文化・ライフ

吉本興業はなぜアジアで「人材育成」を行うのか

 11月18日、パプアニューギニアで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、初の首脳宣言を断念するなど、米中の対立は貿易にとどまらず覇権をめぐる争いになりつつある。

 その一方で、日中間の距離は近づいており、10月26日には安倍晋三首相が訪中し、習近平国家主席とも和やかに会談が行われた。経済分野でも協力関係は進み、首相訪中に合わせて行われた、日中の企業が協力してアジア諸国など、第三国市場の開拓を進める「第1回日中第三国市場協力フォーラム」では、52件のMOU(協力覚書)が締結された。

 メガバンクや商社、エネルギーといった投資やインフラ案件が並ぶなか、エンタテインメント分野でも吉本興業が、中国を代表するメディア・エンタテインメントグループである華人文化グループ(チャイナ・メディア・キャピタル。以下、CMC)と、第三国を含めた、日中共同で世界に通用する高度エンタテインメント人材の育成・発掘を行う教育機関を設けることに合意した。

 この教育機関というのは、吉本興業と専門学校を経営する滋慶学園グループが教育プログラムを提供し、CMCが学生の募集や運営を行う。

 滋慶学園のノウハウもあるが、吉本興業自体、昨年から「沖縄ラフ&ピース専門学校」を開校しており、これまで数多くのエンターテナーを輩出してきた知見を教育プログラムにまで落とし込んでいる。

 育成するのは、俳優やダンサー、歌手といったパフォーマーだけでなく、アニメや映画の制作者、音響や衣装、照明など現場の人材、VRやCGといった先端技術の分野にまで及ぶ。同時に、育成した人材が活躍する劇場、放送局など、場所の提供も中国、アセアン、そして日本に用意していく方針だ。

 この締結の裏にはエンタメ分野において拡大し続けるアジア市場と、その需要に応えるだけの人材が育っていないという問題がある。

 日本もアジア市場の開拓で、2013年にクールジャパン機構が設立されたが、韓国の後塵を拝するなど、うまくいっているとは言えない。

 クールジャパン機構をはじめ、電通やドワンゴ、吉本興業などから出資を受けて日本のコンテンツ輸出、発信などを行うMCIPホールディングスの清水英明社長によれば、「アジアのエンタメ市場は拡大しているが、全盛期の90年代に比べ日本の存在感は下がっている」という。

 巻き返しに向けても、「プラットフォームといったお金をかけた仕組みだけではうまくいかず、現地に入り込み、ネットワークを築く人材の両輪が必要」(清水氏)という。

 そしてその役割を存分に担っているのが、よしもと芸人がアジア7カ国・地域に移住し、現地での活躍を目指す「アジア住みます芸人」。拡大するアジアでこうした現地に根付いて地元の信用を得て行く彼らのような人材が今後より求められる。

 こうした人材の育成について吉本の力は傑出しているとアジアでも見られており、「吉本は人材育成に長けている」(CMCの黎瑞剛〈リー・ルイガン〉総裁)ということもあり今回の締結に至った。

 では、こうした人材育成をいかに行っていくのか、覚書提結の件と併せて吉本興業の大﨑洋共同代表取締役社長CEOに聞いた。

 

大﨑洋・吉本興業社長インタビュー

 

大﨑洋・吉本興業共同代表取締役社長CEOプロフィール

大﨑洋・吉本興業社長

おおさき・ひろし 1953年大阪府生まれ。78年関西大学社会学部卒業後、吉本興業入社。80年東京事務所(開設時)勤務、93年制作部ソフト開発室長などを経て、2001年取締役。以降、専務、副社長を経て09年、代表取締役社長就任。18年より共同代表取締役CEO。

 

