経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

自社の実態に合わない「借り物制度」の導入はいらない 野崎大輔

社労士・野崎大輔氏

「トレンドは『働き方改革』だ。今日から時短、今日から全員17時に退出だ!」「知人の会社では、何とか理論を使って社員のモチベーションが上がったそうだ。ぜひうちもやろう!」。そんな社長の大号令はなぜ従業員に響かないのか。労働問題のリアルに触れる野崎大輔氏が今回も吠えます。(聞き手・文=大澤義幸)

新しい制度やツール導入は自社の実態を見極めて

――(冒頭の小ネタが思いつかない……)今回は、会社に合わない制度、外部研修、お題目だけの決まりごと等の是非についてお話を伺います。野崎さんがコンサルされている企業で、新しい制度を導入したのにうまくいかなかった例はありますか?

野崎 (今回は冒頭に小ネタがないな……)失敗例なら、政府が2017年に始めた「プレミアムフライデー」に便乗してダメだった会社があります。社長の号令の下、社員に良かれと思って取り組んだものです。一部シフト制を導入し、全従業員が毎月いずれかの金曜に15時退出できるようにしたまでは良かったのですが、仕事が回らなくなり、自宅仕事や休日出勤が増えてしまった。結局、従業員から「本末転倒だ。意味がない」という声が挙がってやめたそうです。

――絵に描いたような失敗例ですね……。仕事の量を減らしたわけでも、仕事のやり方を変えてから始めたわけでもないんですよね? 仕事は社内だけでなく、社外との調整もあるでしょうし。それを前提に制度を導入しないと、最後にしわ寄せが来るのは従業員だと思いますが。

野崎 その通りです。やる順番が違うし、本質的な問題解決にはなりません。プレミアムフライデーのような施策を活用できるかは企業次第ですが、特に中小企業の場合、実態を見極めずに制度だけ導入してもうまくいきません。

――そうですね。プレミアムフライデーそのものは、本来の目的通り、国民の消費喚起を促し小売店や飲食店の売り上げに貢献していると言えますが、企業からすれば導入の仕方ですね。他にはありますか?

野崎 「サンクスカード」もそうですね。サンクスカードとは周りの人に感謝を伝えてコミュニケーションの円滑化を図るものです。従業員から「やりたい」と声が挙がるならいいのですが、ある会社では、経営者が外部の経営塾で話を聴いてきて、従業員の仲が悪い職場で突然「やろう!」と言い始めた。しかし従業員からすると、「急に何を言い出したんだ」となりますよね。何より経営者が一番できていなかったというオチ付きです。

――それもまた絵に描いたような……。「クレド」はいかがですか? 外資ホテル大手のリッツ・カールトンの影響で、日本でも「おもてなし」に絡めたクレドブームが起きたことがあります。

野崎 クレドも同じです。むしろ流行で美化され過ぎた感がありますね。

――そういうのをやりたがる経営者は、導入しただけで満足しているか、導入しさえすれば会社が良くなると安易に考えているのでしょうね。

野崎 従業員からしたらいい迷惑です。もっとも私たちコンサルタントの中にも、コンサル先の実情を省みず、覚えたての知識や人材教育・研修ツールを試したがる人がいます。私も駆け出しのころそういう過ちを犯しましたが、会社ごとに抱える問題は違うので、その解決を図るには当然導入すべき内容も違ってきます。外からの借り物ではダメなんです。

――何らかのツールを持ち出した時点で、コンサルのレベルが推し量れますね。他社からの押し付けではなく、社内研修で外部講師を呼ぶ会社がありますが、あれはいかがですか? 経営者や上司がOJTで教えたほうがメリットはあるのでは?

野崎 そうですね。OJTで教育する時間がない、教える人手が足りないといった問題はあるのかもしれませんが、経営者が従業員を本気で育てたいなら、本来はOJTで教育したほうがいい。外部講師はワークショップをやったり、盛り上げ方が上手だったりしますが、大概は「その場限り」で終わります。

もっともそうした会社があるからこそ、研修講師が活躍できるわけですが。研修講師に任せてもいいのですが、経営者が我関せずの態度を取るなら、どんな研修もお金と時間の無駄。任せっぱなしにせず、経営者がきちんと関与することが重要です。

余談ですが、コンサルティングと研修は意味合いが異なります。社内に仕組みを構築して、運用できるような体制を構築するのがコンサルティング、社員の能力を高めるのが研修です。この違いを理解してコンサルタントや研修講師に依頼しないと無駄になってしまいます。

従業員の自発性を促し、借り物ではない組織の基礎をつくる

――経営理念や行動規範についてはいかがですか? これも経営者がつくるだけで満足し、従業員は無条件で覚えていると思い込み、まったく浸透していない会社を見かけます。経営者がその考えを理解してほしい気持ちはよく分かるのですが……。誰も覚えていない、共感してないものをつくる意味があるのでしょうか?

