株式会社経済界が主催するベンチャー企業支援企画「金の卵発掘プロジェクト」で、第7回グランプリを獲得した手島太郎・Bank Invoice(バンクインボイス)社長。手島氏の歩みとこれから、そして独創性が高く評価されたビジネスSNS「Bank Invoice」について紹介していく。
Bank Invoiceが生まれた背景―効率化が難しい経理部門の業務
経理業務効率化につながらなかった請求書のPDF化
業務のペーパーレス化が進む中、多くの企業において「紙」の削減がほとんど進んでいないのが経理部門だ。Bank Invoiceは言うなれば、この状況を変革して経理業務を革新的に効率化するサービスである。
経理業務を担当した人であれば、日々送られてくる請求書の山と格闘した経験があるのではないか。特に全国に拠点を持つような大企業であればなおさらだ。
大企業の経理業務でありがちなケースを、手島氏は次のように語る。
「例えば、地方拠点が取引先に請求書を出し、本社で入金を管理しているような場合、地方の経理担当者が債権についてデータ計上しないと、本社側では請求書を出しているのかどうかも分かりません。突然、何の案件か分からない入金があって本社が未処理にしておくと、同様のパターンで未処理案件がドンドン溜まっていく。そして担当者の異動などで、さらに分からなくなるといったケースが多々あります」
会計監査の時期などは、ただでさえ忙しい経理担当者が、こうした未処理案件の処理に忙殺されることになる。一方、振込先も取引先からの問い合わせに対して、振込明細を作成して送る作業を何社分も手掛けなければならないといった、非効率極まりない状況に陥ってしまう。
状況を改善しようという動きがなかったわけではない。2005年にはe-文書法が制定され、請求書をPDFで保存できるようになった。ただ、結論から言えば、業務の効率化にはほとんど寄与していない。それどころか余計に作業が煩雑になったと手島氏は言う。
「請求書をPDFで保存できるようになったのですが、電子署名やタイムスタンプがPDF化の要件に入っていて、結局、紙で処理する3倍くらいの手間が掛かってコスト高になるからです。また、紙の請求書であればそのまま地方拠点から本社に回ってきていたのが、PDFの内容だけチェックして、紙の請求書を地方拠点で取って置く会社も増えました。つまり、本社はペーパーレスになっても拠点に紙が溜まっていくので意味がない。FAXで請求書をもらって、それを原本に差し替えてPDF化し、さらにきちんとPDF化ができているかのチェックも行うという、非常に煩雑なことをしなければならない場合もあります」
以前、製造業の経理部門で勤務していた手島氏は、こうした非効率かつ旧態依然とした状況に現場で直面していた。この経験こそが、のちにBank Invoiceを生み出すキッカケとなったのである。
請求書の原本そのものを電子化するメリット
Bank Invoiceはつまり、前述の課題を一気に解決してしまうことを目指したものだ。
最大の特徴は、請求書の原本そのものを電子化して送受信可能で、送り手と受け手がデータを共有できる点にある。サービス利用のための登録は無料、ユーザーアカウントとパスワード入力ですぐに使え、ソフトをインストールする必要もない。「請求書をメールで書いて送るイメージで使える」という簡便さだ。
仮に取引先が紙の請求書を欲しがったとしても、データ自体が原本であるため、プリントアウトすれば事足りる。原本をPDF化したり、さらにそれをチェックしたりといった煩わしい作業からも解放される。手続き状況がリアルタイムで分かるため、紙の請求書が届くまでじっと待つ無駄も省くことができる。
「Bank Invoiceがあれば、たとえ大企業でも経理の人間が1人いればすべて終わらせられます。データを共有できるので、地方の人間が処理しても、本社がリアルタイムで把握できます。経理業務を大きく変えることができるんです」
また、デジタル化は紙の請求書で行うことをすべてカバーできるだけではなく、プラスアルファの効用があると手島氏は言う。
デジタルなので送受信の日時、受け手側が既読した時間、請求書を確認したことを示すボタンを誰が何時何分に押したかといったことも履歴に残るうえ、チャット機能も付いているため、送り手と受け手のやり取りも記録される。そのため、仮に税務調査が入るような場合でも、紙の請求書を見るよりも証明力が高いと言えるのだ。
