経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「ソニーらしさ」とは機能と感性の両立にあり――平井一夫(ソニー社長)

平井一夫

平井一夫(ひらい・かずお)1960年生まれ。84年国際基督教大学教養学部を卒業しCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。2006年ソニー・コンピュータエンタテインメント社長。11年ソニー副社長となり、12年社長に就任した。

70周年を迎えたソニー。平井一夫氏はその10代目の社長となる。就任からしばらくは茨の道が続いていたが、ようやく明るさが見え始めた。ソニーを変えるために何をしてきたのか。復活への道筋はどこまできているのか。そして「ソニーらしさ」とは何か。平井一夫社長に聞いた。

来期5千億円の営業利益に自信あり

―― 今年ソニーは70周年を迎えました。

平井 社員にもよく言うのですが、いい時もあれば悪い時もありましたが、会社として70年間続いたということは、商品やサービスを利用し評価していただくお客さまや、株主の方々、サプライヤーなどのビジネスパートナー、リテーラーやディーラーの皆さん、それにメディアの人たちなど、ありとあらゆるステークホルダーの皆さんのお陰です。それに対して感謝の気持ちを持たなければいけない。社員にもう一つ言っているのは、毎日仕事ができるのは、サポートしてくれる家族や、パートナー、場合によってはお友達、親戚のお陰です。ですからキーワードは「感謝」。これを忘れてはならないし、それがこれからのソニーの原動力になっていきます。

―― 数年前まで苦境に喘いでいたソニーですが、最近は復調してきました。でも、先日発表した中間決算は円高もあって減収減益。通期見通しも下方修正し、営業利益は2700億円の見込みです。ソニーは昨年発表した中期経営計画で、2018年3月期に営業利益5千億円を掲げています。これを達成するには今期の2700億円を1年間で倍にする必要があります。かなり厳しい状況です。

平井 今回、営業利益で300億円の下方修正をしていますが、これはバッテリー事業売却に伴う減損分に匹敵します。この特殊要因を除けば、営業利益は3千億円で中計どおりです。確かにこれを1年で5千億円にするというのは、チャレンジブルですが、構造改革などさまざまな施策の効果が出てきますので、十分達成可能だと考えています。

テレビの分社化で社員の意識が変わった

―― 来年4月にカメラ事業が分社化されます。これにより、ソニーのエレキ分野は、テレビや半導体など、すべて分社化されました。でもソニーといえば、1990年代に日本で最初にカンパニー制を導入した会社です。分社化とカンパニー制はどう違うのですか。

平井 分社化はカンパニー制と違って、独立した会社であり、株主もいます。バランスシートやキャッシュフローの管理などを含め、アカウンタビリティーの度合いが全く違ってきます。

それに私自身、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)という独立した子会社の社長をやっていたのでよく分かりますが、一国一城の主となると、自分に対しても厳しく、会社を経営していかなければならないという意識も生まれる。その経験を踏まえて、あえてカンパニー制ではなく分社化して、責任を持って会社を経営してもらうことを明確にしました。そこが一番の違いです。

―― テレビ事業は10年間にわたり赤字を垂れ流してきましたが、分社化した途端に黒字化するなど、効果も出ています。

平井 テレビ事業が黒字になったのにはいろんな要因があると思いますが、分社化によって高木社長(高木一郎・ソニービジュアルプロダクツ社長)に経営を任せています。この任されたという意識、さらには自分たちの将来は自分たちで切り開くという意識がさらに高まった。それが黒字につながったと思います。黒字になっただけではなく、前期にはかなり大きな利益も出してくれたし商品も強くなってきた。分社化がそれを後押ししたと考えています。

―― ソニーはこれまでサイロ化(部門間の障壁)に悩んできました。平井さんは就任以来“One Sony”を掲げていますが、分社化はサイロを強化する方向に進む可能性があります。

平井 一番大事なのはスローガンより意識です。社長に就任してから、マネジメントチームを入れ替え、言うなれば「チーム平井」を結成しました。このメンバーに、“One Sony”でやっていくことを強調しました。もともとエンターテインメント事業や金融事業は別会社でしたが、エレキも含めてすべてが“One Sony”であり、チームのメンバーにはチームワークを期待しているとはっきりと伝えました。そして実際、一緒に仕事する中で、みんなが同じ方向に向かうことが分かった。その段階で、初めて分社化に踏み切ったのです。

重要なのは各分社の社長はソニーの執行役でもあるということ。それぞれの会社のマネージに期待することは当然ですが、同時にソニーグループのために何をするかを考えてもらわなければなりません。ですから評価も、各社の業績だけでなく、グループ全体の業績も評価に影響しますし、定性的なもの、例えば“One Sony”のために活動してくれた、この危機のときにこういうふうに動いてくれた、というように、数字に表れない部分については私が直接評価しています。

アイデアを商品化するシステム

―― なぜ過去20年間できなかったことが、平井さんにはできたのでしょうか。何を変えたのですか。

平井 一番違うのは、就任して最初に、マネジメントの方々一人一人に、何を期待していて、どんな行動をしてほしいかを伝えたことです。その上で、この期待に賛同してくれる皆さんはぜひ一緒にやってほしい。もし賛同できないなら、言ってほしい。そうすればきちんと別の仕事を用意する。ただし、今賛同すると言いながら、後で変な動きをしたときは、キャリア的には打撃を受けると明確に言いました。幸い、賛同できないという人は一人もいなかった。それからは、おおむねワンチームとして機能しています。それが端的に、商品力や業績に表れていると思います。

