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世界1位のスパコン「富岳」が圧倒的な性能を誇る理由とは

インタビュー

スーパーコンピューター「富岳」は、スパコン性能ランキング「TOP500」で、2020年6月と11月の2期連続で1位を獲得した。その性能は他のスパコンの追随を許さない。今回の「極め人」は、富岳のシステム開発主管を務めた富士通のプリンシパルエンジニア・清水俊幸さんです。聞き手=ライター/山岸裕一 Photo=山内信也(『経済界』2021年7月号より加筆・転載)

清水俊幸・富士通 未来社会&テクノロジー本部プリンシパルエンジニアプロフィール

(しみず・としゆき)1988年、富士通へ入社。富士通研究所へ配属、並列計算機「AP1000」などの研究開発に携わる。その後、スーパーコンピューター、UNIXサーバー、インターコネクトなどの製品開発に従事。スパコン「京」ではインターコネクトの開発をリード。スパコン「富岳」のプロジェクトでは、システム開発主管を務めた。

「富岳」開発者が辿ってきた道

―― エンジニアになったきっかけやコンピューターの研究開発の醍醐味を教えてください。

清水 大学でコンピューターを研究して楽しさに目覚め、コンピューターに強い富士通に入社しました。

 ものづくりでは耐えなければならない時間も多くありますが、コンピューターが思い通りに動くと感動します。私は楽天的で、モットーは悩まないこと。研究開発には苦しいこともネガティブなことも付きものですが、それらについては考えても仕方がないので元気でいるようにしています。

―― スパコン「京」や「富岳」の開発に携わる前は、何の研究開発をしていましたか。

清水 入社後、初めての仕事は高並列計算機「AP1000」の研究開発でした。東京大学や京都大学、早稲田、慶應、九州大学などで、ソフトウエアの研究素材として活用されたコンピューターです。オーストラリアの国立大学にも導入され、その共同研究のために現地へ出張しました。英語が不自由な中でも技術の話ができたのはいい思い出です。

 京のプロジェクトが始まる前は、京の前身でもある基礎研究プロジェクトに参加し、高機能スイッチを開発しました。これはJAXA(宇宙航空研究開発機構)に納入したスパコン「FX1」で初めて使われました。富岳には約15万個のCPU(中央演算装置)が搭載されていますが、それらをつなぐネットワークにも高機能スイッチの技術を取り入れています。

富岳のコンセプトは「サイエンスドリブン」

―― その後、2011年にコンピューターの性能ランキング「TOP500」で1位になった京や、20年に1位を奪還した富岳のプロジェクトへ参画することになりますね。

清水 京は理化学研究所(以下、理研)と富士通との共同開発で、私はCPU間をつなぐ高性能ネットワークの部分を担当しました。そして京が完成した頃には、アカデミアを中心に富岳のプロジェクトが開始されました。

 当時はまだ富岳という名前は付いていませんが、11年に始まった富岳の実現可能性を調査するフィージビリティスタディの段階からわれわれは参加しました。そのフィージビリティスタディには、東北大学とNEC、筑波大学と日立のチームもいましたが、CPU部分は現在の富岳のイメージに近かった東大と富士通による提案が選ばれました。

 フィージビリティスタディをリードした東京大学教授の石川裕先生が、理研・計算科学研究センターで富岳の開発もリードしました。私は富岳のシステム開発の責任者として、理研との富岳の共同開発プロジェクトに参加しました。最初は小規模な人員で始まりましたが、最終的には社内で800名ほど、間接部門を含めると1千名以上が富岳の開発に携わっています。

―― 「富岳」の特徴を教えてください。

清水 新しいスパコンのコンセプトの柱として、石川先生が「サイエンスドリブン」を打ち出されました。そしてその最終的なゴールとして目指したのは、ただ単に計算速度を追い求めるのではなく、京の100倍の〝アプリケーション実効性能〟を実現し、使いやすいシステムにして省電力にすることなどです。

 サイエンスドリブンというのは、「これだけの計算性能があるから、この課題解決に使える」というのではなく、「この課題解決のためには、この計算性能が必要だ」と、まずはアウトプット側に社会が抱えている課題や科学的課題を定義し、それを実現できるスパコンを作るという考えています。

―― 具体的にはどのような社会課題を想定していたのでしょうか。

清水 文科省の検討委員会で、富岳で重点的に取り組むべき社会的、科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発が設定されました。

 「健康長寿社会の実現」「防災・環境問題」「エネルギー問題」「産業競争力の強化」「基礎科学の発展」というテーマに対して、それらを代表する9つのアプリケーションを選び出しました。アプリケーションの一例をあげると、「革新的な創薬基盤の構築」「地震・津波の予測」「高効率なエネルギー創出」「次世代の産業を支える高性能材料の創成」「宇宙の基本法則の解明」などです。

