2016年にシャープの社長に就任した戴正呉氏は、債務超過に陥り東証二部へ転落したシャープを1年4カ月で東証一部に復帰させ、17年度には4年ぶりの最終黒字を達成した。なぜ、シャープを復活させることができたのか。単独インタビューでその核心に迫った。文=ジャーナリスト/大河原克行(『経済界』2019年10月号より転載)
シャープを立て直した戴正呉氏の手腕
経営的に瀕死の状態だったシャープ
2016年4月に、鴻海精密工業の傘下に入ることが発表されたとき、シャープは瀕死の状態だった。
15年度の連結業績は、448億円の営業赤字と、2223億円の最終赤字を計上。さらに、430億円の債務超過に陥り、16年8月には東証二部へと転落した。
「社員は、会社に対して失望したような顔をし、下を向いていた」
戴氏は、当時をそう振り返る。
理由は、業績の悪化だけではない。100年以上続いた企業が、台湾企業である鴻海の傘下に入ることで、不安を持つ社員も多かった。
「まだなにもしていないのに、メディアは駄目だと決めつけたような論調が多かった」としながら、「私は、鴻海には戻らないつもりで、片道切符で日本にやってきた。しかも、やってきたのは私だけ。いまでも、シャープのなかにいる鴻海出身者は、1万9千人分の1」とする。
鴻海の経営手法と早川流をミックス
瀕死の状態から復活につなげたのは、「鴻海流」の経営手法だと表現される。圧倒的なスピードを持った意思決定、チャレンジする姿勢の浸透。そして、300万円以上の決済は、すべて戴社長自らが実施することでのコスト意識の徹底や、日本の企業には馴染まないとされた、成果をあげた人には報いる「信賞必罰」の仕組みも積極的に導入した。これも鴻海流のものだ。
社長就任直後の16年8月21日に、戴氏は、経営基本方針を打ち出した。このなかにも鴻海流の経営手法が示されている。
「チャレンジスピリットを持って、絶えず挑戦を続けること」、「すべての面でスピードを劇的にアップすること」、「狼性を持つこと」、「会社は自分の家であるという意識を持ち、自ら率先して行動すること」、「赤字は絶対に許されないとの認識を持つこと」――。これらは鴻海で使われている言葉そのものだ。
「狼性というのは、狩猟に出た狼のような企業文化のことであり、するどい嗅覚と八方にらみで動向を探って、機会をうかがい、好機とあれば勇猛果敢に邁進する。その一方で、規律あるチームワークと高い戦略性を持ち、不屈の精神で困難を克服し、貧欲に勝利を追求することを目指す。そして、鴻海では、社内に徹底された言葉として、『生活条件と戦闘条件が一致するものは強い』という言い方がある。会社が自分の家といえる状況を作り出すことが成長の近道になる」
だが、戴氏は、シャープの再建は、「鴻海流」によるという表現を強く否定する。
「確かに鴻海流のやり方は導入した。しかし、それだけではない。私が、大同股份有限公司に勤務していた際に、日本に駐在して日本人の上司から学んだこと、そしてシャープの創業者である早川徳次氏の経営の考え方も生かしている。鴻海流、日本流、早川流のミックスだといえる」
この経営手法は「戴流」と表現できそうだが、「戴流はない。私の経営はまだまだ」と謙遜する。
戴正呉氏が描くシャープの次の戦略とは
失墜したシャープブランドの立て直し
「19年度までの3年間は、『転換』の期間。最大の目標であった東証一部への復帰を成し遂げ、シャープは復活したといえる。今は、外部環境の影響を受けにくい商品事業を強化し、B2Bの比率を50%にまで高めることに取り組んでいる。また、グローバル事業の比率を80%にまで高めたい」
特に、戴氏が「シャープの経営における失敗のひとつ」と明言する中国ビジネスでは、テレビの低価格戦略を反省。「シャープのブランドイメージをダウンさせてしまった。18年9月から、私が中国代表となり、チャレンジとスピードアップの手法で改革に取り組んでいる。量より質を目指す」とする。
また、中国ハイセンスに譲渡していた北米テレビでのシャープブランドを取り戻し、再び活用できる体制となったのもグローバルビジネスの成長には心強い。
「北米テレビ事業再参入のタイミングは、11月下旬のブラックフライデーを予定している。8Kを中心に展開するとともに、シャープの特徴を生かすことができる120型の4Kテレビといった付加価値領域に特化し、高級ブランドイメージを構築したい。価格競争に陥っている4Kテレビの領域には参入しない」と言う。
