って「私益」を優先させて反対すれば、それだけで事業は止まり、皆が大きな損害を受ける(防災事業等はその典型だ)。デフレも、人々がお金を貯め、企業も内部留保を貯めて消費・投資しないから起こっている。お金を貯めるというのは、協力裏切り問題から言えば、公益を毀損する「裏切り行為」の側面がある。つまり経済現象も裏切るか協力するかの二者択一に根本的に左右されており、そこには以上に述べたメカニズムが深く関わっている。デフレが続くのは日本に「運」がないからでなく、「今だけ自分だけ」しか注視しない姑息な日本人が増えたからなのだ。そんな日本人は、過剰競争による物価下落を歓迎し、子孫のための公共投資に反対する。結果、内需は増えず、デフレはいつまでも続くことになる。デフレ脱却に今日本に必要なのは、究極的には他人や将来を考えることができる心の余裕なのだ。(談)

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

金利固定化の方法を知る

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メーン銀行との付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

金利引き上げの口実とその対処法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

コミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

所得税の節税ポイント

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

固定資産税の取り戻し方

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

人を育てる「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手に育成するコツ

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

部下の感情とどうつきあうか

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

“将来有望”な社員の育て方

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

 昨今、事業拡大や後継者対策などを目的とした企業同士のM&Aが増加している。同様にウェブサイトのM&Aが活発化している事実をご存知だろうか。サイトの売買で売り手にはまとまったキャッシュが、買い手にはサイトからの安定収益が入るなど、双方に大きなメリットがもたらされている。大手ITグループから個人事業主まで幅広い…

201712EVEREDIA_CATCH

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年1月号
[特集]
敗者復活戦

  • ・負けから何を学び、糧にしていくか
  • ・存亡の危機を乗り越えた「熱海」の逆転ストーリー
  • ・あの名門ブランドが、帰って来た(アイワ、ビクター)
  • ・「なるほど家電」を牽引する大手家電メーカーの早期退職組(アイリスオーヤマ)
  • ・関ケ原で敗れた立花宗茂はなぜ、返り咲くことができたのか
  • ・市江正彦(スカイマーク社長)
  • ・加藤智治(ゼビオ社長)

[Special Interview]

 三毛兼承(三菱東京UFJ銀行頭取)

 「旧来の商業銀行は構造不況業種 大変革で信頼と強さを持ち続ける」

[NEWS REPORT]

◆カードローン規制で稼ぎ頭を失う地方銀行の明日

◆12年ぶりのアイボ復活 名実ともにソニー再生は成るか

◆終身権力者も視野に入った習近平が恐れるクーデター

[特集]クルマが変わる、社会を変える

・これから始まる全自動運転 OSを制するのは誰だ!?

・車載電池の性能が左右するEV時代の覇権戦争

・冷える鉄鋼、潤う化学 クルマが変える産業構造

・トヨタ・日産・ホンダ・マツダ 主要4社「わが社の戦略」

ページ上部へ戻る