成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。
船津徹・TLC for kids塾長プロフィール
船津徹氏が金融機関から教育の世界へ行った理由
イゲット 船津さんのご経歴からお聞かせください。
船津 大学では経営学を学んで、最初の就職先は金融機関でした。高校生の時1年間コロラドに留学した経験があり、英語は得意だったので、就職したら海外に行きたいと思っていました。金融機関は海外勤務のチャンスがあるので、いいなと思って。就職してすぐに、トレーニングのためにニューヨーク支店に行かせてもらったんです。
イゲット いいですね。当時は英語ができる人はあまりいなかったですしね。
船津 そうですね。それでNYで勤務していたんですが、日本のバブル崩壊の噂をあちこちから聞くようになりまして。ある日、日本から連絡があって、「大変なことになってるから戻って来い」と言われたんです。帰国してすぐにバブル崩壊に直面しました。日本の金融機関が貸し付けをやりすぎたツケが回り、その焦げ付きが毎日のように起きていました。私が担当していた国際金融の部門では、海外案件にかなり投資していて、それらが一気に回収不可能になりました。
イゲット 日本では、その後処理みたいなことをやらされたわけですか。
船津 そうなんです。たまたまタイミングが悪かった人たちが、先陣が行ってきた無謀な融資の後始末をやらされて(笑)。当時は貸し付け契約書を紐解いて、どうやったら融資を回収できるかを考えたり、投資家に説明会を開いたりという後ろ向きの仕事に従事していました。
イゲット すごくストレスがたまりそうな仕事ですね。
船津 それで辞めました。自分には金融は無理だと(笑)。お金を右から左に移動させて利益を生み出すというシステムにやりがいを感じられなくなり、教育の世界に行ったんです。
イゲット 最初はどんなことから始めたんですか?
船津 そのころ、日本で七田式という幼児教育を普及させた七田眞さんと知り合う機会があり、ちょうど英語ができる人材を探していたんです。幼児教育と英語教育が日本で流行り始めた時期でした。七田式でも英語教育に力を入れたいということだったので、教材制作やプログラム作りなどに携わりました。
イゲット 金融とは全く違う分野ですよね。
船津 そうなんですが、学生時代にずっと音楽をやっていたので、ゼロからものをつくるということに関しては得意でした。それで、音楽を活用して楽しく英語を教えるプログラムをつくり始めたんです。
イゲット 七田式には、それまで音楽に合わせて教えるプログラムはなかったのですか?
船津 日本語ではありましたが、英語はなかったんです。七田先生は音楽を教育に応用する先駆者でしたし、自分も作りたいと思っていたので、お互いの思いが合致して作り始めました。その後、結婚して子供もできたので、教育をもっと身近なものとして感じるようになりました。日本式の受験英語とは全く違うアプローチでしたが、楽しめるもののほうが子どもはよく学ぶということは分かっていました。それが今のTLC for kidsの土台となっています。
イゲット TLC for kidsはいつからスタートしたのですか?
船津 2001年ですから17年前ですね。
イゲット ちょうど同時多発テロがあったときですね。
船津 語学学校に通っていた人物がテロを起こしたものだから、私も学校を開設予定でしたので、ビザ手続きも全部ストップしてしまい、最初から大変でした。
幼児期に深い思考の基礎となる言語力の土台をつくる必要性
イゲット 教材はどんなふうにつくるのですか?
船津 基本的にはESLという、アメリカで行われている第二言語としての英語指導をベースに作ります。アメリカのESLは長い歴史があり、研究も進んでいるので、日本人にとっても有用です。
ただ、日本の英語教育の問題は受験です。実用性よりテストで○×をつけられながら学ぶので、間違えることが怖くなってしまうのです。大人はみんなそうですよね。英語でミスをすることが怖い。でも言葉ですから、人とコミュニケーションを取ることが原点です。文法を詰め込んで単語を記憶させるというやり方ではなくて、日常的によく使う言葉をたくさん覚えさせたり、人と会ったときにコミュニケーションが取りやすくなったりする教材つくりを心掛けました。
イゲット 七田式はすごく小さな子供から対象ですよね。
船津 0歳からです。聞かせる教材や視覚で見せる教材を中心に。当時はきちんとした英語を教えられる先生も日本に少なかったし、アメリカやイギリスから第二言語としての英語を教える資格を持った人が、日本に来ることはそれほどありませんでした。直接ネイティブから教わるのが一番良いのですが、今のようにオンラインチャットもなかったので、家庭で親が小さい頃から教えるのが一番良いだろうという考えです。
イゲット その後、ハワイにいらっしゃったんですね。
船津 最初は七田式の教室を作るためにハワイに来たんですが、七田式はもともと才能開発の学校で、言葉を教えることが中心ではなかったんです。言葉の先にある思考力や表現力などを鍛えるんですが、ハワイに来て驚いたのは、日本に住んでいる日本人の子たちに比べて、こちらの日本人の子たちの言葉の力が弱いこと。言語力の土台が弱いから、その先の思考技術や才能開発が難しかったんです。
イゲット それは、単に外国に住んでいるからでしょうか?
船津 まだ日本語をきちんと教える学校もハワイになかったので、結局親が教えていたのでしょうが、それだけだとどうしても日本語の環境が貧弱になってしまうんです。お母さんとしか話さないから、語彙数や表現のパターンが限られてしまう。当時は日本語の本も入手しにくかったからなおさらです。
イゲット バイリンガルは、その点仕方がないのでしょうか?