新たなチャレンジは世界を舞台にした人材育成

―― CMCの黎端剛(リー・ルイガン)総裁とはもともとお知り合いだったそうですが、提携への流れはどのようなものでしたか。

大﨑 リー総裁には、上海メディアグループの総裁時代に初めてお会いしました。CMCの総裁になられてからも食事をご一緒するなど、交流が続いていました。

 数カ月前にお会いした時に、沖縄で映画祭を10年間続けてきたことと、その節目にエンタテインメントの人材育成の学校である「沖縄ラフ&ピース専門学校」を開校した話をしたところ、「日本のゲームやアニメ、お笑い、音楽などエンタメすべての授業やカリキュラムに興味があるんだ」とおっしゃられて、一緒に何かできないかという気持ちを持たれたようです。

 ちょうど同じ頃に今回の「日中第三国市場協力フォーラム」の話がありまして文化交流、人材育成という観点から合致するということで、うまく話が進んでいきました。

―― 今回提携するCMCとはどんな会社なのでしょうか。

大﨑 中国を代表するメディア・エンタテインメントグループで、投資ファンドとしても知られています。例えば数か月前にニューヨークに上場した動画共有サイトのビリビリにも出資をされていますし、米国のワーナー・ブラザース・エンタテイメントとも合弁会社をつくっています。

 また、世界最大のタレントエージェンシーであり、われわれとも長い付き合いのあるCAA(クリエイティブ・アーティスト・エージェンシー)ともCAA中国というジョイントベンチャーを設立するなど、中国国内のみならず海外にも大きな影響をもつメディアグループです。僕らにとっては憧れの会社といっても良いくらいですから、今回は思いがけない話になったと思っています。

―― CMC側も吉本興業の人を育てる力に期待しています。先方に人材への危機感があったと思いますか。

大﨑 僕の憶測ですが、かつて日本もニューヨークのビルやホテルといったハードを買っても、ドアマンやコンシェルジェといった知識やノウハウといったソフトの部分は買えず、結局うまくいかなかった経験がありますよね。お金があってもコンテンツなどのソフト、人のつながりというのは買えません。

 そういう意味で急速な発展を遂げた中国企業にポイントは人材育成だという認識があるのではないでしょうか。実際に、中国の企業がブロードウェーの劇場などを購入していますから人材の問題について早急に手を打たなければならないという危機感が、あるのではないかと思っています。

―― 中国やアジア市場に進出する上でもCMCの存在は強力な後押しになりますが、その他に学ぶべき点はありますか。

大﨑 中国の経済は、坂の上の雲どころか、坂を猛ダッシュで上っている最中ですからね。竜巻のように上っていますから、がむしゃらさという部分では、モーレツな仕事ぶりが一概に素晴らしいとはいえませんが、日本人が忘れてしまった「夢を掲げる」、「志をもつ」という部分で、中国やアジアの若い人に気づかせてもらえる気がします。

―― 学校を第三国に広げていく将来的な絵をどう描いていますか。

大﨑 ひとつはタイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、台湾、ミャンマーにいるアジア住みます芸人たちの情報アンテナを頼りに、サイズは小さくともエンタメの学校をつくったり、オープンスクールを行ったりしていきたいですね。そこをミュージシャンが北から南へとツアーを行うように、さまざまな国をルーツにもつ学生たちが日本各地やアジア各国をまわって、現地の若者や子どもたちと、楽しみながら学べれば良いなと考えています。

 僕ら吉本興業はこれまで名前を売って、覚えてもらって日銭を稼ぐビジネスを土台に106年間やってきたのですが、いま、次のステップに入っていく、入らなければならない時期だと思っています。取り巻く環境もここ数年は大きな変化があるでしょうし、今回、大きなチャレンジになるかも知れませんが、チャンスだと思っています。なるべく、お金をつかわないで(笑)、という大前提でやらないといけませんが、わくわくしています。

大﨑洋・吉本興業社長とCMCの黎瑞剛総裁

CMCの黎瑞剛総裁(写真左)と覚書を締結する大﨑氏

吉本興業流人材育成のポイントとは

―― そういう意味では人材育成は場所づくりですね。

大﨑 そうですね、35年ほど前に、ダウンタウンや東野(幸治)君、今田(耕司)君などと、みんなではじめた客席数114席の「心斎橋筋2丁目劇場」という小さな劇場があるのですが、その場所は才能のある、あるいはやる気のある子たちに来てもらい、彼らが発表する場をいかに作れるか、というのがテーマでした。今回もどういう場が作れるのか、と思っています。

