ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏は、自らの人生50年計画において事業を完成させるとしていた50代を終え、ビジネスモデル完成の「構え」はできたと語る。具体的にはソフトバンクビジョンファンドの設立だが、これによって同志的結合を強化し、300年続く企業体を目指すという。文=村田晋一郎
計画通りに進む孫正義社長の歩み
去る8月11日、ソフトバンクグループ(SBG)会長兼社長の孫正義氏が60歳の誕生日を迎えた。孫氏にとっても、SBGにとっても、これから迎える10年は非常に大きな意味を持つ。
孫氏には米国留学中の19歳の時に定めた「人生50年計画」がある。20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐというものだ。
これまでのところ、孫氏の歩みは大筋で計画どおりに進んでいる。24歳の時に日本ソフトバンクを設立し、コンピュータ業界で名乗りを上げた。そして30代のうちに、ソフトバンクに商号変更し、株式を公開。その資金を元にM&AやIT関連企業へ出資していった。
そして40代でのひと勝負が、ヤフーBBによるブロードバンドサービスへの参入とボーダフォンジャパン買収による携帯電話事業参入だった。事業を完成させる50代は、米スプリントの買収や中国アリババグループへの出資など、世界展開を加速。そして50代最後の大仕事として英アーム・ホールディングスを買収し、さらに投資ファンド「ソフトバンクビジョンファンド(SVF)」の設立に至った。
50代のうちに事業が完成したとは言い切れないが、ビジネスモデル構築という意味で、SVFによって「ソフトバンクの組織体系のあるべき姿についての構えはできた」と孫氏は胸をはる。
今後は69歳までのどこかのタイミングで後継者を指名することになる。一時期は、米グーグルから招いた元副社長のニケシュ・アローラ氏が後継候補と目され、孫氏の60歳の誕生パーティーで後継指名するとも言われていた。
しかし袂を分かった現在、後継者選びは頓挫した格好。今、孫氏の関心はSVFによる枠組み作りにあるようだ。50代最後の公の場となった8月上旬の2017年度第1四半期決算説明会においても、孫氏はSVFについて饒舌に語った。
SVFはサウジアラビア王国のパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)と16年10月に戦略的提携を結んだことから設立に動き出した。PIFが450億ドル、SBGが250億ドルを出資するほか、米アップルやクアルコム、台湾・鴻海精密工業、シャープなども加わり、今年5月には総額930億ドル(約10兆4千億円)で初回のクロージングを完了。さらに今後半年で1千億ドル規模までもっていく。
SBGが進める情報革命の次の段階の基盤となる事業の構築のためには、これまでにない規模の出資が必要であるとの考えから、世界のベンチャーキャピタルの総額640億ドルを上回る規模の巨額ファンドが誕生した。
今後、IoTやAI、ロボティクスなど、情報革命推進に寄与するテクノロジー企業を中心に、1件につき1億ドル以上の規模の投資を行っていく。なお、低軌道衛星ビジネスを手掛ける米ワンウェブの出資もSVFを経由して行う。
SVFは、過去の日本の財閥ともベンチャーキャピタルとも違うという。孫氏はSVFについて次のように語る。
「必ずしも株式の51%を取りにいくのではなく、われわれのブランドで染めるわけでもなく、われわれが送り込む経営陣によって、子会社としてマネージするわけでもない。しかし、だいたいのケースにおいて、20~40%近い株式を持ち、筆頭株主あるいはそれに近い立場で、その会社の経営に影響を与えるレベルのグループを構築していく」
ここで重要なのは、単なる資本的提携ではなく、情報革命という志・ビジョンを共有している「同志的結合集団」だという。
例えば、グラフィックスプロセッサ世界最大手の米NVIDIAはその同志の1社であるとしているが、SBGはNVIDIAの株式を4.9%しか保有していない。SBGがNVIDIAを資本関係で支配しているわけではないが、同社のジェンスン・フアンCEOと孫氏は旧知の仲であり、思いを共有する同志だという。
同志的結合という考え自体は、孫氏のメンターでもあったシャープ元副社長の佐々木正氏から示唆されたもので、佐々木氏が唱える「共創」の概念に近い。
これまでの同志的結合が生み出した展開としては、米アップルのiPhoneについて日本における最初の販売権獲得がある。これも当時、アップルCEOだったスティーブ・ジョブズ氏と孫氏との関係性が決め手となった。
SVFの目的は、こうした同志的結合を資金面で支え、強化することにある。
ソフトバンクの長期戦略を支える重要なキーワードとは
同志的結合は、ソフトバンクの将来的な長期戦略を支える重要なキーワードでもある。
