経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「働き方改革」の光と影―表面的な議論では見えてこない現実とは

国を挙げて取り組み始めた「働き方改革」。多くの企業がさまざまな施策を打ち出している。しかしその一方で弊害も見えてきた。働き方改革の最前線を取材してきたジャーナリストが見たものとは――。文=ジャーナリスト 吉田典史

安倍政権が推し進める「働き方改革」の光と影とは

「働き方改革」をPRしたがらない大企業

 私はこの2年半、安倍政権が推し進める「働き方改革」を取材している。人事労務の雑誌やビジネス雑誌、業界紙、機関紙、ニュースサイトなどに記事やコラムを書いてきた。

「女性の管理職や役員」「育児・介護と仕事との両立」「残業時間の削減」「副業」「正社員化」などが主なテーマとなる。かかわったメディアでは、その試みを肯定的にとらえることが暗に求められている。したがって、取材の現場で見聞きしたことの一断面しか書いていない。

その断面を「光」とするならば、一方で「影」といえる面もある。今回は、その影の部分も取り上げることで「働き方改革」の実態に迫りたい。

まず、取材の裏側を紹介しよう。「働き方改革」の1つの特徴は、企業が自社の取り組みを社会に向けて盛んにPRすることにある。その傾向は、特に大企業で顕著だ。

2015年に女性活躍推進法が成立した。大企業は自社での女性社員の活躍などの取り組みを厚生労働省などに届け出し、公にすることが求められている。

私はインターネットでこれらの企業のホームページを見て、取り組みを確認する。記事にするにふさわしい試みをしているものがあれば、広報部(課)に連絡を入れる。事情を話し、取材を受けてもらえるように交渉する。

今年の2月、大手製薬会社に依頼をした。「御社のホームページに、家族の介護をする女性社員が仕事をしやすいようにしていると書いてあった。ぜひ、取材をさせていただきたい」。

通常、大企業に取材依頼をすると、10社のうち、4~6社は快諾する。だが、「働き方改革」をテーマとする取材は、意外な結果となる。10社のうち、6~7社から断られる。

製薬会社の広報の担当者は答えた。「介護との両立については、取材でお答えできるだけの材料がない」。

しかし、ホームページには詳細に書かれてある。そのことを話すと、こんな回答だった。「現在、制度をメンテナンス中で、ほかのテーマにしてもらえば取材を受けることができるかもしれない」。私が、「メンテナンスは何を意味するのか」と尋ねる。広報担当者は答える。「実は、親の介護をしながら仕事をする社員がほとんどいない」。従業員数が3千人を超える大企業であり、私には腑におちないものがあった。

この会社のケースだけで論じることはできないが、大企業、特に「介護との両立」「女性の管理職、役員」「残業時間の削減」「正社員化」をテーマに取材依頼をすると、断りを受けることは確かに多い。

しかも、広報担当者の回答は要領を得ないものが目立つ。大企業の社長や役員へのインタビュー取材の依頼で、広報の担当者がここまで歯切れの悪い対応をすることは私が知る限り、ほとんどない。

「働き方改革」で女性管理職急増のカラクリ

強い疑問を感じる事例を紹介したい。「女性の管理職や役員を増やす動き」である。

大手金融機関(社員数8千人)の子会社(社員数600人)では2年前まで、女性の管理職が全管理職180人ほどのうち、約10人だった。ところが、この2年間で女性の管理職は倍近くになり、今や20人を超えている。20年までに、30~40人にするのだという。

広報担当や人事の課長は、その背景を語った。親会社の金融機関は2年前、厚生労働省に20年までに全管理職のうち3割を女性にすると、「行動計画」という形で報告をしたのだという。

この子会社はグループの1社ということもあり、急ピッチで女性の管理職を増やそうとしている。1年半前に、親会社から送り込まれた社長は、人事部などに号令をかけるなどして強力に推し進めているようだ。

通常、管理職になるのは総合職である。だが、この会社では女性社員の8~9割は一般職だ。これでは、管理職になる候補者が少ない。そこで人事部が、30代~40代前半までの一般職の女性から5~6人を選び、2年前、総合職への転換試験を受けるようにした。5人が受験したところ、全員が合格した。

人事の課長によると、全員が合格することは過去においてないようだ。2年前では、毎年1回のペースで試験を行っていて、5人受験すると、合格者は1~2人だった。この2年間は、12人の女性が総合職になっているようだ。

