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堀場 厚・堀場製作所会長インタビュー「逆風のときこそ成長の機会 いまの投資が未来を拓く」

堀場 厚・堀場製作所代表取締役会長兼グループCEO

 「はかる」技術に定評のある堀場製作所は、世界トップレベルのシェアを誇る分析・計測機器の総合メーカーだ。堀場厚会長が同社社長に就任したのは、バブル崩壊の真っ只中だった1992年のこと。その後はリーマンショックなどの不況もあったが、同社の売上高は5倍以上に成長し、2018年度の連結決算では過去最高の売上高2100億円超を記録した。躍進をけん引してきた堀場会長は、コロナショックが世界中を揺るがしている中、どのような経営の舵取りをしているのか。(『経済界』2020年10月号より加筆・転載)

堀場 厚・堀場製作所代表取締役会長兼グループCEOプロフィール

堀場 厚・堀場製作所代表取締役会長兼グループCEO

(ほりば・あつし)1971年甲南大学卒業後、堀場製作所の米国JVであるオルソン・ホリバに入社。72年米カリフォルニア大学アーバイン校に入学し、75年同大学工学部電気工学科を卒業。77年同大学大学院工学部電子工学科修了後に帰国し、海外技術部長、海外本部長などを経て92年代表取締役社長に就任。現在は代表取締役会長兼グループCEO.

新型コロナの影響はリーマンショックの数倍

―― 新型コロナウイルス感染症の拡大は企業活動に大きな影響を及ぼしています。この現状をどう受け止めていますか。

堀場 新型コロナの影響について、“リーマンショック以上”と表現することがありますが、私としては、リーマンショックの数倍程度のインパクトがあるのではないかという感覚を持っています。

 リーマンショックでは主に金融機関が影響を受けたように、過去に私たちが経験してきたいろいろな“ショック”は、それぞれの業界や企業が個別にダメージを受けていました。しかし今回のコロナショックでは業界を問わず、サプライヤー、メーカー、消費者のすべてがダメージを負っています。このような状況は初めてではないでしょうか。

―― 堀場製作所は、自動車、環境・プロセス、医用、半導体、科学の5分野で事業展開しています。事業の状況はいかがですか。

堀場 自動車メーカーや環境関連のお客さまが大きな打撃を受けており、私たちにもその影響が出ています。ただ、昨年は振るわなかった半導体事業の需要が今年は戻ってきており、自動車、環境事業のマイナスを補ってくれています。

 医用事業についても、病院では新型コロナへの対応が大きな負担になっていると報じられていますが、全体では患者の足が遠のいている状況で、結果的に私たちの売り上げも落ちています。

 私がこれまで経験した中で、経営的に一番厳しかったのはリーマンショックですが、それまでに事業を多角化していたことで強靭な体質になっており、当時でも約5%の営業利益率を出せていました。しかしそんな経験をしていても、今回は「さすがにキツイ」と感じています。

―― 新型コロナの影響で、業績を下方修正する企業が多く出ています。

堀場 現時点で大きな影響を受けているのは主にB2Cのビジネスを行っている企業ですね。私たちのようなB2Bビジネスでは、今年の秋口以降から来年、再来年にかけてかなりインパクトが出てくると思います。

 産業向けの事業は、他事業と比較すると長納期ですから、私たちも今の時点ではそれなりのボリュームの受注残が積み上がっています。しかしこれからその受注残が目減りして、少しずつ影響が出てくるでしょう。少なくともこれから2、3年はかなり耐えなければなりません。

成長分野への積極投資を進める

―― これからの2、3年を耐えるために、堀場製作所はどのような手を打っていますか。

堀場 成長の可能性がある半導体関連の開発に、設備や人財など投資をシフトしています。かなり積極的に進めています。

 私は趣味でヨットをするのですが、経営とヨットの操縦は似ています。追い風の時、ヨットは風以上のスピードでは進めません。でも向かい風の時は、風より速いスピードで進めます。タキシングと言って横向きで風上に上がって行くのですが、風上に向かうヨットの角度と帆の角度をどう調整するかで、他のヨットとスピードの差が出てきます。

 企業の経営も同じです。景気がいい時には他社との差はあまり出ません。みんな追い風を受けて、勢いに乗ってるわけですよね。しかし景気が悪い逆風時に、どんな手を打つかで大きな差がつきます。

 新型コロナはかなり強烈な大型台風並みの向かい風ですが、ここで大胆な手を打つことが大切です。とても苦しい状況にはなりますが、それでも今の投資が4年後、5年後の差につながってくるはずです。

―― 実際にそのような差が出る経験をされましたか。

堀場 数十年前は世界シェア10%ほどだった私たちの半導体事業が、現在では50~60%まで伸びたのも、厳しい向かい風の時に工場に積極的に投資してきたからです。お客さまは取引をする際、製品の値段や性能をもちろん見ますが、景気が立ち上がってくるタイミングでは供給力を重視します。

 しかし既存の生産ラインのまま、ただ単に生産量を増やそうとすると、私たちが扱っている製品の性質上、どうしても品質が落ちてしまいます。品質を落とさないで供給力を上げられるよう、工場全体に投資し続けなければなりません。厳しい時に投資し、準備しておくからこそ、立ち上がりの時の供給力が確保でき、競合と差をつけられます。そうすることで私たちは一気にシェアを拡大してきました。