ソフトバンクは10年6月、創業30年を迎えたタイミングで、「新30年ビジョン」を発表した。ここで孫氏は「最後の大ボラ」として、300年続く組織体を目指すとし、次のようにも語った。
「孫正義は何を発明したか。チップでもソフトでもハードでもない。たったひとつ挙げるなら300年成長し続ける組織構造を発明した。(後生の人に)そう言われるようになりたい」
300年というスパンは、松下幸之助氏の「250年計画」を超えるという意味もあれば、孫氏が敬愛する坂本龍馬が倒した江戸幕府の260年を超えるとの意気込みを示したものとも言われる。
300年続く組織体を構築する上でポイントとなるのが、孫氏の「群戦略」だ。孫氏のビジネス哲学として「孫の二乗の兵法」がある。
もともとは孫氏が20代で大病を患った際の療養中に構想を練ったもので、「孫氏の兵法」と「ランチェスター戦略」に独自のエッセンスを加えたもの。その中の戦略の一つとして「群戦略」はあり、「自己調達にこだわらず、積極的に業務提携をしていく。複合企業を目指す」というもの。
単一の仕事や事業だけでは、それが行き詰まったときに全く収入がなくなるリスクがある。このリスクを回避するには中心となる事業の周辺に、複数のブランドと複数のビジネスモデルを設置しておくことが必要で、ある事業が赤字になっても他の事業でカバーできる準備をしておく。この群戦略はこれまでも実行してきており、SBGはグループ内に多くの事業会社を抱えてきた。
一般的に単一事業の寿命は約30年と言われる。群戦略でなくても30年は事業を続けることはできるが、300年続くためには、複数のビジネスモデルを有する複合グループによる群戦略が必要となるというのが孫氏の考えだ。17年3月末時点でSBGの子会社は761社。これを30年以内に5千社の企業集団に拡大し、群戦略を展開する。
その群戦略は、現在ワールドワイドの起業家連合に拡大、同志的結合によって遂行していくという。そこでイメージしている組織論は、ヘッドクォーターがあって、それに従属する子会社がたくさんあるという形ではなく、ウェブに近い形で、上意下達ではなく、それぞれが自主性を持って意思決定できる起業家集団をグループとして構築。起業家集団が1つの塊として情報革命を起こしていく考えだ。
「同志的結合というソフトバンクなりの新しい概念の在り方で、群戦略をやろうとしています。情報革命のシナジーを出し合う、戦略的シナジー集団だと、われわれはとらえています」と孫氏は語る。その構えができたのがソフトバンクビジョンファンドだという。
孫正義社長の個人的関係に依存する現状
ただし、この同志的結合の根幹は、経営者同士の信頼関係であり、現状では孫氏のパーソナリティーによるところが大きいように見受けられる。孫氏だからこそ成り立っている関係であるとも言える。
先ほどのNVIDIAについて言うと、たかだか4.9%の株を保有している関係を「企業連合」とは言いがたい。それを連合足らしめているとしたら、孫氏とファンCEOの個人的信頼関係に負うところが大きいのではないか。
また、同志的結合は、支配・被支配の関係ではなく、自律・協調型だという。しかし支配しないとはいいつつも、これだけの企業連合においては、ある程度の調整役や旗振り役は必要だろう。
また、自律はしていても協調するとは限らない。同志であっても各企業は個々に営利を追求する企業であり、お互いに利益が食い違う場面は必ず出てくる。ましてやこの連合の規模はグローバルに広がる。政治的・文化的背景が異なり、多様な価値観を有する集団を一つの方向に誘うことは、一筋縄ではいかない。
孫氏が掲げる「情報革命で人々を幸せに」というビジョンも、人によってとらえ方はさまざまなはずだ。今は孫氏の個人的信頼関係で、志への賛同が得られ、企業連合がまとまっている格好だが、孫氏以外に、その志を集約する役割を担える人材がいるのかは大いに疑問だ。
孫氏は、SVFを「薩長同盟」に例えている。さしずめ自らの役割は坂本龍馬をイメージしているのだろう。しかし坂本龍馬亡き後の討幕運動は、必ずしも龍馬の意図した方向には進まなかった。SVFの今後においても、孫氏の後継問題がネックになる可能性がある。
ニケシュ・アローラ氏が去ったことで、孫氏は向こう10年は経営を続ける意気込みだ。恐らく孫氏の社長在任中は、この同志的結合集団は拡大し、さらに群戦略を拡大していくだろう。しかし、群戦略が拡大するほど、後継者に求められる役割は大きくなり、後継者選びはさらに難しくなる。
孫氏は自らの後継者について、「今後直近の二代目は、グループの中で活躍している経営陣から選ばれることになる」と語っているが、現在実績を上げている経営者ですら、孫氏の代わりは難しいのではないか。
300年続く企業体となるために、同志的連合というコンセプトと群戦略という戦略を定め、SVFを設立したのは良いが、最も重要になってくるのは、同志的結合におけるリーダーの在り方だろう。個々の集団を自律させつつ協調させるための手法が問われてくる。
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