関西地域を中心に水産小売や回転寿司など50店舗以上を経営する大起水産。大手チェーンの回転寿司と比べて、安くはないにもかかわらず行列の絶えない人気店として有名だ。その大起水産が、この8月末に大阪府堺市にまぐろパークをオープンした。訪日外国人客の多い関西地区の新たなランドマークとしても期待されるこの施設。その裏には、日本食における魚食文化の普及という狙いもある。会社設立から43年、創業者である佐伯保信会長に話を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=北田正明
佐伯保信・大起水産会長プロフィール
堺の新名所になった大起水産の「まぐろパーク」
「まぐろパーク」に込めた佐伯保信会長の思い
―― この夏、堺市に「まぐろパーク」がオープンしました。休日だけでなく平日も盛況ですね。
佐伯 ニュースを含めてさまざまなテレビ番組で紹介されたこともあって、多くのお客さんに来ていただいています。
日本には、明太子やおいもといったいろいろな食のテーマパークがありますが、ここまで大きなマグロをメーンにした商業施設はありませんでした。1978年よりマグロ加工専門問屋を始めて、この場所ももともと200坪の「街のみなと堺本店」でした。
そこに今回、隣接する約600坪の土地まで拡張し、「新鮮で、おいしいまぐろ」を味わっていただきたい思いと、堺の新名所にしたい2つの思いで、「街のみなとまぐろパーク」をオープンしたのです。
今回の店舗拡張で店舗単体の売り上げの倍増を目指しています。そのためマグロの解体ショーはもちろん、320席のフードコート「街のみなと食堂」を新設し、寿司やどんぶりなどのマグロ料理で楽しんでいただけるようにしています。
大起水産がマグロ解体ショーを始めた理由
―― マグロの解体ショーは特にお客さんに人気のようですね。
佐伯 マグロは人を呼び寄せる魚ですからね。昔は鯨も人気でしたが、今じゃダメですから、マグロだけが人を呼び寄せます。マグロ以外の魚を解体しても誰も立ち寄りませんよ。
そこで、さらに提灯を掲げ、太鼓を叩いて、日本の祭り風に解体ショーを始めたわけです。まぐろパークとは、どんなところだっていった時に「なんだ、マグロ切っているだけじゃないか」っていうんじゃつまらない。それで祭り。
今は、多い時で1日22本解体しています。大阪市内で解体を行っているところでも多くて1日5本ほど、販売力のある東京の会社でも1本半程度しか解体しません。売れる分しか解体しませんからね。人口83万人都市の堺で22本ですからね、インパクトはあります。
―― 解体を見せ始めたのはいつ頃ですか。
佐伯 もう30年以上も前の話になります。当時、焼津港からマグロを運び、チェーンソーで解体していたんです。その時にひとつの知恵が浮かんだ。それが、お客さんの前で見せること。
工場で切っていても誰も見ないじゃないですか。切っていても張りあいがない。人が見てくれたら意識しますから、堺のこの場所に移った時に、道路口でやり始め、そうしたら車の渋滞も起こるほどになった(笑)。
思い出深いのは、関空がオープンした94年の9月4日。グアムから到着したJALの一番機に生のキハダマグロ144尾(4440キログラム)を載せました。それをここで100本解体して、14時ごろには売り切りましたし、その後も阪急百貨店で10本、京阪百貨店で5本売ったのを覚えています。それは関空ができることによって世界中の水産物がいち早く入ってくるということで、それを期待して行ったんですね。
その後も、関西国際空港で、2015年8月に1週間、世界の国際空港の中で初めて解体ショーをやりまして、2万人のお客さんに1貫ずつ食べてもらいました。ほかにも、大阪天満宮や住吉大社、京都の伏見稲荷大社でも奉納のマグロ解体を行っています。そういったものを含めて今は、年間1万本ほどですから、1日に30本程解体していますね。
―― マグロの解体を神社で。
佐伯 そうです。歴史を調べると市場、例えば築地市場の魚屋さんは必ず神社仏閣に奉納するのはタイです。それから西宮神社などではマグロの奉納をやっています。ただ、解体というのは聞きませんでしょう。神社で神殿の前で白装束を着て行うんです。大阪天満宮でも1650年ぶりだとおしゃっておられました。
なぜ、神前でやるかといえば、昔から神前って手を合わせますでしょう。神様の前でお祓いしたものを食べていただくことによって、ご利益を頂く、皆さん手を合わせて食べていらっしゃいます。するとお魚に品格が付く。これは、当社が100円寿司をやらない理由にも通じてくるのです。