―― 最近のソニー製品は、かなりとんがった、他社ではお目にかかれないものが多くなってきたように思います。また新規事業も生まれてきています。

平井 私はソニー・ミュージックに入社した人間ですが、ソニー製品に対しては昔から一家言持っています。それで社長になった時、まず商品を強化しなければならない、既存のカテゴリーの商品だけでなく、もっと面白い、ソニーらしいねと言っていただける商品を出していく方針を明確にしました。それでTS事業準備室をつくりSAPをスタートさせました。

月に一度、若手社員10人ぐらいとお弁当を食べながら議論をしたのですが、必ず出てきたのが、「ソニーは自由闊達な会社だと思って入ったが、自分は素晴らしいアイデアを持っているのに、それをどこに持っていっていいのか分からない。上司に言っても、『今そんなことしている場合ではないだろう』とか、『それはお前の仕事じゃない』と言われる」という声でした。そういう思いが社内にマグマのようにたまってきていた。

そこでアイデアを評価して、いいものはブラッシュアップして商品化するメカニズムをつくらなければいけない、ということで始めたのがSAPです。これまでオーディションを7回開き、1500人から550くらいのアイデアが出てきています。社内のいろんなところに、面白いアイデアを持っている人がいる。こういうところがソニーだと思います。

気づいた時にはソニーは自分の一部

―― 昔からソニー製品に一家言あると言いましたが、その原点はどこですか。

平井一夫平井 父と祖父がソニーファンで、物心ついた時には家の中に、ラジオやテープレコーダー、マイクロテレビなど、いろんなソニー製品がありました。テープレコーダーで自分の声を聞く。5、6歳の子どもにとって、こんなすごい機械はなかった。その当時から既に「SONY」の4文字は身近な存在でした。

中学、高校になって、BCL(海外の短波放送を聞いて楽しむ)が非常にはやった時に、「スカイセンサー5800」を買いました。他のメーカーも短波ラジオを出していたけれど、やはりソニーでした。この「5800」は今も持っていて、銀座のソニービルで開催中の「It's a Sony展」に展示してあります。そのあとも、オーディオはすべてソニーで揃えたし、カーオーディオも自分でソニーに入れ替えるなど、意識しないうちにソニーは自分の一部になっていました。だから愛着はものすごく強いものがあります。

そして今でも、全部は無理でも、めぼしい新製品は社員に持ってこさせていじっています。ところが気を遣ってか、箱から出して持ってくるから、怒ってしまう。それではお客さまが箱から出した瞬間、どう感じるかが分からない。そういうところにもこだわっています。

―― 平井さんにとってのソニーらしさとは何ですか。

平井 感性価値と機能価値が高い次元で組み合わさって、初めてお客さんに「これすごいね」「感動した」、と言ってもらえる、「WOW」な商品ができる。ですからスペックだけが素晴らしくても、感性に訴えるデザインだとかたたずまいだとか、もしくはその商品の歴史、フィロソフィーがなければ、それはソニーらしい商品ではありません。

例えば、カメラでいえば「RX100」。これができた時、社員が自信満々で持ってきて、「素晴らしいコンパクトカメラができた」と言ったんです。私もそう思ったからこそ、「今後機能が上がっても、基本的なデザインは変えるな」と言いました。変えるとお客さんの期待を裏切ることになる。今マーク5まで出ましたが、デザインは変えていません。これがソニーのデザインフィロソフィーです。そういうのがあって初めて、お客さまは「WOW」と言ってくれると思います。

―― ソニーは今、リカーリングビジネスを拡大しています(29ページ参照)。音楽やゲームのコンテンツのように、繰り返し収益を生むビジネスモデルですが、これを進めると、ハードでは利益が出なくてもいいという方向に行きかねません。

平井 プレイステーションは、昔はハードを出した段階では赤字で、ゲームで穴埋めするという構造でした。でも、ハードでもソフトでも儲かるようにするのがビジネスだ、という考え方からPS4では、最初からハードでも利益が出るよう方向転換しました。その結果、プレイステーションビジネスは素晴らしい業績を出しています。ですから、ハードに価値がないとか、ハードでは儲けなくてもいいという考え方は基本的には避けるべきだと思います。

経営判断の軸は「客、株主、社員」

―― メディアによっては「ソニー完全復活」と見出しを打つところも出始めました。

平井 完全復活とは全然思っていません。いい方向に向いているとは思いますが、まだまだ道半ばです。最初に話したように来年度の中計で営業利益5千億円以上、そしてROE10%以上に持っていくのも一つのメルクマールですし、今後制定する第3次中計に力強く飛び込めるように持っていくことも重要です。

森の中から出るための道筋は見えた。後は自動運転やクルーズコントロールではなく、ちゃんと自分でハンドルを握り、アクセルを踏んで森の中から出ていく。ここまできたからこそ、なお緊張感を持ってやらなければならないと考えています

―― 判断に悩んだときには何を基準に決断を下していますか。

平井 まずはマネジメントチームに「私はこう思う」と伝えます。私はいつも、「そうですね、平井さん」という意見は一番聞きたくない、と言っているので、いろんな意見が出てきます。それで議論をして、最終的には、いろんなしがらみや利害関係、短期的に誰が怒って誰が困る、というものを全部そぎ落として、お客さまにとって何が正しいか、株主の皆さまにとって何が正しいか、会社と社員にとって何が正しいか、この3つの軸で評価して判断しています。

―― 最後に、100周年を迎えるとき、どんな会社になっていることを期待しますか。

平井 30年先ですのでなんとも言えませんが、副社長の吉田(憲一郎)とよく言っているのですが、私たちの使命は、ソニーを復活させること、業績を良くすること、株主の価値を上げていくことなど、いろいろありますが、やっぱり次の世代によりよいソニーを残してバトンタッチしていくことが最大の使命です。そうすることで、次の世代が30年後の素晴らしいソニーを築いてくれると信じています。

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