ウィンドサーフィンの世界最高峰の大会であるワールドカップが、5月11日から6日間に渡って津久井浜(神奈川県)で開催された。24年振りの日本開催が実現した裏には、ある機長の熱い想いがあった。文=古賀寛明
日本の悲願だったウィンドサーフィンワールドカップ開催
ウィンドサーフィンはボードに加えセイル(帆)など、道具を多く必要とするため、気軽に始めるにはハードルが高いが、一度始めてしまうと病みつきになると言われる。
時速90キロ(世界記録)というモーターボート並みのスピードが出るウィンドサーフィンは、疾走する爽快感と自然と一体化する感覚が大きな魅力。日本でも多くの愛好者がいるが、その本場はヨーロッパだ。
例えば、ドイツでは子どもの憧れの職業ランキングで、プロサッカー選手を上まわることもあるそうだ。実力もそのままヨーロッパ勢がけん引しており、世界最高峰のワールドカップでもフランス、イタリアなど、ヨーロッパの実力者たちが上位に並ぶ。
そのウィンドサーフィンのワールドカップ「ANAウィンドサーフィンワールドカップ横須賀大会」が、1993年の御前崎大会以来、実に24年振りに日本で開催された。日本のウィンド界にとっても悲願の大会開催で、今大会に出場した日本人選手のひとりである合志明倫プロは「待ちに待った日本開催だった」と喜ぶ。
世界最高峰の大会だけに、昨年の男子世界ランク1位のマッテオ・イアチーノ(伊)をはじめ、ウィンド界の巨人と呼ばれるアントワン・アルボー(仏)、女子もサラ・キタ・オブリンガ(アルバ)、デルフィーヌ・カズン(仏)といった世界ランク上位の実力者たち(27ヵ国、87名)が参戦。6日間の熱戦を繰り広げた。
さて、このワールドカップ横須賀大会の冠スポンサーを務めたのが全日本空輸(ANA)だ。空の企業が海のスポーツの冠スポンサーというのは少々意外だが、その裏には会社を動かし、日本開催にまでこぎつけた1人の男の存在があった。普段の業務ではボーイング767を操縦する藤本太郎機長だ。
大会の実行委員にも名を連ねる藤本機長は、ANAのグループ社員が夢を実現する「ANAバーチャルハリウッド」(注)という制度を利用し、ウィンドサーフィンのワールドカップの日本開催を提案。会社が承認してから大会実行委員会が設置されるまで、米国に本部がある主催者のプロフェッショナルズ・ウィンドサーファーズ協会(PWA)と自ら交渉、契約につなげた。
開催は、ウィンド界はもちろん、人口流出が問題となっている横須賀市にとっても大チャンスだった。マリンスポーツ、なかでもワールドカップの開催は最高の町おこしとなる。
また、PWAとしてもアジア最大のマーケットである日本で開催できることで、裾野の拡大につながる。それぞれの狙いと想いが結実した大会でもあったのだ。
さらに藤本機長にはもうひとつ狙いがあったという。
「わたしにとっては“熱い思い”というよりは“切実な事情”がありました。業務外で喜びを共有できる社内のウィンドサーフィンクラブが存続の危機だったのです」
大会開催によって、日本はもとより、ANA社内のウィンドサーフィンクラブの風向きも変わるかもしれない。
東京五輪に向けてウィンドサーフィンは盛り上がりを見せるか
ワールドカップという言葉には特別な響きがあり、多くの人を惹きつける力がある。
今回の日本開催は成功裏に幕を閉じた。これまで日本ではみられなかった世界トップの速さとテクニックを目の当たりにすることで、大会を見に来て未来の夢を見つけた子どもたちがいるかもしれない。
同時に、次への反省点もある。藤本機長も「もっと面白くできる」と言う。
例えば、レースは風が吹かなければ開催されないが、風待ちをしている時に観客を退屈させない工夫が必要だという。
そのひとつが、競技とともに選手に興味を持っている観客への配慮だ。サッカーのワールドカップであれば選手に近づくことは不可能だが、ウィンドサーフィンの選手であれば意外と身近に接することができる。「会いに行けるワールドカッパー」をキーワードに、新たなアイデアを考えていくそうだ。
最終的なレースの結果を述べると、男子の優勝は実力者のジュリアン・クィンテル(仏)、2位にジョルディ・フォンク(蘭)、3位にアントワン・アルボー(仏)が入った。女子は世界ランク1位のサラ・キタ・オブリンガが優勝。2位にデルフィーヌ・カズン(仏)、3位にレナ・エルディ(トルコ)と続いた。ワールドツアーはこの横須賀が2戦目。今後も、スペイン、デンマーク、ドイツ、アメリカ、ニューカレドニアと続いた。
今大会をきっかけに、東京五輪でも行われるウィンドサーフィンに興味を持った人は少なくはないはずだ。
(注)「ANAバーチャルハリウッド」とは……2004年に始まったANAで始まったハリウッド映画のように観客に感動を与えることを目的とした自発的提案活動。これまで、「東北フラワージェット」や整備士が開発した植物の葉をスピーカーにする「植物スピーカー」など、多くの夢を実現させてきた。
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