シャープが鴻海流の経営再建で復活の兆しを見せている。1年に満たないオペレーションで、当初の想定を上回るペースで改善が進み、2016年度は3年ぶりの黒字化を達成する見通しだ。今後は成長に向けて事業拡大を図る方針で、東証1部への早期復帰も現実味を帯びている。文=村田晋一郎
戴正呉社長が主導した鴻海流の構造改革とは
構造改革とシナジーで大きく業績を改善
シャープが台湾の鴻海精密工業との傘下となって1年が経過したが、業績は順調に回復している。
2016年度第2四半期で営業黒字に転じたのに続き、第3四半期では9四半期ぶりに当期純利益の黒字を達成。売上高は第4四半期に対前年比増となる見込みだ。第3四半期決算を発表した2月3日に通期業績を上方修正したが、その2週間後の2月17日に2度目の上方修正を行った。営業利益は474億円で、3年ぶりの黒字回復を見込んでいる。
昨年4月の提携発表時に、郭台銘・鴻海会長は、シャープの黒字化について「2~4年後」と語っていたが、当初の想定をはるかに上回るペースとなる。
戴正呉氏の社長就任前に地ならし
名実共にシャープが鴻海傘下となったのは、鴻海からの出資が完了した昨年8月。この時点で、鴻海のナンバー2である戴正呉氏がシャープ社長に就任した。社長就任まで戴社長は実務に関わっていないが、その間、鴻海側では地ならしを着々と進めた。
まず昨年4月の提携発表直後に、堺ディスプレイプロダクツ(SDP)会長だった野村勝明氏をシャープ副社長に据える人事を発表。SDPはシャープの堺工場の事業会社で、郭会長の投資会社とシャープとの共同運営となっている。野村氏はそこで鴻海流の経営手法を経験し、なおかつ実績を上げていた。その野村氏を日本人トップのポジションに据えることで、鴻海側の強いコミットメントを示す姿勢が感じられた。
次に昨年5月の15年度決算発表の時点で、シャープが現在進めている構造改革の概要を発表した。具体的には、①経営資源の最適化、②責任ある事業推進体制、③成果に報いる人事制度の3つ。根底にあるのは鴻海流の経営の効率化である。①経営資源の最適化には、堺事業所への本社移転など大きな変化となるものもあったが、シャープは戴社長就任前からこれらを着々と実行し、事業基盤の整備を進めてきた。
野村副社長によると、既に16年度第3四半期までで、①経営資源の最適化では子会社の再編、②責任ある事業推進体制では知財部門・物流部門の分社化、③成果に報いる人事制度については全社員への役割等級制度の導入をはじめ信賞必罰を実現する人事制度改革は順次完了しているという。この結果、投資の削減、鴻海とのシナジーを含む費用削減、和解金や事業譲渡などの一過性収益の成果が表れ、利益改善に大きく寄与している。
また、戴社長は就任時に課題として、シャープをとりまく商慣習を挙げていた。長らく経営危機が続いたシャープは、不平等な条件での契約や、割高な価格条件や支払条件などが残っており、これがコストを圧迫させていた。
戴社長はこの改善に精力的に取り組み、世界最大のEMSメーカーである鴻海を後ろ盾にして交渉を粘り強く進めていくとしていた。これまでに一部で原材料の購入に関する契約を変更。16年度通期業績予想の2度目の上方修正については、契約の見直しにより買付契約引当金が減少し、売上原価が減少する見込みとなったことが大きいという。
経営トップと経営手法以外は変わらず
シャープでは引き続き、経営の効率化を進めていく方針だ。しかし考えてみると、シャープで変わったのは、経営トップと経営手法だけであり、人員は大きくは変わっていない。
むしろ近年の経営危機により実行したリストラで数千人が去り、また鴻海傘下となった後も、拠点移転や組織再編など変化を嫌って自主退社した層が少なくないことを考えると、人の質という点では、以前より劣っている部分があるとの見方もできる。現在の陣容で短期間に業績回復を果たしたことは、裏を返せば、今までのシャープの経営がいかにひどかったかを物語ることになる。
戴社長自身、「これまでのシャープの問題は経営の問題」だと語り、過去の経営陣の経営手法を疑問視している。それだけに、シャープの改革においては、内部統制を重視している。例えば、過去には太陽光パネルの材料の投資で、150億円の決済を担当専務が独断で行ったことがあり、結果的に高値の取引だったため大きな損害となった。
戴社長はこうした内部統制の不備を問題視。現在は、300万円以上の案件はすべて戴社長が決済し、その際には投資の必要性やプロセスの正当性を吟味しているという。
信賞必罰で制度改革
戴社長は、基本的には買収元の親会社から送り込まれた形であり、M&Aの常として、買収された側の社内の求心力の獲得や社員のモチベーションの向上は課題となる。
鴻海傘下となったことで、倒産を免れたとはいえ、日本を代表する電機メーカーだったシャープが海外企業の子会社になることは、衝撃的な事件である。社内外に与える影響は大きい。
また、構造改革の過程で拠点の再編は必須となるが、本社を大阪市阿倍野区から堺市のSDPの敷地内に移転した。本社の移転は、もともと鴻海の出資決定前の一昨年9月に財務状況改善のため、本社ビルと隣接する田辺ビルを売却することが決まっていた。とはいえ、移転先が交通アクセスの良かった大阪中心部から大阪湾岸エリアとなったことで、戸惑う社員も少なくなかった。
