「餃子の王将」を展開する王将フードサービスでは、昨年秋口には、売り上げがコロナ前に戻りつつあった。その原動力となったのがデリバリーとテークアウトだが、王将では、1年以上前から取り組みや検討を始めていた。創業者および前社長の薫陶を受けてきた渡邊直人社長がそこから学んだものとは。
聞き手=外食ジャーナリスト/中村芳平 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年3月号より加筆・転載)
渡邊直人・王将フードサービス社長プロフィール
新型コロナへの王将フードサービスの対応
コロナ禍前からテークアウト、デリバリーへの対応を準備
―― 大阪万博が開催された1970年に外食産業という言葉が生まれ、それからちょうど50年目の20年春に新型コロナショックが発生しました。どのような感想をお持ちですか。
渡邊 この50年間、日本マクドナルドなど米国から上陸した外食産業はチェーンストア理論を武器に急成長してきました。最先端の厨房機器を使って規格大量生産し、売上機会ロスを無くして販売し、儲けを最大化してきました。
ところが、団塊の世代の定年退職が始まった2007年ごろから少子高齢化が進み、やがて人口減少社会に突入、現在マーケットは成熟化し、拡大から安定化、そして縮小する傾向にあります。振り返ってみれば、私たちはこれまで金儲けにこだわり、成長を追い求めすぎたのではないでしょうか。経済発展の陰ではCO2排出量の増加で地球温暖化が進み、地球環境のバランスが壊れてしまいました。新型コロナのパンデミック(世界的な流行)は人類への警鐘といえるのではないでしょうか。
―― コロナ禍でイートインが激減する一方、テークアウトとデリバリー特需が発生しました。
渡邊 19年10月に消費税10%と軽減税率(テークアウト8%、イートイン10%)が導入される時、それまでは現金決済だけだったものをクレジットカード決済を導入するなどして、19年1月から準備してきました。その結果、軽減税率が導入された19年10月の全店の売上高はテークアウトが前年比15%増を達成し、過去最高を記録しました。テークアウト専用容器の開発やデリバリーにも取り組みました。
餃子を自宅で食す人々が増加
実は19年、小売業のデジタル化で先行する上海に何度か視察に出掛けました。上海は食品スーパーなども全部、スマホによる決済です。繁華街にはゴーストレストランがあちこちにあり、ランチタイムはビジネス街をデリバリー専門の電気バイクが走り回っていました。日本でも上海のようにデリバリーがブームになるだろうと思いました。
19年12月ごろ中国から新型コロナウイルスの感染が発生、年を越して1月、2月と単月売上高は過去最高を達成していたのが、3月の中旬以降で急ブレーキ。そこでテークアウトを強化しようと以前より開発を進めていた新たな容器でラーメンを持ち帰って電子レンジで温めてもらう――というテレビCMを投入したところ、このCMが効果的でテークアウトとデリバリーの売上高は4~5月は40%突破、6~10月でも平均29%を実現しました。
デリバリー店舗も拡大し、20年3月末の75店舗から、20年11月末現在では出前館さんとウーバーイーツさんで358店舗、21年3月期末には500店舗に増やす計画です。コロナ禍ではっきりしたのは餃子を自宅で食べる傾向が増えたことです。
創業者と前社長から受けた薫陶
―― ところで4代目の大東社長が急逝した後、5代目社長に就任し、餃子や麺などの国産化に踏み切り、埼玉・東松山にセントラルキッチンを竣工させました。
渡邊 私は王将創業者で初代社長の加藤朝雄と4代目社長の大東隆行の薫陶を受けました。一時期現場では餃子の焼き方から始まって料理の味付けまでバラバラになり、調理方法や店舗オペレーションなどの統一が取れなくなってしまったんです。
王将のこだわりは「王将の魂の餃子」を手作りでお客さまに食べていただくことにあります。当時、餃子巻きは手作り感を強調するために、店で行っていました。今もしお客さまの見ている前であのようにして餃子を作っていたら、たとえマスクをしていたとしても飛沫感染だと言われて、商売できなかったと思いますね。全店で1日200万個以上提供しますが、餃子巻きを店でやると時間がとられて、他の調理や店舗運営に支障が出るようになっていました。
大東は、「これは何とかせにゃあいかん!」と深刻にとらえていました。大東もセントラルキッチンを作って餃子の品質を改良することには同意していました。