船津 6歳までの子供は、見聞きしたことを取捨選択せずに、何でも学び取ることができます。ですから、幼児期の言語発達は環境の問題なのです。そこを過ぎると、自分の意志で学ぶものを選ぶようになります。
でも、アメリカでは日本語の看板を見るわけでもないし、日本語で話しかけられるわけでもない。目や耳から入ってくる情報が少ないと、脳はそれを必要ないものと判断するんです。
日本にいたら、英語がなかなか身に付かないのと同じですね。それでは深い思考ができなくなる。才能開発は深い思考を育てるのが目的ですから、そもそも言葉が育っていないとどうにもできません。ですから、言語に集中した学校にしようということで、TLC for kidsを独立させました。
イゲット 現在は日本語と英語の両方を教えているんですよね?
船津 はい。日本語の方は主に日本人のお子さんに、英語の方は日本人や他の国から来た子どもたちに教えています。現地校だけでは英語力を高めるための十分なサポートは得られないので、移民子弟のための英語のサポートと、あとは日本にルーツを持つ子たちが日本語を失わないようにするサポートの二本立てですね。
イゲット どのくらいの年齢の子が多いのですか?
船津 一番多いのは2~5歳です。アメリカは5歳から幼稚園が始まるので、その前に日本語と英語の土台を築いておく必要があります。現地の幼稚園に行くようになると、英語漬けになり日本語は停滞します。
また一方で幼稚園や小学校に上がった時に英語がまるでできないと自信を失くしてしまいます。だから、現地の小学校入学前に両方の言葉を教えないといけない。幼児期の言語教育は移民子弟には必須で、しっかりやっておかないと困ることになります。
幼児期に言語力を伸ばすために必要なこと
イゲット おしゃべりな子の方が語彙力が高いといった傾向はあるんでしょうか?
船津 いえ、親子の会話だとせいぜい200語くらいしか使いませんからそれほど関係ないです。単に親子でおしゃべりするだけでなく、やはり読書が大事です。
親が毎日絵本を読んであげると、一気に理解できる語彙数が数千まで膨らみます。絵本には日常生活では使わない言葉がたくさん出てきます。また昔話などを読み聞かせれば、日本の文化や風習などにも触れることができます。子どもの言葉の力を伸ばしたければ、まずは読み聞かせをしてあげること、そして子どもが自分で本を読む力を育ててあげることが非常に重要です。
イゲット どのくらいの量を読ませれば良いのですか?
船津 読書嫌いの子は、文字に対する抵抗感があるので、それをなくすことが肝心です。アメリカだと、幼稚園から小学校低学年くらいまで、毎日のように短い本を一冊読まされますが、すごくいい指導法だと思います。簡単に読める薄い本なのですが、一冊読めると達成感が大きいんです。アメリカにはリーダーズ(Readers)と言って読書力をつけるために平易な言葉で書かれた「絵本と活字本の中間」みたいなシリーズがたくさんありますが、日本にはあまりそういう本がない。日本では移民のための日本語教育は念頭に置いてないから、そのレベルの本があまり発達していないんですね。
日本の子どもにも簡単な短い本をたくさん読ませて、読書に対する抵抗感を除くと同時に、本を読めたという成功体験を積み重ねてあげたほうが良いです。本好きになるかどうかはその子によりますが、少なくとも本が嫌いにならない、本を読むことが苦にならない教育は小学校低学年までにしてあげるべきです。
イゲット それから後では遅いんでしょうか?
船津 遅くはないですが、学年が上がるほど読書習慣を身に付けるのに時間が掛かるでしょうね。これは日本語だけでなく、英語でも同じです。英語が第二言語の子は読むスピードが遅く、英語の活字に抵抗感が強いので、学校の課題をこなすのに人の倍近く時間が掛かってしまいます。するとやる気をなくして、勉強嫌いになってしまいます。ですから小学校低学年までに英語の本をスラスラ読めるようにしてあげることが大切です。
イゲット 英語の速読法というのはあるんですか?
船津 速読ではないですが、英語を単語単位でなく、いくつかの単語のグループで読む練習は効果があります。単語ごとにロボットみたいに発音しているうちは、早く読めないし理解にもつながりません。英語は単純で、頻出する単語が決まっています。どういう単語がよく使われて、単語の前後にどんな言葉が来るかが実は明快なんです。
英語の頻出単語(サイトワーズ)の本も私は書いています。サイトワーズ学習の効果は絶大で、頻出上位10単語が全ての英文の25%を構成し、上位300単語が70%を構成しています。たった300語のサイトワーズを覚えれば、世界中にあるあらゆる英文(絵本から学術文章まで)の70%が読めるようになるのですから。英語学習に活用しない手はありません。
イゲット 私たち日本人は、「書き」と比べると「読み」はほとんどやっていないような気がします。
船津 日本の小学校の場合、ほとんど国語のリーディングの指導がなくてクラスで音読させられるくらいですからね。言葉の力を強くするには小学校低学年の時期に徹底的に読書指導をしてリーディング力を育てることが必要なんです。日本語でも英語でも、勉強で躓く子は、活字に対する抵抗感が強く、読書スピードが遅く、読解力が伴わない。それは僕も外国に来たから分かったことです。(後編に続く)
(いげっと・ちえこ)(Beauti Therapy LLC社長)。大学卒業後、外資系企業勤務を経てネイルサロンを開業。14年前にハワイに移住し、5年前に起業。敏感肌専門のエステサロン、化粧品会社、美容スクール、通販サイト経営、セミナー、講演活動、教育移住コンサルタントなどをしながら世界を周り、バイリンガルの子供を国際ビジネスマンに育成中。2017年4月『経営者を育てハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)を上梓。
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