こうした状況から、提携発表時に、このスキームを郭会長は「投資」と表現し、髙橋興三・シャープ前社長は「戦略的提携」と語るなど、鴻海からシャープへの一定の配慮は見て取れた。
戴社長にしても、社員に配信している「社長メッセージ」の内容は社内のモチベーションへの細かい配慮がうかがえる。戴社長自身、日本での勤務経験があり、日本語を扱えることから、社内では日本語でのコミュニケーションをとっている。さらに東証1部復帰の暁には、社長を退任することを明言。自らの進退も明らかにしている。
具体的な施策としては、売却の決まった阿倍野区の旧社屋について再交渉。田辺ビルについては、買い戻すことに成功した。また、昨年11月には新スローガンとして「Be Original.」を打ち出した。シャープの創業の精神である「誠意と創意」を継承し、オリジナリティあふれる商品やサービスを提供する意味を込めている。シャープの原点に立ち返る姿勢を強調している。
さらに構造改革の題目にもあるように、「信賞必罰」を徹底する。具体的には、等級・給与制度改革として、新入社員にも専門性を考慮した等級を付け、入社後すぐにやりがいのある仕事に挑戦する機会を提供する。優秀者には入社半年後でも大幅な給与引き上げを行う方針だという。
賞与の改革としては、17年度は年間4カ月分を原資とした8~1カ月のメリハリのある賞与の支給、および社長特別賞の授与を行う。また、業績改善が順調に進んでいることから、ストックオプションの導入についても検討している。
今後の鴻海流経営とシャープの課題とは
家電メーカーからの業態転換は必須
16年度の業績改善にめどを付けたことから、戴社長は5月にも東証1部復帰の申請プロセスに入るという。東証1部復帰こそシャープ復活を内外に示すことになる。当初は18年度までに1部復帰を目指す方針としていたが、これを早めたい考えだ。確実に1部復帰承認を得るために、納得感を得られる成長シナリオを打ち出していく必要がある。
ここまでの構造改革では、事業基盤の整備を進めてきた。今後はこれまでの取り組みを継続しつつ、事業拡大に向けた取り組みへ軸足を移し、成長軌道への転換を図る。これからは、売れる製品をいかに作り、いかに売っていくかが問われる。詳細は5月に発表する17~19年度の中期経営計画で明らかにするとしているが、大まかには技術への積極投資、グローバルでのブランド強化、新規事業の加速の3つのテーマで、競争力を強化していくという。
まず、技術への積極投資については、8KやIoTなど将来の核となる技術へ開発投資を拡大する。さらに社長ファンドを創設し、重要技術開発ならびに人材への投資を強化する。次にグローバルブランド強化では、欧州テレビ市場への再参入など、M&Aやアライアンスによるブランドの拡大に取り組む。また、ASEAN拡大戦略の見直しや、会員サイトを活用した顧客とのメンバーシップ構築も進める。新規事業の加速では、ヘルスケア・メディカル事業の分社化などを進める。
また、全体の方向性としては、従来の「家電メーカー」から「人に寄り添うIoT企業」を目指した業態転換を進める。単に個々の商品を変えるだけなく、ビジネスモデルや戦う市場などを大胆に見直す。従来の日本中心のビジネスモデルからグローバルでの展開に注力。また、18年度には1千万台の液晶テレビの出荷を計画しているが、成長の原動力を従来の液晶テレビや太陽光発電からIoTに移行する。
その際には、個別商品のラインアップや仕様、デザインをどうするかという「商品企画」ではなく、事業をどうやって広げるかという「事業企画」の視点を重視する。これにより、事業領域全体を見渡した商品カテゴリーの広がりや、一貫性のあるデザインなど事業の総合力を高めることになる。また、同時にM&Aやアライアンス、社外リソースの活用など、事業拡大に必要な打ち手も見えてくるという。
シャープの課題は新たなビジネスモデルと事業領域拡大
ここでシャープが掲げる「人に寄り添うIoT」とは、音声対話や人の行動分析などAIを生かしたサービスを軸に、クラウドでつながった身近な機器が一人一人の生活シーン全体に寄り添うスマートな世界を目指すもの。具体的には、スマートホームやスマートオフィス、スマートファクトリー、スマートシティに向けたビジネスを展開する。
現在その代表的な製品は、Be Original.の象徴でもあるモバイル型ロボット電話「ロボホン」だろう。しかし、製品の評価は高い一方で、ビジネス的にはまだ成功しているとは言い難いのが現状だ。もちろんロボホンもこれからの製品であり、ここで新たなビジネスモデルを生み出し、事業領域をいかに拡大するかが問われることになる。
そもそもIoT自体のビジネスモデルはまだ完全に定まっていない。シャープとしては、鴻海流の早い意思決定とコスト効率の高い経営手法でビジネスモデルをいち早く確立し、次の成長につなげていく構えだ。
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