Bank Invoiceは17年12月に有料サービスがスタートし、既に100社以上が導入。送信1通に付き100円の料金しか取らないため、採算ベースに乗せるのが厳しいように見えるかもしれないが、日々膨大な数の請求書をやり取りする大企業が1社でも導入すれば、簡単に黒字化できるビジネスモデルだと手島氏は説明する。まずは大企業で試験的に導入を促し、企業グループ全体、取引先にまで広げていければ、ビジネスのスケールが飛躍的に拡大すると読む。
ただ、大手企業からの採用はそれほど簡単ではない。慣れたやり方を変えることに対して、ほとんどの企業で社内的な抵抗があるからだ。「ただでさえ忙しいのに、新しいシステムを使うのは面倒くさい」。そんな意識が社員に芽生えるのは避けられない。
「Bank Invoiceを導入しても、経理のフロー自体は一切変わらないという部分と、便利さをいかに認識していただけるかが普及のカギです」と、手島氏は話す。
ただ、抵抗は当初から想定内だとも言う。手島氏自身が経理部門の出身なので、業務改善活動の難しさについて熟知しているためだ。Bank Invoiceが誕生したのも、もともと自身が行っていた改善活動が発端で、その時も提案が実現するまでに3年を費やした。それも、最初は部内の自主的な動きではなく、上からのコスト削減命令が出て仕方なく動き出すのを間近に見てきた。どの企業においても、すんなりと導入が進むとは考えていない。
では、手島氏はどのように経理業務の効率化に取り組み、壁を打ち破っていったのか。
Bank Invoiceの構想―経理業務を革新的に効率化するシステムとは
社内の改善活動を通じて経理業務効率化のヒントを得る
前述のとおり、企業はBank Invoiceを導入することによって、煩雑な経理業務を劇的に効率化できる。請求書の送信1通当たり100円の課金がBank Invoice社の収益となるが、1カ月の送信件数が30件未満の場合は請求しない方針だという。
そのため、現状ではマネタイズにまで至っていないが、今は細かな収益を積み上げるよりも、早期の普及拡大を優先することで大企業からの採用を目指していると手島氏は言う。
ターゲットを大企業に絞っているのは、収益規模の点はもちろんだが、組織が大きくなればなるほどBank Invoiceの威力が発揮されることを身を持って知っているからだ。Bank Invoiceは、大企業の本社と地方拠点の双方で実際の経理業務に従事した手島氏だからこそ、生み出せたサービスと言える。
早稲田大学で会計学を学んだ手島氏は、卒業後に大手家電メーカーに就職、営業所の経理部に配属された。新人時代は取引先から送られてくる請求書のチェックや振り込み処理を担当。後に本社の経理部門の業務も経験した。その後転職した会社でも、本社と地方拠点の両方で経理業務を担当した。
驚いたのは、最初の就職から何年もたっていたにもかかわらず、転職先でも経理業務の進め方がほとんど進歩していないことだった。それどころか、e-文書法の制定により、多くの企業で紙の請求書をPDF化するようになってから、作業フローはますます複雑化していた。
「この先もずっと変わらず、泥臭いやり方を続けないといけないのか」
手島氏は暗澹たる気持ちになった。
そんな時に出会ったのが、マイクロソフトが提供するSharePoint(シェアポイント)という企業向けのソフトウエアである。シェアポイントはウェブブラウザをベースとしたプラットフォームで、異なる部署間でファイルや情報を共有したり、共同作業を行えるのが特徴だ。このサービスが、経理業務の改善活動に使えないかと手島氏は考えた。
まず目を付けたのが、支払先コードの処理である。
現場の経理担当者は、新たな取引先から請求書を受け取った場合、本社にPDF化した請求書をメールで送るとともにコード登録を依頼する。そして本社側は、PDFを印刷して経理システムに情報を入力し、支払コード番号を発行して拠点に通知していた。この一連の作業が終わるまでに、2~3日かかるのが慣例となっていた。
そこで手島氏は、現場の経理担当者から銀行コード、支店コード、名義などの情報を、シェアポイントに現場の担当者から直接入力してもらい、本社からは支払い先コードを発行するのみとし、仮に誤入力があったとしても、本社側は関知しないことにした。結果として、一連の作業時間が分単位にまで短縮した。
