経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ワーケーションから生まれる新たなライフデザインと観光需要

 新型コロナの影響で海外からのインバウンドが落ち込み、観光産業に依存する多くの地方都市が苦境に直面している。そんな地方への人々の往来を活性化させる施策の1つとして、注目を集めているのがワーケーションだ。国内企業ではいち早くワーケーション制度を導入した日本航空(JAL)の事例をもとに、その意義を探る。文=吉田 浩(『経済界』2021年1月号より加筆・転載)

ワーケーションで地方経済を活性化

 ワーケーションとは「Work(ワーク)」と「Vacation(バケーション)」を組み合わせた造語で、観光地などでリモートワークを行いながら休暇を取る過ごし方を指す。今年7月に菅義偉官房長官(当時)が言及したことで話題となり、政府関係者も頻繁に口にするようになったが、言葉自体は2000年代初頭から米国や欧州で使われていた。

 ここにきてワーケーション推進の動きが活発化してきたのは、もちろんコロナ禍で落ち込んだ地方経済を救済する意味合いがある。しかし、ワーケーション自体は急速に普及する性質のものではなく、短期的な効果は見込みにくい。一方、長期的にみれば、リモートワークの浸透で進む人々の生活様式や行動様式の変化が、観光産業にもメリットをもたらす可能性がある。

JALの事例にみるワーケーション制度の実情と課題

ワーケーション制度化のきっかけは働き方改革

 国内において、ワーケーションを制度としていち早く導入した企業の1つがJALだ。そもそもの目的は働き方改革に伴う労働時間の削減で、15年から本格的な取り組みを始めた。正式に制度がスタートしたのは17年からだ。残業時間の削減はある程度進んでいたものの、社員の休暇取得がなかなか増えない状況を鑑み、解決策の1つとしてワーケーションに着目した。

 制度づくりを主導してきた人財本部の東原祥匡氏はこう語る。

 「一度制度を利用した人がまた参加したいと思えるようなものにするため、ワーケーションの魅力を考えて少しずつ企画に落とし込んでいきました。最初は利用者が少なかったのですが、導入半年後ぐらいから増え始め、19年度は250名近くが参加し、社員の平均有給取得日数も年間18日まで増加しました」

 制度開始当初は、まとまった休みがとりにくい管理職や働き方改革に関心の高い社員の参加が目立ったが、徐々に他の社員にも浸透していったという。

 JALの場合、ワーケーションの期間は休暇扱いとし、その間に労働した場合はたとえ1時間でも就業時間として認める。目的はあくまでしっかりと休暇を取ってもらうことで、ワーケーション期間の半分以上の日数は休暇にあてるのを原則としている。

 現在、社員がワーケーションを活用する期間は、土日を絡めて長くても1週間程度のケースが多い。海外に行くために2週間程度取る社員も、少数ではあるが出てきているとのことだ。

JAL
「ワーケーションを通じて新たな価値創造につなげたい」と語る東原氏

地方自治体と協力してワーケーションを推進

 働ける環境さえ確保できればワーケーションの場所はどこでも構わないが、JALでは制度の利用者を増やすため、会社側からいくつかの休暇プログラムを設定している。

 例えばワーケーション推進に積極的な和歌山県と協力して、観光名所として有名な熊野古道や白浜温泉をめぐったり、社会貢献活動を組み込んだりしたプランを企画。鹿児島県の徳之島でも同様の企画を実施している。このほか、観光資源が豊富な全国の自治体と、連携を深めている最中だ。

 社員の休暇取得を増やしたり、仕事へのモチベーションを高めたりするメリットが企業側にある一方、地方自治体としては、ワーケーションをきっかけに土地の魅力を感じてもらい、将来的に長期滞在者や定住者を増やしたいという思惑がある。

 「リモートワークに必要な要素を自治体にフィードバックできますし、いきなり地方移住はできなくても、将来の働き方のヒントを得られるような内容にすることも考慮して企画をつくっています」と東原氏は言う。

企業の導入意欲は高まるが制度設計が壁になるケースも

 「ワーケーション」という聞きなれない言葉を政府関係者などが発信した際には、「休みの日に働かせるのか」といった批判も出た。社会的認知が広がらなければ制度は浸透しない。東原氏は外部の人間とワークショップなどを開き、制度への理解を深める活動も行っている。最近では、ワーケーションに関心を持つ企業経営者が徐々に増え、JALにアドバイスを求める企業も多いとのことだ。

 ただ、企業側の意欲は高まっているものの、制度設計に壁を感じて実際の導入には二の足を踏むケースがまだ目立つとも東原氏は指摘する。JALのように休暇取得を主目的にするのか、労働がメインで休暇はあくまでもおまけのような扱いにするのか、ワーケーションの位置付けも各社で違ってくる。

 「当社の場合は、社員全員が利用しなければいけないものではなく、普通の休暇が取れる人は取れば良いし、何か価値創造につなげたり、こういう制度を使ってより長い休みが取れたりする点がメリットです。労務管理の視点から、単に仕事をサボっていると見なす傾向がまだあるので、世の中全体で休暇を取りやすくするための意識改革が必要だと思います」

 ワーケーションの普及を、ビジネスチャンスととらえる経営者もいる。例えば旅行会社がワーケーション利用者向けのパッケージツアーを打ち出したり、不動産関係者が地方にサテライトオフィスを設置したりする動きも出始めた。自治体も含めた受け入れ側の意欲の高まりに、企業がどれだけ反応できるかがワーケーション普及のポイントになりそうだ。

ワーケーションをもとに生まれる新たな動き

 休暇取得を目的として導入したJALのワーケーション制度だが、スタートから3年がたち、参加した経験をもとに新たな展開につなげる動きも見え始めた。

 例えば、徳之島のプログラムに参加した社員が、同じような試みをハワイで行うことを提案して実現。日本で通常業務を行う社員と比較調査を行った結果、仕事に対するストレスや上司との関係性に対する印象、仕事へのモチベーションといった項目で、ワーケーション参加者のほうがポジティブな回答を得た。さらに、ワーケーション体験をパッケージツアーなどの商品企画に反映する試みも始まっている。

 奇しくも新型コロナ禍によって加速したリモートワークの流れがワーケーションの普及を後押しする形となっているが、これをきっかけに働き方、休暇の取り方、ひいてはライフデザインの構築にまで影響を及せば、そこに観光産業の新たなチャンスも生まれそうだ。

 「今は出張需要がどんどんなくなる一方で、働く拠点が変わることで観光などを目的とした人々の移動が増える可能性もあります。航空便の発着スケジュールも、それに合わせて将来は変える必要があるかもしれません」と東原氏は語る。