売りっぱなしではなく継続的に収益が発生
「感動の追求と、事業と収益の持続的な成長を実現する手段であるリカーリング型ビジネスの追求の2つを軸として、新たな事業機会の創出にむけた取り組みを加速していく」
これは、2015年2月に開かれたソニーの経営方針説明会の中での平井一夫社長の言葉だ。
「感動の追求」とは、創業以来ソニーが追い求めてきたものと言っていい。単に製品をつくるのではなく、そこに驚きや感動がある。それがソニーをソニーたらしめてきた。これを今後はさらに強化していくというのだ。ではもうひとつの、リカーリング型ビジネスとは何か。
リカーリングとは、顧客から継続的に収益を上げるビジネスモデルだ。以前のソニーが得意としてきたコンシューマー向け電化製品は、基本的には売りっぱなしのビジネスだ。商品が売れればそれで終わり。その後いくら商品を使い続けても、収益は生まれない。一方、リカーリング型とは、ある商品を売った後でも、使い続けることで収益が発生する。分かりやすいのはプリンターだ。使い続ければインクの補充が必要となり、メーカーはそこでも利益を上げることができる。
ソニーがこれまでリカーリングをやってこなかったわけではない。
「これまでにもいろんな形でリカーリングはやってきた。プレイステーションはその代表だし、カメラビジネスもそう。カメラを買った後、レンズやアクセサリを買っていただくことで売り上げが上がる。生命保険や損害保険もそう。そういう意味では昔からやっていたけれど、それをさらに拡大していく」(平井社長)
実はソニーほど、リカーリング型ビジネスと相性のいい企業はほかにない。なぜなら、ソニーは、世界で唯一、ハードとソフト、言い換えればエレキ事業とエンターテインメント事業の両方を持つ会社だからだ。
平井社長の言葉にあるように、ゲーム事業はリカーリングの代表だ。ハード本体を売った後も、ユーザーが新しいゲームソフトを買うたびに、収益が上がる。しかもプレイステーションをインターネットに接続したプレイステーションネットワークは、全世界で6500万人以上の会員を数えるまでになっており、このネットワークを通じて提供されるコンテンツにお金を落としてくれる。その結果、ゲーム分野はソニーの稼ぎ頭に成長した。
ゲームだけではなく、音楽や映画などのコンテンツビジネスは、すべてリカーリングの対象となる。そのすべてを持つソニーは、このコンテンツを利用して収益を上げることができる。
CBS・ソニーを即決した盛田昭夫
ソニーがソフト分野に参入したのは1968年のこと。日本で合弁相手を探していたCBSレコードが、アドバイスを求めるために盛田昭夫を訪れた。すると盛田は即座に「ソニーと合弁でやらないか」と名乗りを挙げ、わずか30分で、ソニーの音楽事業進出が決まった。こうして折半出資でCBS・ソニーが誕生、10年後には業界トップに立っていた。88年には合弁相手であるCBSレコードの全株式を取得。ソニーの100%子会社、ソニー・ミュージックエンタテインメントが誕生した。
その翌年、今度は映画メジャーの一角であるコロンビア映画を買収(現ソニー・ピクチャーズエンターテインメント)する。買収額は34億ドルに加え、コロンビア映画の負債を引き受けたため、総額は日本企業によるM&Aとしては過去最大の48億ドル、当時の為替レートで7800億円の巨額買収劇だった。
この背景にあったのが、ビデオ戦争だ。ソニーが開発したベータマックスは、日本ビクター(現JVCケンウッド)が開発し、パナソニックが陣営に加わったVHSと企画争いを繰り広げたが、結果は完敗。趨勢を決したのはハリウッドの映画メジャーが映画ビデオをVHSに一本化したことだった。ビデオソフトのキラーコンテンツであるハリウッド映画がVHSでしか見ることができないのだから、ベータが負けるのも当然だった。