シャープは、テレビ事業で、年間1千万台規模の維持を目標にしているが、「一番大切なのは黒字化。量を追求し続けると、高品質なものを作ることをやめてしまう。量を追求した結果が、12年頃のシャープであり、将来のシャープがそこに戻ってはいけない。100年以上続いたブランドが輝きを失う」と、ここでも「量より質」を目指す。
事業再編で新たなシャープの姿を提示
一方、「20年度からの3年間の中期経営計画は、次の100年に向けた準備の期間になる」とし、次なる成長に向けた一手を打つことになる。
具体的な内容については、今後詰めていくことになるが、次の100年に向けた事業ビジョンとして、「8K+5GとAIoTで世界を変える」ことを掲げており、これが軸になることは間違いない。
8Kでは、フルHDや4Kのときのような家庭向けテレビ中心のビジネスから、セキュリティ、スポーツ、アート、エンターテインメント、教育、医療といったB2Bによる事業展開を中心にして、事業価値の最大化を図り、そこに向けたM&Aも積極的に仕掛ける考えだ。
例えば、医療分野であれば、手術時などに8Kディスプレーを活用する提案を行い、それを加速するために医療分野におけるソリューション開発に実績を持つ企業の買収も視野に入れるといった具合だ。
また8Kの画像データ伝送において、5Gによる通信インフラは不可欠となる。ここでも5Gによる8K映像の伝送に関する実証実験を既に開始しているほか、いくつかの協業に向けた取り組みもスタート。8K+5Gエコシステムの構築によって、収益化につなげる考えだ。
また、AIoTについては、8月1日付で組織変更を実施。AIoT機器の拡大を行う「AIoT機器事業」、会員向けサイトのCOCORO MEMBERSの拡大や、魅力あるサービス、ソリューションを創出する「COCORO HOMEサービス事業」、小規模事業者をターゲットとしたサービス、ソリューションを展開する「COCORO OFFICEサービス事業」、AIoTプラットフォームの付加価値向上と、パートナー企業とのアライアンスの拡大による「AIoTプラットフォーム事業」の4つに再編。機器事業だけにとどまらず、サービス事業でも収益をあげることができる、新たなシャープの姿を模索することになる。
戴正呉氏が挙げる次期社長の5つの条件とは
こうした取り組みをベースとして、次期中期経営計画が策定されることになるだろう。
だが、戴氏は、「次期中期経営計画は、次期社長に発表してもらい、次期社長が推進することになる。私はやらない」と、20年度以降、バトンを渡すことを明確に示す。
気になるのは、次期社長の人選だ。
「まだ決まっていない」と戴氏は語るが、その一方で、次期社長の条件を5つあげた。
いかなる困難や環境変化に直面しても、決して逃げることなく、強い決心とスピードを持って立ち向かう「厳しい事業環境への対応力」、高い当事者意識や責任感を持って、常に、自ら考え、自ら動き、自ら価値を生み出す「オーナーシップ(創業者意識)」、自身の事業に鴻海グループの強みを貪欲に取り入れ、足し算のシナジーに加え、掛け算のシナジーを創出する「鴻海グループとのシナジー」、担当する事業領域に限らず、さまざまな分野に視野を広げ、新たな知見、さらには経験を身につける「幅広い事業領域に精通」、語学力はもとより、グローバルな視点や経営感覚を身につけ、自ら先頭に立ってグローバル事業拡大を牽引する「グローバルマインド」の5点である。
「この5つを、極めて高い水準で身につけた人材こそが、次のシャープの社長に相応しい人材であると考えている」と語る。
特に戴氏が強調するのが、「オーナーシップ(創業者意識)」である。
「日本の企業が強かった30年以上前には、日本の経営者の多くが創業者だったが、亡くなったり、バトンを渡したりした結果、サラリーマン社長ばかりになり、創業者の意識を持った人が少なくなった」と前置きしながら、「シャープの社長は、日本の中だけでビジネスをしている会社ではなく、グローバルでビジネスをやっている。その会社の社長であれば、日本が祝日だからといって、欧米、中国、ASEANの社員とのミーティングをキャンセルすることはあり得ない。休みの日だからといって、スマホを切ってしまうこともあり得ない。早川徳次創業者は、土曜日、日曜日はしっかり休んでいただろうか。そんなことはない。休暇を取ることは大切だが、経営者は365日休みがなくて当たり前。経営者には責任がある」。
この条件に合致する次期社長を見つけることができるかが、今の戴氏にとっての最大の課題といえそうだ。
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