トヨタ自動車の営業を支えてきた4つのチャネルに分かれた販売店。チャネルごとに専売車があり、お互いが競い合うことによって販売台数を伸ばしてきた。しかしトヨタはこのチャネル政策を見直すことを決めた。トヨタのビジネスモデルが大きく変わろうとしている。文=ジャーナリスト/立町次男
4販売チャネルを一本化し全店全車種併売にするトヨタ自動車
トヨタ自動車が、国内の販売戦略を抜本的に見直す。2025年をめどに、「トヨタ」「トヨペット」「カローラ」「ネッツ」という4つの販売系列を実質的に一本化し、全販売店がトヨタブランドの全車種を併売する体制に改める。
国内市場の縮小が見込まれるためで、それぞれの系列が消費者のニーズをきめ細かくくみ取り、トヨタ全体の販売を押し上げるという高度成長期からのビジネスモデルを大きく転換する分岐点となる。
トヨタの販売店は全国に約5千店で、地場の独立資本を中心に約280社が経営している。4系列にはこれまで、それぞれの専売車が設定されていた。
例えば、高級車「クラウン」はトヨタ店で(東京ではトヨペットでも販売)、スポーツタイプ多目的車(SUV)「ハリアー」はトヨペット店で、小型車「カローラ」はカローラ店で、小型車「ヴィッツ」はネッツ店でしか買えない。各系列がこうした個性を磨きながら切磋琢磨する中で、販売台数が上積みされてきた。
トヨタ自動車の販売がマルチチャネル化した歴史
こうした販売系列の複線化「マルチチャネル」は、トヨタの歴史と密接な関係がある。推進したのは、トヨタ自動車販売(トヨタ自販)の社長を務め、「販売の神様」と言われた神谷正太郎だ。
1898年生まれの神谷は三井物産などを経て、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の日本法人で販売を担当。一方、豊田自動織機は1933年、自動車事業に進出し、後のトヨタ自動車の母体である自動車部を設置した。神谷は、創業者である豊田喜一郎からスカウトされ、役員待遇で入社した。神谷が懇意にしていた名古屋市のGMの販売代理店が35年にトヨタの販売店に鞍替えし、これが、トヨタ店の第1号となった。
トヨタ自動車は経営危機に見舞われた50年、立て直しのため、製造部門と販売部門を分ける「工販分離」に踏み切った。製造部門はトヨタ自動車工業(トヨタ自工)、神谷は販売部門であるトヨタ自販の初代社長に就任した。
53年、東京トヨペットがトヨタ自販の直営店として設立された。同社は、東京トヨタの乗用車販売権を肩代わりして営業を開始。そして55年、トヨタ自工は初の本格的乗用車「トヨペット・クラウン」「トヨペット・マスター」を投入した。
トヨタは本格的な大衆車発売を前に、専門の販売チャネルを新設する準備に入った。神谷は多数の販売店を競争させる米国式のディーラーシステムを導入するため、地場の新資本と人材を集めた。62年、東京に直営のパブリカ朝日(現・トヨタ東京カローラ)を設立。66年に発売された「カローラ」は、大衆車市場におけるベストセラー・カーとなり、本格的なマイカー時代到来に貢献した。パブリカ店は69年、カローラ店に名称変更した。
その後もトヨタの販売体制はさまざまな曲折を経たが、2004年に旧ネッツ店とビスタ店を統合し、新しいネッツ店ができてからは4系列が定着していた。
専売車を抱える販売チャネルに楔を打ち込んだプリウス
各系列が専売車を抱える状況に楔を打ち込んだのは、トヨタが大ヒットさせたハイブリッド車「プリウス」だ。売れる「タマ」を逃したくない各系列の意向もあり、全店で取り扱うことになった。小型ハイブリッド車として高水準の販売が確実視された「アクア」や売れ筋のSUV「C-HR」も同様の取り扱いとなり、系列ごとの個性は薄れていた。
トヨタは徐々に、販売体制の見直しを進めた。今年1月からは、国内販売の軸をチャネルから地域に変更。全国を7つのブロックに分け、チャネルの枠を超えて地域中心の販売戦略を立てる体制に変更した。4月には東京都内にある直営の販売会社4社を19年4月に合併させると発表。トヨタ東京販売ホールディングス(HD)傘下の東京トヨタ自動車、東京トヨペット、トヨタ東京カローラ、ネッツトヨタ東京――の4社だ。従業員数は約7200人で、トヨタの100%子会社となる。当面は販売チャネルを維持するが、複数の系列による複合店を増やす。