音楽ソフトでは、ソニーとフィリップスが開発したCDがレコードを駆逐した。CDへの移行にレコード業界は難色を示したが、ソニーはCBS・ソニー所属のアーティストのCDをリリース。これが呼び水となってCDは音楽ソフトのスタンダードとなった。もしビデオ戦争勃発時に映画会社を、傘下に持ち、ベータのソフト販売で先行したら、勝ち負けは逆だったかもしれない。その思いがコロンビア映画買収を決断させた。
こうしてハードとソフトの両輪経営が始まるのだが、必ずしもうまくいってきたわけではない。映画会社買収直後には、現地トップの放漫経営で大赤字を出したこともあったし、ハードとソフト利益相反もあった。
アップルの快進撃は、2001年に発売されたiPodが始まりだ。これにより音楽をダウンロードして楽しむスタイルが定着した。しかしソニーは、アップルより早くダウンロードサービスを始めていた。それなのに、自社でコンテンツを持っているため著作権保護に力を入れ、価格もCD並みにせざるを得なかった。一方、コンテンツを持たないアップルは、ユーザー側の立場に立ち、1曲200円で曲を提供した。結果、iPodは携帯音楽市場の地図を塗り替えた。
これにより、コンテンツは持つものではなく利用するものとの流れができた。これではハードとソフトのシナジーなど期待できない。数年前、米投資ファンドで、一時はソニー株の7%を所有していたサード・ポイントは、ソニーに対しエンターテインメント部門を分離して上場するよう要求したが、エンタ部門の利益率が低いことに加え、エレキとのシナジーがあまりなかったことへの不満があった。
「定額制」が変えたコンテンツの価値
しかし、潮目が変わった。コンテンツを持つことに価値がある時代がやってきたのだ。
音楽販売がCDからダウンロードに移行するに伴い、市場はどんどん縮んでいった。例えば日本市場なら、90年代末には6千億円だった音楽ソフト市場は現在半分以下となっている。これは世界市場でも同様だ。ところがここにきて市場は拡大に転じた。そのきっかけになったのが定額型の音楽ソフト配信サービスだ。月額1千円前後で聞き放題。単価は安いが利用者が多いので、全体のパイは膨らむことになる。そして音楽を聴くたびに、権利者には一定額のお金が入ってくる。
ソニーは2012年に英EMIの音楽出版部門を22億ドルで買収。今年も、かつてマイケル・ジャクソンと合弁で設立した音楽出版会社、ATMを7億5千万ドルで100%子会社化した。いまやソニーは世界でもっとも音楽著作権を持つ会社だ。
コンテンツの価値向上は映像にも当てはまる。ネットフリックスやHuluなどの定額型サービスが普及したが、各社ともコンテンツの確保に躍起になっている。ソニー・ピクチャーズは、コロンビア映画以来の映画コンテンツだけでなく、テレビ番組の制作部門を持つ。ソニーの映画部門は、苦戦が続いているが、テレビ制作部門の売り上げは大きく伸びており、映画部門を下支えしている。
こうしたことが背景にあって、昨年の経営方針発表会で平井社長は「エンターテインメントはソニーグループにとってたいへん重要な事業。一部では相変わらずソニーの本業はエレクトロニクスで、エンターテインメントを副業ととらえる向きもあるが、18年間連続して黒字を継続しており、安定的に収益を創出する、まさにソニーグループの大きな柱のひとつ」と、エンタがエレキと並ぶ「本業」であると宣言した。その上で今後のソニーをリードしていく4つの「成長牽引領域」に、イメージセンサーなどのデバイス分野、ゲーム&ネットワークス分野と並んで、映画分野と音楽分野を挙げた。つまり、4つの成長牽引領域のうち、3分野がリカーリング型ビジネスであり、これはソフト部門を持つからできることだ。 盛田が提唱した「ハードとソフトの両輪経営」が、これから本番を迎える。(一部敬称略)
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