5年前、中国に習近平国家主席が誕生で始まった改革は、“第4次産業革命”と呼ばれるほど中国全土に広がり、経済構造ばかりか社会をも変革しつつある。その波は悪評高かったトイレにも及び、公衆トイレはどこもきれいになった。中国で進むトイレ革命の実態とは――。文=ジャーナリスト/松山徳之
「叫、泣、笑、跳」で表現される中国のトイレ事情とは?
わずか2、3年前まで中国で外国人は外出すると、公衆トイレを避けてホテルのトイレを利用することが当たり前だった。
それほど嫌われた公衆トイレだったが、ここ1年の変貌ぶりはすごい。公衆トイレが新設されたばかりか、既存のトイレが設備を含めて一新され、さらに清掃の回数が格段に多くなったので臭いがしないのだ。家庭用トイレも同様で、中国では「厠所革命」と呼んでいる。
上海市民の姚立(39歳)さんは、「自宅をウォシュレットにするのがブームになっています。外の公衆トイレも数が増えて、きれいになった。最近は紙があるのだからすごい。Wi-Fiや充電器も付いている。地方のトイレではクーラーどころか、電子レンジや冷蔵庫を備えたものまでできた。これは明らかに官僚が出世のチャンスと考えて4つ星トイレ作りに励んだから。でもさすがにこの派手な競争は中央政府の怒りを買い、豪華なトイレ作りは止まりました」と言う。
習近平主席の「厠所革命」の大号令が文化大革命に匹敵する勢いで全国全土に広がり、4千年続いた伝統の汚くて臭いトイレがどんどん改善されている様子が見えるようだ。
中国のトイレと言ったら、思い浮かぶのは「ニーハオトイレ」だ。中国へ行ったことのある人なら、ドアはむろん、衝立などの遮るものが全くない場所で、尻をだして便壺を跨いだまま、お隣さんの大便が流れていくのを見ながら“こんにちは”と顔を向き合わせて、横並びで用をたした経験があるだろう。もちろん、トイレットペーパーは無かった。
これを日本人は、「“こんにちは”トイレ」とホンワカとする響きの名を付けて呼んできたが、実際はそんなムードは全くない。むろん、中国人は「ニーハオトイレ」と言わないし、その呼び名も知らない。
中国に来た欧米人はほんの数年前まで、トイレで用を足すことを“挑戦”ととらえていて、それを「叫、泣、笑、跳」の4文字で表現していた。
“叫”はトイレに入った瞬間、その異様さに驚きの声を上げるという意味だ。“泣”は涙が出るほどの悪臭が満ちているからだ。“笑”はお互いが、尻が見える状態で便壺にまたがる恥ずかしさに笑うしかないからだ。“跳”は足元に飛び跳ねてくる便を避けるために、軽業師のように体を動かすことを表したものだ。
こうした表現が、ごく普通に語られるほど汚く、臭いことで有名だった中国のトイレが、なぜ文化大革命に匹敵する勢いで変貌しているのか。
経済発展が中国のトイレ文化に革命を起こす
その理由の一つは習近平主席が2017年の11月末、15年に打ち出したトイレ改革指示に重ねて、あらためて「トイレ問題は文明化への重要課題である。観光地や都市だけでなく、農村部でも生活の質の向上を実現しなければいけない」と、「厠所革命」を“重要事項”に格上げして号令したことである。
トイレの歴史をさかのぼると実に古い。さまざまな書に厠に触れた記述がある。
中でも多くの日本人が知っているのは、悪女として名高い劉邦の妻・呂后がライバルだった美女の目を潰し、さらに耳と鼻をそぎ、厠に落として人糞を餌とする豚と同じ“豚人間”にした記述だろう。
これは2千年以上の昔から、中国では人糞を豚の餌や畑の肥料とするシステムが出来上がっていたという証だ。
ほんの10年ほど前まで上海市内の家庭でも部屋に置いてある簡便トイレ(小判型の浅い桶)の“おまる(浄桶・便盆)”を使っていて、翌朝にそれを糞尿回収屋に売る仕組みが残っていた。
筆者がその習慣に出遭ったのは万博が始まるほんの少し前だ。
糞尿回収屋が消滅する過渡期の最期だったのだろう。日課にしていた早朝の散策の際、道路に回収されなくなった糞尿をばら撒く人々に出会って驚き、同時に臭さに閉口したのを覚えている。
ともあれ、経済の急速な発展は4千年の間変わらなかったトイレ文化にも革命をもたらした。
SARSの発生も中国のトイレ革命を後押し
なぜ、“厠所”が変わり始めたのか。経済成長がトイレ問題に影響を与えた様子を体験を踏まえて考えてみたい。
中国のトイレを始めて体験したのは、中国が「世界の工場」に向かって一段と成長するためにWTO(世界貿易機関)への加盟を国家目標に掲げて取り組んでいた01年のこと。
訪れた北京で、なんでも味わってみようと食いあさった翌日から下痢に悩まされた。ちょうど日本の銀座に当たる、北京で最大の繁華街「王府鎮」のど真ん中で我慢できなくなって、目の前に見えた案内板「公衆衛生」の建物に飛び込んだ。