そして今回、各系列は残すものの、専売車を廃止し、全店で全車種を販売することにした。ただ、高級車ブランド「レクサス」については専売店を維持する。国内向け車種は現在の約60車種から半分の30車種に絞り込み、効率化する。トヨタ側は全国の販売店首脳が一堂に会する11月の代表者会議でこれらの方針を表明する。
トヨタ以外の自動車メーカーがマルチチャネル販売をやめた理由
他の自動車メーカーは既に、マルチチャネルをやめている。「サニー」や「プリンス」などの4系列を「ブルーステージ」「レッドステージ」の2系列に集約した日産自動車は2011年に一本化。ホンダも06年に「クリオ」「ベルノ」「プリモ」3系列のチャネルを「ホンダカーズ」に統合した。5チャネル化による効率の悪さが経営危機の一因となったマツダも、16年までに段階的に一本化した。
背景には、団塊の世代の高齢化が進む一方、都心部を中心に若者のクルマ離れが進んだことがある。ピークの1990年には778万台あった国内市場は、昨年は523万台と約3割縮小。自動車関連の諸税や駐車場代など、車を保有・使用するのに必要な経費は重く、度重なる消費税増税によるユーザーの負担増も需要を押し下げたようだ。
市場が拡大していればマルチチャネルの効果は大きいが、縮小時には、同じトヨタの販売店同士が限られた「パイ」を取り合う形になる。系列ごとの専売車種を知らない消費者が販売店に行くと、トヨタの店なのにお目当ての車がなく、不満につながるというケースも出る。昨夏、名古屋市で開かれた代表者会議では、トヨタ側から「このままでは販売会社の2割は2025年頃、赤字に転落する」という試算が示されたといい、販売店改革は待ったなしだった。
トヨタ自動車はカーシェアに本格参入の方針を固める
トヨタに販売改革を促したのは、市場の縮小だけではない。ユーザーの意識が「保有」から「利用」に徐々に変わっていることもあるようだ。
地方ではまだまだ、車の保有者が多く、軽自動車と合わせて1世帯で2台以上というケースも珍しくない。しかし、公共交通機関が発達し、駐車場の料金も高い都市部では、新しい感覚で「車を使いたい時だけ借りる」という消費者が少しずつ増えているようだ。
レンタカーより気軽に車を借りられるカーシェアリング市場が拡大し、利用者数は年20%増を上回る高水準の伸びを示している。パーク24やオリックス自動車、DeNAなどがカーシェア事業を拡大し、複数の自動車メーカーも注力している。
こうした状況を受け、トヨタもカーシェアに本格参入する方針を固めた。来春、販社4社を統合させた東京都内から始め、全国の地場資本の販売店が自主的に参加できる仕組みをつくる。
約5千店の販売店にはそれぞれ、試乗車が置いてあるが、使われるのはほとんどが週末で、平日は停めたままになっているという問題意識があり、これを有効活用する。カーシェア自体の収益化もはかるが、トヨタ車に乗ってもらう機会を提供して、潜在的な購入者を増やす狙いもある。
100年に1度の変革期をトヨタ自動車はどう乗り切るか
今回のトヨタの施策により、販売店同士の競争激化は必至。専売車に頼ることができない各店は、カーシェアを含め、これまで以上に創意工夫を凝らして魅力的な店づくりをすることが重要になる。トヨタ幹部は「販売店には大きな可能性があるが、これまでは活用できていなかった」と話す。
背景には豊田章男社長が強調するように、自動車業界が「100年に1度の大変革期」を迎えていることがある。
トヨタは10月4日、ソフトバンクと提携を発表。合弁会社を設立し、20年代半ばまでに自動運転車両による配車サービスを提供する方針を示した。車を購入したり、利用したりするスタイルの変化が背景にあることは、販売店改革と共通だ。豊田氏はこの時の会見で「国内の販売店には、長い年月をかけて築きあげてきたお客さまとの信頼関係がある。
この信頼に裏打ちされたネットワークこそが、新しいモビリティサービスを展開する上で、私たちのアドバンテージになる」と強調した。トヨタが大変革期を乗り切るためには、販売改革を成功させることが重要となりそうだ。(敬称略)
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