―― 京のときには、当時の政府の事業仕分けで「2位じゃダメなんですか」という発言なども話題になりました。

清水 サイエンスドリブンという富岳の開発の考え方には、実はその時の反省もあります。スパコンは大きな予算をかけて開発しているけれど、実際にはどれだけ役立っていて、社会にインパクトを与えているのか。なんとなく性能がいいスパコンを開発するのではなく、開発している私たちもきちんと考えなければなりません。

 また、「こういう世界を実現するためにはこんな性能のスパコンが必要なんだ」いうことを設定し、それを社会に説明する必要がある。事業仕分けはいいきっかけでした。

「事業仕分けはいいきっかけになった」と語る清水氏

富岳のライバルは米国と中国勢

―― 京の後、富岳が1位を奪還するまでの間には、どのようなスパコンが1位を取っていましたか。

清水 京から富岳までの約9年間は、米国と中国のスパコンが1位を取っていました。京の次から順に、米IBMが開発した「セコイア(Sequoia)」、米クレイ社が開発した「タイタン(Titan)」、中国人民解放軍国防科学技術大学の「天河二号(Tianhe-2)」、中国の国家並列計算機工学技術研究センターの「神威・太湖之光(Sunway TaihuLight)」、米IBMや米NVIDIAらが共同開発した「サミット(Summit)」です。

―― TOP500で1位をとったスパコンのパフォーマンスのグラフを見ると、京やその後の1位のスパコンと比べても、富岳が圧倒的な1位です(図表参照)。サイエンスドリブンというコンセプトは、ここにも影響していますか。

清水 影響しています。開発の過程では、いろいろな取捨選択を迫られることがあります。どんな選択をするか迫られたときに、判断材料となるのが先ほどのアプリケーションです。「富岳で期待される成果が達成できるかどうか」を考え、達成できる方を選びます。ただ高い計算性能を出すというだけでは許されません。

 そして結果的にベンチマーク性能も高くなりました。アプリケーションによってパフォーマンスは異なりますが、例えば、富岳用にチューニングした分子動力学計算ソフトウエア「GENESIS」では、創薬に関するデータの実行性能が京に比べて富岳は131倍です。また、富士通と東京医科歯科大学の共同研究では、東大医科研のスパコンでは3カ月かかっていたがんの遺伝子ネットワーク分析シミュレーションが、富岳では1日でできるようになりました。

―― 今年3月から富岳の共用が開始になりました。使いやすさもゴールとして設定していたとのことですが、使いやすいとはどういうことですか。

清水 京は「孤高のスパコン」でした。SPARCという仕様をベースに富士通が拡張したCPUが搭載されていましたが、独自開発したものだったため、京の上で動かせるアプリケーションに互換性がなかったんです。

 しかし富岳では、ARMの仕様を採用しました。そのため、例えば私たちが日常的に使っているPCで動かしているアプリケーションは他のメーカーのPCでも動かせるのと同様に、富岳で動かしているアプリケーションは、ARMを採用している他のスパコンでも動かせます。

―― 共用開始後、富岳は順調に動いていますか。

清水 はい。ただ富岳には15万個ものCPUが搭載されていますので、当然、故障するものも出てきます。その際はシステムとして影響が出ないように部品交換などができるようにもなっています。

スパコン性能
※2011年11月TOP500における最高性能を1としたときのパフォーマンス (富士通の資料を基に作成)

富岳の開発費は1300億円

―― 富岳はこれまでTOP500で2連覇していますが、6月に発表されるTOP500では3連覇がかかっています。

清水 結果は神のみぞ知るといったところですね。米国や中国勢が強いですが、最近ではEUもスパコン開発に力を入れていて、積極的に投資しています。ライバルはたくさんいますが、期待しています。

―― 富岳の開発には1300億円かけたそうです。投資額としては少ないのでしょうか。

清水 私はそう思っています。米国や中国がどれだけの金額をスパコンにかけているか、その全体像は見えないため正確な比較はできませんが、富岳の1300億円は部品の調達からアプリケーションの開発までをすべて含む総がかりの金額です。相当頑張りました。

ポスト富岳の開発はどうなる?

―― 京が世に出たころには、既に富岳の開発が始まっていました。そろそろポスト富岳のプロジェクトも始動する頃ですね。

清水 研究機関では既に次世代機を検討するNGACI(ネクストジェネレーション・アドバンスト・コンピューティング・インフラストラクチャー)プロジェクトが始まっています。富士通のメンバーも協力しています。

 最近では、「半導体の集積度が18カ月で2倍になる」というムーアの法則が終焉に向かっていて、スパコンの性能もこれまでと同じ速さでは進化しないのではないかとも言われています。しかし省電力化や高性能化など、進化の余地や可能性がまだまだありますし、それらの新しいトレンドをどう取り入れるかを考えるのはとても面白いです。

 ただ、私も定年まであと3年になりました。若手が成長するには、経験の積み重ねが必要です。若くて元気で優秀な研究者たちが新しいチャレンジに取り組める舞台として、ポスト富岳のプロジェクトを軌道に乗せることがこれからの私の役割だと考えています。