―― 逆風が吹き荒れている今は、未来を左右する分かれ道ですね。

堀場 大きな分かれ道ですね。世の中はどんどん寡占化していて、強いところはより強くなり、弱いところはより弱くなってしまう。その流れが今回さらに加速すると思います。

 財務的に弱い企業は新規投資ができませんので、より厳しい状況に陥る危険性があります。ですから事業を縮小するなど、思い切った手を打って、この苦境を乗り越えられる体質に早く転換していかなければなりません。

 逆に財務的に強いところは、業績が厳しくなるのは分かっている中でも、長期的な視点で、新規事業や開発への投資をどれだけできるかが重要です。ただし、投資したからと言って、必ずしも成功するとは限りません。成功の保証はありませんが、投資しなければ前にも進めません。

売り手企業の独立性を尊重する友好的なM&Aでシェア拡大

―― 堀場製作所の世界シェア拡大には、海外企業の積極的なM&Aも大きく貢献しています。買収するときの決め手はありますか。

堀場 実は、私たちから企業へ声を掛けたことはほとんどありません。初めて買収したABX社をはじめとして、どこも向こうから傘下に入りたいと言ってきた企業ばかりです。そして彼らが魅力的な「技術と人財」を保有していたので買収しました。

 ABX社の1年後に買収したジョバンイボン社も、もともと取引があり、よくお互いを知っていました。同社の買収では入札が行われ、私たちの入札額は最高値ではなかったのですが、彼らは私たちのABX社に対するマネジメントを見ていたようで、幹部が投資銀行を説得し、私たちの傘下に来てくれました。

―― 別の企業からも「買ってくれ」と言われるとは、売り手企業にとって魅力的なマネジメントを行っていることの証左ですね。堀場製作所は、買収した企業をどのようにマネージしていますか。

堀場 独立性を大事にしています。買収するときも相手の企業文化を評価しながら、堀場製作所の文化を伝えています。買収した企業に対して、財務面や技術面などでの支援はしますが、その企業のすべてを堀場製作所のやり方に変えさせるようなことはしません。また、向こうから傘下に来てくれていますので、たいてい私たちの企業文化を押し付けなくても、彼ら自身から理解し、変化してくれます。

 私たちのやり方を押し付けようとすると、かえって時間とお金がかかりますし、人財を失ってしまいます。他社からいい条件で引き抜きの声が掛かっている人もいると思いますが、買収後もほとんどのメンバーが残ってくれています。彼らが簡単に離れないのは恐らく、私たちが長期的な視点で彼らの事業に投資し、成熟するまで待つと信じてくれているからです。

―― よい信頼関係を築けているということですね。

堀場 6カ月に1回、買収した海外のメンバーも集めてグローバル戦略会議を開催しています。海外と国内から約50人ずつ、合計100人ほどの幹部が同じ場所に集まり、3日間缶詰めでフェースツーフェースの会議を行います。昼間は正式な会議で議論し、アフターファイブは懇親のための時間です。お酒を飲みながら直接言葉を交わすこの時間を、海外のメンバーも楽しみにしてくれているようです。

 私たちはHORIBAグループの社員を「ホリバリアン」と呼んでいますが、このような機会を通じて、海外のメンバーにもホリバリアンとしての自覚やロイヤリティが浸透していくのだと思います。

強い企業体を目指して個が強いフラット組織へ

―― コロナショックにより、企業の事業は大きな転換点を迎えていますが、他方でテレワークを導入する企業が増えるなど、社員の働き方にも変化が出てきています。

堀場 HORIBAグループでは1年前にテレワークのシステムを導入していましたが、実は私はテレワークに少し懐疑的でしたので、これまで積極的に自らは推進していませんでした。

 しかし今回のテレワーク期間中、冗談で「テレワークなんて、みんな家で昼寝をしているだけじゃないのか」と言ったら、「違います」という反応とともに、一人一人の業務を把握していることを説明されました。きちっと対応できているのを見て、「うちの社員も大したもんだ」と思い、久しぶりに褒めました。

 今回のテレワークの経験を通じて、生産性はむしろ確実に上がるだろうとも感じています。例えば、これまでは移動に多くの時間を費やしていた割には肝心な業務時間は意外と少なかったんですよね。今まで見えていなかったことがたくさん発見できました。

 その代わり、マネジメントには社員の一人一人を見て評価する能力がこれまで以上に必要になりますし、社員には全員が当事者意識と自己責任の意識を持つことが求められます。企業として競争力を上げていくためにも、それぞれの社員が自ら考え、もっと個を出すようになってほしいと強く思うようになりました。

―― それは個の自立性を強めていくということですか。

堀場 そうですね。個を強めていかないかぎり、この新型コロナの影響から次の展開へと脱出できません。事業が順調なときは組織変革に手を付けにくいですが、今は激動の中でさまざまなことが変化しているタイミングです。これから手掛けようとしているのはフラットな組織です。一人一人が考えて、それぞれが存在感のある仕事をすれば、指示系統のために細分化した組織をつくる必要はありません。

 組織の中で指示待ちの仕事をするのではなく、伸びる人は自らどんどん伸びていく。人を支える側として伸びたい人は、そのように伸びるというのでもいいんです。ただ、どう伸びていきたいか、それを自ら考えるようにすべきだと考えています。

 各々が自分のテリトリーを決めずに、オーナーシップを持つ。そうなっていくことで、生産性の高い、強い企業体になれると思います。

堀場厚・堀場製作所会長
堀場製作所の社是は「おもしろおかしく」。人生の一番良い時期を過ごす「会社での日常」を自らの力で「おもしろおかしい」ものにして、健全で実り多い人生にしてほしいという意味が込められている。