それは、まさに「叫び」の世界だった。薄暗い日本の学校の教室ほどの広い場所に、便壺が横に10数個、それが4列も並ぶ状態に、まず圧倒された。目を凝らすと、便壺はいずれも山のように大便が積み重なっていて、座ることはできない。立ったまま、尻を出したまま大便するしかない。
しかも、何人もが同様のスタイルで大便するものだから、初体験の私の尻は“驚き”と“怖さ”で閉じてしまった。
この時の経験は、まさに地獄としか言いようがない。その後、度々中国へ行く機会を持ったが、よっぽどのことがない限り公衆トイレの利用は控えるとともに、なぜ中国のトイレは汚いのかという疑問をずっと抱いてきた。
中国のトイレに変化が始まったのは08年の北京オリンピック、10年の上海万博を控えた03年に、中国南部でSARS(重症急性呼吸器症候群)が発生、大流行したのがきっかけである。
当時、中国経済は改革開放政策の成功からWTO加盟に向かって沸き立ち、街の通りにはスローガンを大書した横断幕が掲げられた。それでも人民服姿や通勤の自転車が道路を占領する中国の原風景が残っていた時代である。その中国がさらに発展して「熱狂の中国」と呼ばれるのは、少し後のことだ。
感染したら圧倒的な確率で死に至る「現代のペスト」と恐れられたSARSの発生に、WHOは流行地への渡航を自粛するよう勧告した。江沢民政権は「貿易が断絶する」と震撼した。
そこで国家を挙げて、清潔運動に取り組んだ。国民への衛生教育を始めると同時に、レストランの厨房・トイレの改善を強制し、公衆トイレの設置に全力を入れたのだ。
とはいえ、中国のトイレ環境を変革するのは並大抵のことではない。まず、第1の理由は公衆トイレの数が絶対的に足りなかった。第2に男女差が大きく、女性用トイレの数が極めて少なかった。
綺麗になった公衆トイレは中国人の生活スタイル向上の象徴
SARS騒動が収まり、北京オリンピックと上海万博の開催に向かって中国全土が「熱狂の嵐」に包まれていた07年に、筆者は生活の拠点を中国に置いた。当時、外資企業の中国進出は一層激しくなり、北京や上海に限らず、天津、大連、シンセン、広州など沿海部の都市は昼夜の別なくブルドーザーとダンプカーの轟音が唸り、高層ビルが毎週のように完成する状況が続き、中国は「世界の工場」と呼ばれていた。
街を歩く市民の姿はオシャレになり、豊かになった普通の市民が株式投資に関心を寄せ、株式口座の開設数が1日で30万から40万に達するほどだった。
筆者が住まいとした家は区画整理から取り残された「老坊子」(ラオファンズ)と呼ばれる租界時代の古い3階建ての建物で、住んでいるのは再開発から取り残され、まだ豊かさに縁のない人たちばかりで、1フロアに炊事場が一つ備わった12世帯が住む改造住宅。それでもトイレが水洗で、しかも1世帯ごとに付いていた。
こう伝えると、快適な生活と思われるかもしれない。しかし、そこは中国文化の世界である。
水洗トイレが個別に付いていたことに安心したのはつかの間、用を足して水を流すとトイレが詰まって、大便が逆流して床にあふれ出すことが度々起こったのだ。
そんな場合に助っ人として登場したのは中国経済発展の原動力を担ってきた内陸部出身の農民工だ。
彼らは電話1本で飛んで来て、詰まったトイレに腕を素手で突っ込み、便を掻き出す作業をわずか20元(当時のレートで約240円)でやってくれた。これに懲りて、住まいを家賃6千元(同約7万円)の高層マンションに移った。
住人の大半を占めたのが、収入が6千元に満たない教師、公安(警察)などの公務員が大半であるにもかかわらず、駐車場はアウディやベンツ、VWで埋まっているので日本人には理解しがたかったが、そのマンションでもトイレは古い長屋と同じように度々詰まった。
だから、どの家庭でも水洗トイレを使用しても紙は流さないで、かごに入れ、それでも詰まるので水圧をかけるゴム製の押出器を備えていた。
水洗トイレが詰まるのは、下水管が細いうえ、流れる水の水圧が弱いためだった。
1990年代からのGDPの2桁成長(日本超えは2010年)、30年には米国経済をも追い越すと意気込んでいた。しかし、北京オリンピックの直後にリーマンショックが中国を直撃。外資を含め工場の倒産が続出、中国経済は半病人になった。
胡錦濤主席(当時)は景気刺激政策に4兆元(当時のレートで約54兆円)の緊急投資を決め、経済構造の大転換に乗り出し、中国全土に「科学特区」や「研究特区」を設け、研究開発型産業の確立に向かう一方で、国営の重厚長大産業の大改革を図った。
これが呼び水となって、再び成長を始め、豊かになった中国人は生活スタイルの向上を求めた。その象徴がきれいになった公衆トイレであり、1%を超える普及を実現したウォシュレットである。
しかしまだ大半の人がトイレを詰まらせないように使用した紙は流さず備えた箱に入れている。だがこの習慣は“アッ”と言う間にウォシュレットが変えていくに違いない。
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