「一つ一つの請求先について本社が処理するのと違って、取引先が何千社とあっても、相手から同じフォーマットにデータを打ち込んでもらえれば、15分程度で済むということが、この取り組みによって証明できました。例えば月末の16時に全国のすべての拠点から入力があり、17時に支払いコードを戻すことができれば、17時半には現場の担当者は仕事を終えることができます。これを社内だけでなく、取引先にも広げたらどうなるかという発想が、後にBank Invoiceの開発につながっていきました」と手島氏は言う。
100人で150時間の経理業務が1人で15分に短縮
では、実際に請求書の処理においては、どの程度の効率化が可能なのか。当時、請求書そのものをデータ化するシステムはなかったので、検証のために着眼したのが、全国の拠点における公共料金の引き落としだ。
手島氏は、全国各地の口座引き落としに対して仮想口座番号を設定。どの口座から何月何日にいくら引き落としがあったかといったデータを、すべて本社が把握できるようにした。
手島氏によれば、この時凄まじい社内の抵抗に遭ったという。
「請求書で払っていた公共料金を一つ一つ口座引き落としにしていったのですが、現場の経理担当者に対しては、『伝票は本社で起票するので、今までどおりのやり方は行わないでください』と頼みました。現場を通さずに本社から直接連絡してやり方を変えていったので、自分たちのテリトリーが侵食されたと感じる担当者が多かったんです。現場からは、『手島さんの目標管理のために自分たちは働いているわけではない』とも言われましたね。結局、すべてを口座引き落としにするのに、1年もかかりました」
だが、結果的にそれまで各拠点で100人の担当者が月150時間かけて行っていた経理処理が、本社で1人の経理担当者によって15分で終了する仕組みを構築できたという。
しかも、帳簿上の口座残高と実際の口座残高が、財務部門の歴史上初めて一発で完全一致するというオマケ付きだった。検証によって、人が介入する余地が減るほど、効率だけでなく正確性も向上することがハッキリしたのだ。
「面白いことに、激しく抵抗していた経理担当者ほど、実際の効果が分かると絶賛してくれましたね」と、手島氏は当時を振り返る。大企業へのBank Invoiceの導入が簡単ではないと言い切るのは、この時の経験があるからだ。しかし、一度評価されると一気に状況が変わるということもまた、よく分かっている。
業務改善活動による効果測定を経て、口座引き落としができない請求書による取引でも同様の仕組みが作れると考えた手島氏は独立を決意する。
1つのフォーマットにデータを落とし込んで処理するシステムのイメージはシェアポイントから学び、仕様を決める際にどのような項目を組み込めば良いのかという点は、営業所で経理を担当した経験が大いに役立った。請求書をメールのようにやり取りできるユーザーインターフェースの発想は、改善活動を続ける中で固まっていった。サラリーマン時代、手島氏が得てきたさまざまなノウハウを結集させたのがBank Invoiceである。
新たな経理システムの構想は固まった。問題はどうやって実際に製品を作り、世の中に出していくかだった。
Bank Invoiceの挑戦―世界中の企業の経理業務を変革
新たな経理システムの開発と起業
「すごい改善効果にゾクゾクした」
手島氏がこう述懐するほど、経理業務の改善活動は大成功に終わった。活動の最中から思い描いていたこと。それは、今までにない新たな経理システムの開発と起業だった。
そのためにまず着手したのが、改善活動を通じて構想を固めた、ビジネスモデルに関する特許の取得である。ビジネスモデルは必ず真似されるので、特許が取れなければ事業化は無理と考えたからだ。
だが、経理担当の手島氏にとって、特許を書いて申請するのは初めての経験。そこで、自分と同年代で、なおかつコミュニケーションが取りやすそうな弁理士を探していたところ、たまたまインターネットで見つけたのが、現在Bank Invoice社の取締役を務める井上真一郎氏である。
こうして手島氏は社内での改善活動の傍ら、特許申請の作業も進め、独立の準備を着々と進めていった。
明細書が出来上がり、特許取得の道筋が見えた次は、いよいよシステムの開発だ。新たなシステムのイメージは出来上がっていたものの、プログラミングやデザインに関して手島氏は全くの素人。改善活動は、社内で使っていたシェアポイントのプラットフォームで行うことができたが、ゼロからの開発にどれくらいの費用や期間が掛かるかも知らなかった。
そこで、社内の情報システム担当者に話を聞くと、仕組みを作るのに最低でも数千万円は必要だという。退職金や社内持ち株会の保有株を全部売っても到底足りない。ここで怖気づくかと思いきや、中止しようという考えは一切頭に浮かばなかったという。
