元谷芙美子氏がアパホテルの社長に就任してから25年がたった。その間、目指してきたのは業界トップ。社長自ら広告塔となり、アパホテルを全国規模の一大ホテルチェーンへと成長させた。その元谷社長が描くリーダー像について尋ねた。聞き手=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年3月号より転載)
元谷芙美子氏プロフィール
元谷芙美子・アパホテル社長の描くリーダー像とは
オーナー社長だからこそ長期の視点が持てる
―― アパホテル社長に就任されてから25年という節目を迎えました。これまでの経営を振り返っていかがでしたか。
元谷 いろいろな経済の変遷がありました。私たちは1971年、アパグループの前身である注文住宅メーカーの信金開発という会社を創業しました。その後はオイルショック、バブル経済とその崩壊、近年ではリーマンショックも経験しました。
このように経済が動く中で、私はオーナー社長として会社経営を続けてきました。自分の任期の間だけを好成績に導くようなサラリーマン社長とは違い、オーナー社長は長いスタンスで先を見すえて、会社のこと、社会のことを本当に思いながら存分に経営できます。
この境遇を幸せだなと感じていますし、長期間にわたって社長をやっていると経験値はどんどん増えていきますので、それもとてもありがたく思っています。
自ら率先して雄々しく戦う
―― 現在、アパホテルネットワークは、全国最大の570ホテル9万3385室(2019年11月30日現在)を展開しています。その大きな組織を率いる存在として、理想とするリーダー像を教えてください。
元谷 私はリーダーは、戦う人でなければならないと考えています。常に先頭に立って、戦う姿を見せることでリーダーとして部下を統率できます。戦う姿を見せるのが一番です。
アパホテルを“戦うライオン集団”にしたいのですが、社長がライオンでなければ、ヒツジである社員をライオンに変えることはできません。戦う集団になるためにも、社長が自ら率先して雄々しく戦うことで組織は引き締まっていきます。
同業他社の後追いは経営者として失格
―― 戦いとは、何を意味しますか。
元谷 まずは会社の業績ですね。私はこれまで、ホテル業界のトップになるという大きな目標を掲げて戦ってきました。
そのためにも、同業他社と同じこと、それも後追いをしていては経営者失格です。そこで客単価あたりの収益を最大化する方法については、その分野でホテル業界の先を行く航空業界のシステムを参考にしました。ホテルの今日のお部屋は、明日のお客さまには売れません。それは飛行機の座席も同じだからです。
また、航空業界を研究したうえで、「これからはインターネットの時代だ」と考え、ホテル業界としてはいち早くネット予約システムを導入しました。
―― そのような先見力やアイデアは、元谷社長ご自身で導き出したものですか。
元谷 夫でアパグループ代表の元谷外志雄から提案があったり、私から代表に相談したりしています。経営戦略なども相談します。夫婦で経営していますので線を引くことは難しいですね。
代表は数字にとても強いので、資金繰りなどは全面的に信頼しています。そして私自身はホテルの運営に責任を持ち、黒字に導くようにしています。
ハード面の建物がどれだけ出来上がっていても、その中にいる社員の働き方、笑顔、心遣い、お料理、お掃除などのソフト面が行き届いていなければ、よいホテルだとお客さまは思ってくれません。ですからソフトの力はとても大事なんです。
アパホテルの戦略・戦術と今後の展開
運営益があってこそ次のホテル展開へ進める
―― ホテル運営のソフト面では、何を大切にしていますか。
元谷 ホスピタリティに満ちた、お客さまを心からお招きできる環境づくりです。社員と共に、優しくてスピード感あふれる対応ができて、お客さまに喜んでいただけるきめ細やかな経営を目指しています。なかなか完璧にこなすのは難しいですが、諦めてしまってはそれでおしまいですので、諦めずに頑張っています。
APAは、Always(いつも)、Pleasant(気持ちの良い)、Amenity(快適な設備)の頭文字をとったもので、「いつも気持ちの良い環境」を標榜しています。
―― 具体的な施策はありますか。
元谷 「3つのB」を極めようとしています。1つめのBは、Bed(ベッド)です。私たちはお客さまに部屋の広さをお売りするのではなく、満足をお売りしています。部屋は割とコンパクトですが、幅1400ミリのダブルベッドを置き、ゆっくりお休みいただけるようにしています。
もうひとつはBath(風呂)です。キュッと高い水圧のシャワーを提供しています。水圧が高いというと、一般的には水も電気も使いそうだと考えるかもしれませんが、私たちはお湯に空気を混ぜて、お湯の流量を減らしながら水圧を高くしています。またバスタブにお湯を入れるとき、入れ過ぎてしまわないように定量止水栓を採用するなど、環境にも配慮しています。
3つめはBreakfast(朝食)ですね。宿泊されるお客さまにとって、お出掛け前の朝食はとても印象深いものですので、できるだけ地産地消を意識し、品数をそろえておいしいものを提供するようにしています。
2019年9月20日には、客室数2311室ある日本最大級のアパホテル&リゾート〈横浜ベイタワー〉を開業しましたが、そこでも朝食には気合を入れています。「原価率を度外視して、とにかくおいしい料理をふんだんに提供して、お客さまから『朝食がおいしいホテル』としての評判をとってほしい」と大号令をかけました。
―― 横浜ベイタワーの運営状況はいかがですか。
元谷 お陰さまで、横浜ベイタワーのオープン2日目には満室稼働、その後も連日高い稼働率で、多い日には4千人を超えるお客さまにご宿泊いただいています。
このように数千室規模のホテルを経営するのはアパくらいだと思います。14年前の05年には、西武鉄道から旧幕張プリンスを購入し、翌06年にはアパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉として全1001室のホテルを開業しました。その後、2回の増築を経て、今では2007室で運営していますが、年間稼働率は90%以上をキープしています。
運営益が出なければ、先は心もとないですよね。このような運営能力、ソフトのパワーがあってこそ、代表も自信を持って「次の投資をしよう」「新しいホテルを展開しよう」と判断できます。
大胆に拡大し引くときは素早く引く
―― 20年にも続々と新しいホテルのオープン計画があるなど、アパは積極的な展開を続けています。
元谷 現在は異常ともいえる超低金利が続いています。経営や組織拡大は慎重に検討しなければなりませんが、大胆にいくところはこの超低金利時代を利用して拡大戦略をとっています。
ただ潮目が変わり、撤退する時もあります。アパは派手で目立って突っ走っているイメージがあるかもしれませんが、実際には非常に慎重な会社です。引くときには素早く引く。オーナー経営だからこそできる、こういう判断は、前進すること以上に大切だと考えています。
ホテル業界トップの座を維持するために重視する3つのこと
―― これからアパホテルをどのような方向に導いていきますか。
元谷 ホテル業界のトップを走り、そのトップは譲りません。そしてリーダーとして率先して戦い、成果をとりに行きますが、その手柄はすべて部下に譲る。この気持ちは創業以来、ずっと持ち続けてきました。
また具体的には1つめとして、販売可能な客室1室当たりの売り上げを表す値をRevPAR(レブパー)と言いますが、その好成績を維持したいです。
それから2つめは、雇用を創出し、守ること。20年の東京五輪に向け、ホテルを新たにオープンする計画がありますので、就職の人気企業であるべく、リクルート活動にも注力します。
さらに3つめは、国民の義務である納税をすること。私たちは創業の翌年から個人も法人も高額所得番付にランキングされ、今までに納めた税金の総額1200億円を超え、これは社会に対する一番の貢献だと思います。今後もこの3つを立派に果たしていきます。
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