私は13年に社長に就いてから創業者が考えていた理念や当社伝統の調理技術、店舗オペレーションを5W1Hにして、マニュアル化というよりは可視化することに努めました。これは王将が存続できるかどうかの問題だといって改革に取り組み、14年春には、労働組合が要求する4倍の1万円ベースアップを実施、従業員の労働環境の改善、そして餃子の主要食材および麺の小麦粉の国産化に踏み切りました。
また80億円投資して16年に埼玉・東松山市の5千坪の敷地に全自動の最新鋭のセントラルキッチンを竣工させ、また京都の工場にも20億円投資し、設備を増強しました。これによって原価率の上昇が抑えられ、利益も良くなり、何よりも従業員のモチベーションが上がりました。従業員の離職率はだんだん減ってきたのです。
「人を大切にする」王将の経営哲学
従業員教育に力を注ぐ
―― 社長に就いてから何を重点的にやってきましたか。
渡邊 私は創業者の加藤や大東から、「人を大切にしなさい」と指導されてきました。
加藤や大東の哲学、精神をどう継承し、それをどう可視化するか。従業員全員が同じ方向に向かって進んでいくために経営理念を「お客さまから『褒められる店』を創ろう!」に改めました。
最も注力したのは従業員教育です。17年から王将マインドの醸成を目的とした「合宿研修」をスタートし、18年3月期から京都の本社1階に4店舗分の調理設備を作り、当社の店長経験者を講師にして「王将調理道場」を開設、調理の基本から始め、高度な技術を徹底的に学ばせました。受講者は累計3200人を超えています。また座学中心の「王将大学」では、シフト管理など店舗マネジメント強化の研修を実施しました。累計受講者は1900人を超えています。
王将が「お客さまから褒められる店を創る」のに大切なのは、従業員の皆さんが楽しく明るく幸せを実感してくれるような労働環境を提供し、まず従業員満足度(ES)を上げることです。次に顧客満足度(CS)の向上を目指します。従業員満足度を顧客満足度に結び付けるのに不可欠なのが、従業員教育なのです。
外食産業は「人が価値を生み出す」
―― さて米国、英国などでワクチン接種が始まり、日本でも今年2月をメドにワクチン接種が始まりそうです。ポスト・コロナの明るい展望が描けるでしょうか。
渡邊 ええ。コロナ禍は効果的なワクチンの接種などによって、時間はかかるかもしれませんが、必ず制圧される日が来ると思います。しかしワクチンによって1つのウイルスを制圧するには、5~6年以上かかるという専門家もいます。先行きは楽観できないと思います。私は20年4月に緊急事態宣言が発出された後、国の助成金、補助金などに加え、銀行に融資を依頼するのは初めてでしたが、過去最高の資金調達をし、何が起こっても資金ショートしないように準備を整えました。
今年7月開催予定の東京オリンピックは全世界が協力して、何とか開催してほしいと願っています。ここは人類の英知を絞って、開催すれば新型コロナに対してさまざまなテストもできるし、その知見は人類の貴重な財産になると思います。東京オリンピックがコロナ制圧のきっかけになったと言われるようになってほしいと思っています。
コロナ下でニューノーマル(新常態)時代に突入、わが国の外食産業も大きく変わろうとしています。私は昔ながらの日本の食堂というのは人が価値をつくり出していたと思います。最新の設備投資をしたとか、パソコンに新しいプログラムを入れたとかといった問題ではなく、人が価値を生み出していたのです。
王将には、「従業員全員、料理人たれ!」「店長は経営者たれ!」といった格言があります。実はコロナ禍においても本社の王将調理道場では、包丁の研ぎ方を教えています。「お前こんなときに包丁の研ぎ方を教えているのか」と……。けれども「将来おいしい価値ある料理を作ってみたい」と思ったら、やっぱり包丁ぐらい研げなければだめですよね。
20年冬の賞与も労働組合と妥結した全額に15%上乗せをして、決定しました。私も労働組合の委員長をやっていた時がありますが、「人」こそが外食業の価値を生み出す財産だと思います。
コロナ禍で混乱が続きますが、私は「人を大切にする」という基本を忠実に守った経営を続け、次の世代へつなげていきたいと思っています。いずれコロナ前と違った形で、夢や希望にあふれた時代がやってくるのは間違いないでしょう。王将が果たす社会的な役割は決して小さくないと信じています。