大起水産を成長させた佐伯保信会長の哲学とは
大起水産が100円寿司をやらない理由
―― どんな理由があるのですか。
佐伯 お魚には大衆魚、高級魚とあります。それを等しく100円で売るのに抵抗がありました。
魚の違いは個性で、おいしさもそれぞれですから、それで100円から500円までの段階的な価格設定にしています。500円以上になると今度は値段への怖さがでてきますからね。ですから、100円寿司のお店もこの近くに出店してきていますが、ターゲットが違います。選ぶお客さんも10人いたら7人までが100円寿司を選ぶのでしょうが、3割の方は私どもの店を選ぶんです。
自分で会社つくって43年になりますが、これまで自分の納得する商売しかやってきていません。これが信念ですね。
お客さんというのは、おいしいものをリーズナブルな値段で食べたい。これは永遠に変わりません。ただお魚のおいしさを値段によって決める人もいますし、結構、味というものに鈍感な人は多いものです。
例えば、東京はよく赤身文化といいますが、それはマグロのことです。つまりは東京には魚の種類が少なかった。
一方、大阪はタイやヒラメなどの白身文化。それは遠浅で魚の生まれ育つ場所が西の方に多かったからです。西の文化は大阪を囲んでかつての淡路の国や若狭の国、伊勢・志摩の国があることと関係します。これらは御食(みけつ)国。つまり天皇に献上される魚の宝庫なわけです。
だからこそ大阪は天下の台所と呼ばれ徳川家康が関西から江戸に漁師をつれて行った。千葉の房総半島には白浜とか勝浦とかありますね。あれ全部関西の地名ですよ。そういったことを伝えるのも魚屋の役割だと思っているんです。
―― 魚屋さんも変わらなくてはならないということですね。
佐伯 魚屋といえば朝早くに市場に行き、仕入れてきた魚を売るというイメージかと思いますが、そういう魚屋はなくなりつつあります。それは、モノ売りがモノを売るだけでは何も残らないからです。
現実に小売りは業種にかかわらずネットにやられてます。だからわれわれも魚のおいしさを説明しながらその場で買い物でき、さらに食べられる、要するに飲食と物販の両輪をまわしていくことで成長してきたのです。
日本では、うちが一番早かった。ただ、変わらなきゃいけないのは市場も含めた魚の流通も同じです。
マグロも寿司も日本が世界に誇る文化だ
―― 市場も変化が必要ですか。
佐伯 今、場外取引が増えていて中央市場の売上高はどんどん落ちてピークの半分ほどです。それは、認可事業に安住しているからで、仕入れたものを右から左。そんな商売は続きません。やっぱり自分で作り上げた価値をお客さんに買ってもらうことで、初めて商売が成り立ち、会社も伸びていく。それに比べれば、道の駅は商品管理を生産者が行いますから、価格決定権を生産者が握っている。
一方、魚の場合、価格の決定は市場でなく港で行われていますからね。そう考えると産直というのは基本的に取れたものを、品質やサイズも大事だけど、まるごと買うとメリットがあります。さらに選別していくと全部お金に変わります。それは、大手のeコマース業者も気づいており、近いうちに進出してくるはずです。
―― 時代は変化していますが、チャンスでもあるんですね。
佐伯 海外では日本食が長寿食ということもあり、憧れを持っています。
ある方に言われたのは、神社仏閣の良さを形には出せませんが、この素晴らしい日本の歴史や文化を、言葉は悪いですがビジネスにする人が必要だと言っておられました。マグロも寿司もそう、日本が世界に誇る文化ですよ。
だからこそ、食の観点から考え、海外輸出も試み始めています。そして足下では原価率を上げてお客さんに満足していただけるように考えています。
以前、大手の寿司チェーンの社長に原価率を50%も掛けていると自慢されましたが、僕ら魚屋からみたら50%も利益あるのかと思いました。魚屋は25%しかないんです。だから、当社の売り上げも128億円のうち、85億円が飲食です。物販は40億円ほど。もう魚屋じゃないんですね。
そしてね、大事なことは品質でいえば、親や兄弟に食べさせたくないものは出すなということ。社員もケチな社員よりネタを規定のギリギリまで大きく切る社員の方が食品ロスまで考えれば流行ります。
だから、「利益を出せ」なんて言ったことは一度もありません。お客さんに親切にすることと、お客さんにいいものを流すこと、それしか言いません。そうすると売り上げも勝手に上がるんですよ。
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