 振り返ると入社して40年余りずっと場の提供を行ってきましたが、今回CMCとの提携でそれを、世界の舞台でやろうとしているのです。その新たな場でも、それぞれが他の人のやり方や、成功や失敗を学んで、自分でしっかりと考え、地に足つけて根を生やして、太陽を向いて、雨が降ったら水分補給するような、生きていける場づくりを考えています。そういう意味では、お米も野菜も人も変わりませんね。

―― 人を育てるポイントはありますか。

大﨑 好きなようにさせるしかないですね。怒ることもエネルギーがいりますし、褒めることも照れくさい、例えば、僕が客観的な事実を伝えたとしても、その客観的な事実は大﨑の主観でしかありません。だから、ただただそこにいる、ただただそこに寄り添うしかないのです。相手に対して何をしているのかなと思う時もありますが、そんな時でもそっとしておきます。

 劇場での例を挙げれば、その子たちが5分間の漫才のネタをつくり、狙いとして3つの箇所で笑ってもらおうとします。でも実際、お客さんは3カ所でなく10カ所で笑ったかもしれませんし3カ所で笑ったけど、狙いとは違うところで受けたのかもしれません。全く受けなかったかもしれません。そういったお客さんの反応という客観的な事実を芸人や劇場のスタッフが肌で感じる、ということを毎日のように繰り返す、人が育つというのは、そこに尽きると思いますね。

―― そういった場をつくって育てるという発想はいつ生まれたのですか。

大﨑 入社して2年目くらいの時に、吉本興業初の社員研修といって、安いチケットでニューヨークに行かせてもらったんです。英語も話せなかったので、ほとんどの時間をホテルの部屋でお風呂に入って池波正太郎とか片岡義男の本を読んでいたんですが、その期間中に知り合いの芸能事務所を訪ねてそのオフィスでカレーを食べさせてもらったことがありました。カレーを食べていると、オフィスは2階にあったのですが階段をポンポンと駆け上がって、ニューヨーク在住のダンサーや歌手が気軽に自己アピールをしていくんです。

 その時に、米国の自己表現とその表現による自己実現の積極さに驚かされましたが、いつか日本もこうなるなとも思いました。それで心斎橋の2丁目劇場をつくった時に、ニューヨークのように階段をポンポンと駆け上がって、『「私クラスで一番面白いって言われているんです」、「じゃあ、きょうの舞台でしゃべってみ」』と言えるような劇場を目指したんです。その時に、まさにその形で出てきた子が、いま新喜劇にでている山田花子です。当時、友達に連れられて「兄ちゃん、この娘おもしろいで」って言われていましたね。

 人は街を歩くこと一つとっても人の目を意識してどこか着飾って歩いています。どこかで自己演出しているのですから、その延長線上で階段を駆け上がり、舞台の袖で肩を押してあげれば、自己表現できる。当時、そんな場所をつくろう、それを理想としていました。

―― そういった遺伝子を受け継ぐ学校ですからユニークな学校になりそうですね。

大﨑 差で集めるのではなく違いで集まる学校になると思うんです。偏差値の差で集まる学校も必要だし大事なのですが、一方でおもしろいとか足が速いとか、嘘ばっかりつくとか(笑)、そういう全く違う人が集まり、学びではなく共通体験する場、あるいは学校のようなものが必要だとも思うのです。また、そういったものが必要な時代になったのではないかなと考えています。

 かつてのような昨日よりも今日、今日よりも明日がよくなるといった時代ではなくなっています。これまでの価値観だけではうまくいかなくなりつつあります。だからこそ、何を「ものさし」で生きるのか、それをみんなで探していこうと思っています。

 

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