山岳遭難救助における有用性を買われ、『HITOCOCO(ヒトココ)』は順調に利用者の裾野を広げていった。しかし、久我氏はそれに満足することなく、ユーザー満足度調査の結果からブラッシュアップのヒントを探していった。
山岳遭難救助でヘリが使えれば….
ヒトココのブラッシュアップのために、久我氏が行ったのはやはり、ユーザーへの満足度調査だった。対象は最初に購入してくれた100人。約75%が“非常に満足”・“満足”と高評価で、“どちらでもない”が10%程度、残りの5%程度が“不満”という回答だった。不満と答えた人のコメントはGPS機能がないことなど、あえて切り捨ててきた機能への指摘がメインだったため、ユーザーとのミスコミュニケーションの問題と判断できた。
「注目したのはフリーコメント欄です。“満足”と回答しても不満をお持ちのこともある。そこにヒントがあるはずなんです」
案の定、コメントからは2つの意見が浮かび上がってきた。ひとつは「価格が高い」。自分以外の人にも気軽に勧められる価格にしてほしいとの声である。もうひとつは「遭難したらすぐに来てほしい」という要望だった。
事態を打開する貴重な出会いのきっかけとなったのは、後に久我氏が「これは絶対に運命だと思った」と語る1本の電話だった。電話の主は金沢に本社を置き、ヘリコプターでの航空運送事業を手掛けるアドバンスドエアーの社長だった。社長は久我氏に会うために、ヘリで久我氏がいる福岡まで飛んできた。駅前の馬刺し屋で向き合いながら久我氏は尋ねた。
「どうして来てくださったんですか? 性能はもうお分かりなのに」
「命を預かるものだから、メーカーの人間がどんな人物なのか、どういう姿勢で事業に臨んでいるのか知っておきたかったんですよ」と、最後に社長は言った。
その日の夜、彼の頭に浮かんだのはユーザー満足度調査のコメントにあった「遭難したらすぐにでも飛んできてほしい」の文字だった。
飛んでいけるかもしれない。ヘリさえあれば。
山岳遭難の行方不明者ゼロを目指し、会員制ヘリ捜索サービスを開始
しかしヘリの単価は高い。ヒトココの付帯サービスという位置付けで運用すると高額な料金を請求せざるを得なくなってしまう。
「ヘリで捜索するという救助インフラを会員制で運用できないかと考えました。“高い”と言われた子機はタダに。つまり売らずに貸そうと思ったんです」
“会員にヒトココを貸し出し、いざという時には捜索ヘリが飛んでくるサービス”。ビジネスの概要は固まった。問題は会費をいくらにするかだ。
結果、たどり着いたのが年会費3650円、1日当たり10円という価格だった。これならそれほど躊躇なく払えるのではないか。
ただし何回でも無制限にヘリを飛ばせるとなると、事業リスクとなってしまう。そこで捜索の上限は1案件につき3回までにした。ヘリ会社へは会費から一定の割合をシェア。双方がストック型ビジネスのメリットを享受できる仕組みとなった。
2016年5月、会員制捜索ヘリサービス『COCOHELI(ココヘリ)』がスタートした。オンライン登山届であるコンパスを併用することで、本人が救助要請できない状態でも捜索の開始が可能だ。生存率が大きく下がる72時間の壁を突破できる可能性が劇的に高くなった。
生存率の向上だけでなく、山岳遭難の行方不明者をゼロにすることも大きな目標だ。山岳保険への加入は登山者の過半数が入っている。捜索費用は保険でカバーすることも可能だが、補償金額には上限があるため際限なく捜索することは難しい。
しかし生存の可能性が限りなく低くなったとき、捜索を中断できるかというと答えはNOだ。心情的な理由だけでなく、経済的な理由でも「行方不明」のままにしておくわけにはいかない。なぜなら生命保険や住宅ローンの団体信用生命保険の保険金は「死亡」が確認されないと支払われないからだ。会社員であれば「欠勤」扱いになり給料も入らず、退職金も出ない。行方不明の状態が続いた場合に法律上、死亡とみなされる失踪宣告が受けられるのは7年後。莫大な費用を掛け続けて捜索を継続しても、諦めて7年間待っても、家族の生活がかなり厳しいものになる。ヒトココの役割は、金銭面でも非常に大きいものとなっている。
久我氏と技術者である芦田氏、飯田氏が描いた夢は現実になった。登山者だけでなく、ときに社会的弱者となり得るすべての人たちに、オーセンティックジャパンは本物のサービスで寄り添い続ける。
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