野崎 経営理念や行動規範は、会社の社会的意義や姿勢を社内外に示すために必要です。ただその有効性は会社ごとに異なりますね。従業員自ら、「素晴らしい! 覚えます!」という会社ならいいのですが、そういう会社はほとんどなく、朝礼などで唱和させても誰も覚えません。私のコンサル先では、経営理念を踏まえて、行動規範は従業員がつくります。「みんなで作った行動規範を定着させるには、どうしたらいいと思う?」と、定着まで従業員に考えさせます。

――それは良いですね。他人事ではなく、自分事にさせるわけですね。野崎さんのコンサル先で、うまく浸透した例はありますか?

野崎 ありますよ。従業員が行動規範をつくり、毎月の目標を壁に貼り出して、それが達成できたと思ったら各自スタンプを押す、というルールを従業員が考え、自ら実行しています。私は一言もやれとは言っていませんが、自主的に考えて取り組む「空気」だけつくりました。やったことがないことや新しいことをやるというのは腰が重くなります。最初はお菓子を囲みながらでもいいし、簡単な内容でいい。前向きな空気をつくり、少しずつ習慣にしていくことが肝心です。

――トップダウンでうまくいかないと嘆く経営者は、その空気づくりを怠ったまま強制しようとしているのでしょうね。

野崎 私の場合、コンサル先の最初の問題点の炙り出しも、従業員自身に問題点と理想を紙に書いてもらっています。その上で、ここに問題があるならこうしたらいいかもというヒントと考え方の原理原則だけ示します。このようなことを繰り返していくと早ければ半年くらいで、自分たちで考えてやるようになる。今後は評価制度も従業員に考えさせようと思っています。

――面白いアイデアです。外部からの押し付けや借り物ではないから実情に合う。

野崎 そう。建物の上物を建てる前に、まず建物の土台となる基礎工事をしっかりすることが重要です。会社の業績を支える基礎をなすのは人です。その人を育てるために、会社がやるべきことはシンプルで、「考える」→「行動する」→「学習する」という3つの行動を習慣化して繰り返すことが重要です。この繰り返しによって、自律した人材が育っていくのです。

――それは私も会社の若手とよく話します。今は社内で一番下の職位でも、5年経って部下ができたときに、経験なくして知識だけでは部下は付いてこないし教えられない、と。仕事の厳しさや大変さがわからないから、何をどこまで任せられるかという限界を見極められないし、部下をつぶしてしまうケースも見かけます。

野崎 自分の経験からモノが言えなければ、伝わりませんからね。

――それと最近は労せずして、「経営者になりたい」「お金持ちになりたい」という、いきなりゴールを求める若手が増えていませんか? 「YouTuberでもいい」と言いますが、YouTuberだって努力していない人はいません。そういう、ある程度できる人は何をやらせても器用に70~80点取りますが、100点がないんですよね。

野崎 管理職についてですが、「この人にはかなわない。すごい」と思わせるところが1つはないと、部下は付いてこないと思います。他の項目は10~20点でも、誰も真似できない120点が1つは欲しい。

私も最近「経営者になりたい」という若手とよく話します。気持ちは素晴らしいのですが、「なぜ社長になりたいの?」と聞くと、「うちの会社はここがダメ。自分はこんなに力がある」と言い始める。「社外のほうが人間関係は重要になるし、我慢や苦労は多くなる。会社の看板も使えない中で、裸の自分で勝負する覚悟があるならいいんじゃない」と諭しています。

――会社の看板を自分の実力と勘違いする人は多いですね。若手ばかりでなく、中堅の記者にも多いですよ。大企業の経営者や政治家の取材ばかりしていると、自分はそうした人と同等だと勘違いしてしまう。……イタいですよね。この連載はイタい人にならないための教訓をはらんでいますね。

野崎 そうですね(笑)。ただどんな内容であっても、読者の皆さんに気づきがあれば、私は「外部のコンサル」冥利に尽きます。

社労士・野崎大輔氏

(のざき・だいすけ)。日本労働教育総合研究所所長、グラウンドワーク・パートナーズ株式会社代表取締役、社会保険労務士。上場企業の人事部でメンタルヘルス対策、問題社員対応など数多の労働問題の解決に従事し、社労士事務所を開業。著書『「ハラ・ハラ社員」が会社を潰す』(講談社+α新書)など。

経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界ウェブトップへ戻る