手島氏は当時の心境をこう語る。
「頭では難しいのは分かっていたんですが、実現したら一社レベルの話ではなく、極端な話、世界中の会社の経理を変えることができる。だから、やらないほうがおかしいと思ったんです。できたらどうなるかしか見ていなかった。あと、自分は運が良いからきっと何とかなるだろうと」
経理システムの開発作業はカフェやコンビニで
運の良さはさっそく発揮された。会社を辞めた手島氏は、デザイン案を持って開発を手掛けてくれそうな企業を回ることにした。2社ほど訪問した時、手島氏の話に深く興味を示すエンジニアと出会った。大阪の専門学校に通うベトナム人留学生、レーバン・タン氏。彼もまた、後にBank Invoiceのベトナム駐在所で勤務することになる。
「既に東京に事務所を構えていたんですが、大阪に旅行気分で行ったら彼と出会って、『じゃあ一緒にやってみる?』と。会社から引き抜いて2人でシステムを作り始めました」
後になって分かることだが、タン氏は本国では有名なエンジニアで、専門学校での成績もトップクラスだった。滑り出しから、非常に優秀な人材と巡り会えたのだ。しかも、自分の腕試しの意味もあったのだろう。アルバイト代程度で、開発を引き受けてくれた。
とはいえ、たった2人による、設計書も何もない状態からのスタート。タン氏も、本格的なシステムをゼロから手掛けるのは初めてだったという。いくら優秀とはいえ、冷静に考えれば失敗の可能性の方が高い。綱渡りの開発だった。
作業場はカフェやコンビニのイートインコーナーだ。手島氏の指示に従って、タン氏がひたすらプログラムを書き続ける。学校の授業がないときは、朝一杯のコーヒーを頼んで、夜まで水をお代わりしながら開発に取り組んだ。店にとっては迷惑な話かもしれないが、周りの目が気にならないほど没頭していた。
「さすがに、エンジニアにはサンドウィッチやコーヒーを奢りましたけどね(笑)。僕は大阪に常宿がなかったので、ネットカフェに泊まったりしていました」と、手島氏は振り返る。
途中からは、もう1人学生エンジニアとして現在は取締役となった浜田一希氏が加わり、開発スタートから9カ月後には「Bank Invoice」のバージョン1が完成。予想以上の早さで、2015年5月15日には記念すべきリリースに漕ぎつけた。
Bank Invoiceの資金調達、上場の見通しは?
一見クールな手島氏だが、泥臭さも厭わない姿勢が運を引き寄せるのか。日本IT特許組合に紹介されたCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)のベンチャー投資プログラムを通じて、まずは300万円の資金調達に成功。大阪に事業所を開設した。これで、カフェやコンビニでの作業とはおさらばとなった。
資金調達では、日本クラウドキャピタルが手掛ける日本初の株式投資型クラウドファンディングサービスであるFUNDINNO(ファンディーノ)の第一号案件にも選ばれた。同サービスは、インターネットを通じて非上場企業の株式を少額購入できる仕組みで、初回は約1500万円、2回目は約6千万円の資金調達に成功した。
開発面では、IT特許組合を通じて、商業的にブラシュアップしたシステムを作れるエンジニアと巡り会った。
バージョン1の開発を手掛けた学生たちは卒業して就職していったため、新たな体制でバージョン2の開発を進め、17年11月に有料化した。プロトタイプ的な位置付けだったバージョン1と比べ、バージョン2はよりB2B向けの洗練されたシステムとなっている。
ここ数カ月は、ひたすら営業に走り回っているという手島氏。これまで述べてきたとおり、大企業が1社採用すればすぐに単月黒字化できるビジネスであるため、有名企業のトップにも積極的に会いに行く。そして、「大型案件が取れたら、すぐにでも上場したい」と意気込む。Bank Invoiceは請求書のデータを扱うサービスであるため、信用を得るという点でも、上場する意義は大きい。
「株式投資ファンド型クラウドファンディングからの上場企業として先鞭をつければ、今後出てくるベンチャー企業にも貢献できるし、国にも貢献できるのではないかと思っています」と、手島氏は語る。
世界中の企業の経理業務を変革しようとする大きな試みが、今まさに始まっている。
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