人事部は総合職から数人の女性を選び、管理職登用試験を受けさせる。その女性たちは、全員が試験にパスしたという。2年間で、10人ほどの女性を管理職に登用した。ただし、そのうちの8人には部下がいない。これら一連の流れの中に、女性管理職が急ピッチで増えているカラクリがある。

人事の課長は、こんな説明もしていた。「女性の管理職の質を上げるためには、40歳前後の女性社員の数を増やすことが必要になる」。管理職候補の母集団が大きくなると、優秀な人が昇格する可能性が高くなるのだという。「そのために、20代後半から30代後半の約10年間で、女性が育児をしながら安心して働くことができる環境の整備に取り組んでいる」とも話していた。

確かにそのとおりなのだとは思う。20代後半から30代後半の約10年間の定着率を上げないと、女性管理職は増えないはずだ。

しかし、本来は、大企業などは30~40年以上前から、女性社員が育児をしながら安心して働くことができる環境をつくるべきだった。言い換えると、それができない何かが、日本の多くの企業にあるはずだ。このあたりへの考察がない中、数年でそのような環境を整え、揚げ句に管理職まで増やそうとするから、無理が生じているのでないだろうか。

さらにいえば、管理職を選ぶときには一定の公平性・透明性・客観性が必要である。いったん失われた公平性を取り戻すのは難しい。

これらのことを尋ねると、人事の課長からは明確な回答はなかった。はじめに「女性の管理職を何人にしよう」という、いわば数値目標を立てて半ば強引に進めているように感じた。

女性だから管理職にするのは本末転倒

この2年半で「女性の管理職・役員」をテーマにした取材の中では、次に挙げる事例が企業の業種や規模を問わず、スタンダードといえるのだと思う。この会社の経営者の言葉が、多くの経営者の本音ともいえるよう。

創業16年目を迎えたケーエムケー・ワールド(東京都中央区)は、システムエンジニア・サービス、システム開発、ERPパッケージ開発、販売などをする。現在、正社員は84人で、売り上げは12億円。女性社員は、全社員の4割を占める。役員は3人で、全員が男性。部長は6人で、女性はいない。マネジャー(課長)は8人で、そのうち女性は2人である。

創業者である車陸昭社長(45歳)を取材したのは、この5年で、8回になる。16年に車氏を取材した際、女性の管理職や役員を増やすことには賛成していた。一方で、政府が民間企業のいわば人事にまで介入し、女性の管理職や役員を増やすことを呼び掛けていることには疑問を投げ掛けていた。

「女性だから管理職にする、という話は本末転倒だと思う。当社では、管理職にしろ、役員にしろ、昇格を決めるとき、実績や成果、性格や勤務態度、上司やほかの社員からの評価や評判などを含めて広い視野で判断している。女性だから昇格できない、といった差別はあってはならない。一方で、女性ということだけで管理職や役員にすることもしない。それでは、部下になる人たちの負担になりかねない。女性の管理職を増やしたいが、当社は女性社員の平均年齢がまだ若い。管理職登用については、今後の状況をみて判断したい。何よりも、その部署をまかせるに値する能力や経験などがあってこそ、と思う」

こういう指摘は当然のことだと思う。だが、「働き方改革」をテーマとする場合、なぜか、新聞やビジネス雑誌などではあまり見かけない。

本来は、女性の管理職や役員の数や比率が問題なのではない。会社として社員の定着・育成をきちんとしているのかどうか。そこから多くの社員が認めるレベルの管理職や役員が生まれているのか否か。これらに取り組むことこそが、「働き方改革」の本丸なのだと私は思う。

「働き方改革」に取り組む企業に欠けているもの

必要なのは制度だけでなく組織風土を変えること

取材をしてきた「働き方改革」に取り組む企業の多くに欠けていると思えるのが、組織の風土を変える試みである。この場合の風土とは、女性に限らないが、社員たちが納得して働くことができる。それを互いに認め合い、つくり、守っていこうとする文化である。

プラスチック、ガラス、セラミックなどへのめっき加工を行うヱビナ電化工業(東京都大田区、社員100人)は、その試みをしている。前々から女性社員の採用、定着、育成に力を入れていることもあり、海老名伸哉社長を14年、16年に取材した。

16年に取材した時点では就業規則を変えて、女性社員が妊娠したとき、つわりなどで病院に通院する場合は有給休暇を10日増やしていた。「早期復帰手当」を設け、1年間の育児休業を終えた日から6カ月以内に職場復帰したときには40万円を、7カ月以降、12カ月以内に復帰した場合には20万円を支給する制度も設けていた。

社長は「人事制度を設けるだけでは、社員の意識に十分には浸透しないことも踏まえ、いくつかの試みもしている」と話していた。育児などをする女性社員が休暇や休業をしても、社員が支え合い、フォローできる風土や文化をつくりたいのだという。

その1つとして、年2回(6月、12月)の賞与支給時期に、社長が係長以上の役職者と1対1で30分ほど話し合うことをしている。その期間における部署や管理職本人、部下の仕事、成果などについて話を聞いているという。この場で、育児などをしながら働く女性の現状も報告を受けるようにしているようだ。

社員数100人規模の中小企業は大企業に比べると、さまざまな意味でハンディを負う。それでも、こういう地道な試みをしている。風土をつくるのは、社員の意識である。その意識に刺激を与え続ける。このことを、ヱビナ電化工業の事例は教えている。

社員の意識変革が働き方改革の肝

今年の4月に取材し、今回の特集として6月に新たに取材を依頼したのが、コヤマドライビングスクール(東京都渋谷区)である。

国内最大規模の教習所であり、1985年にほかに先駆けて初めて女性の指導員(インストラクター)を採用した。当時から、小山甚一社長は女性社員が働きやすい環境を整えてきた。ここ数年で急遽、その意味での「環境」を整備している会社とは歴史が違う。

現在、女性の役員は1人、次長以上の管理職が6人(男性は34人)であり、社長は「管理職を早急に男女半々にしたい」と話していた。

組織の風土をつくるうえで大きな働きをしているのが、「女性キャリアアップ委員会」である。委員会は、15人で構成される。都内や神奈川県内にある5校と本社スタッフからそれぞれ2人の女性社員が選ばれる。それに取締役総務人事部長や、オブザーバーとして副社長らが加わる。話し合いをするときなどは、女性社員たちがリードして進めていく。

月に1度、本社で連絡会議を開く。女性社員が働く環境を充実させるための制度や施策が議論される。委員会は、社員の意識を高めるためのセミナーなどを企画し、年に2~3回開催する。最近は男性社員の中からもセミナーへの参加を希望する者が現れ始めたようだ。

16年からは、シングルマザーやシングルファザーを採用することにした。一緒に働く社員たちが育児と仕事の両立への意識を一層高めることを願っているのだという。

これらの取り組みは、社員の意識に強い刺激を与えているはずだ。企業経営で最強の資本や資産は、社員の意識だと私は思う。その意識をいかに強く、しなやかなものにするか。会社としてその試みをしなければ、風土を変えることはまずできない。現在の「働き方改革」の議論では、この目線がない。

「働き方改革」で見失われているもの

名古屋や首都圏などを拠点に、59のステーキレストランチェーン店を運営するあさくま(愛知県名古屋市)も、風土づくりに力を入れている。一時期、経営状態が悪化、06年にテンポスバスターズが再建に乗り出した。同社創業者の森下篤史会長があさくま再建の指揮を執り、現在は右肩上がりの成長を続ける。この2年で森下会長を3回取材し、今回の特集の取材が4回目となる。

毎回の取材で感じるのは、会長が社員たちの意識に刺激を与え続けていることだ。例えば、最近始めた「パート役員」である。各店舗の店長が、優秀なパート社員を3人選ぶ。店長が毎日、3人のうちの1人から、3つのポイントについて10分間ほどにわたり、意見を聞く。「仕事をするうえでの効率」「お客さんの満足度をいかに高めるか」「パート社員としての不満」である。3人のパート社員は、同じ店で働くほかのパート社員からも意見を聞いておき、伝える。

店長たちは、パート社員の意見を店長会議で報告し、皆で議論する。会長や役員以下、エリアマネジャー、59人の店長などが参加する。この結果を、店長はパート社員にフィードバックする。パート社員に、「自分たちの店」という自覚を持ち、働いてもらうようにしようとしているのだという。

「働き方改革」は、社員たちの意識を刺激し、風土を変えていく中にしかない。ここ数年の風潮は、それを見失っている。一部の企業がその空気やムードを察知し、進歩的な会社であるかのように演じている。

それが「働き方改革」の「光」として報じられることがあるが、実は「影」なのではないだろうか。

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