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「格差社会の元凶の株主資本主義から公益資本主義への転換」―原 丈人(国際的ベンチャーキャピタリスト、前・内閣府参与)

原 丈人

インタビュー

世界の格差社会の元凶である「株主資本主義」を改め、「ステークホルダー(利害関係者)資本主義」に転換すべき――一昨年夏、米財界のビジネスラウンドテーブルが「新宣言」を発表したのを機に、資本主義の見直し機運が米欧を中心に広がっている。日本では時代に先駆けて2003年春、原丈人氏が株主資本主義の病理を新聞寄稿で警告したが、法制度や企業社会への浸透は止まらなかった。今再び「ステークホルダー資本主義では不十分」と、原氏は世界を救うべく「公益資本主義」の旗を振る。聞き手=山崎博史 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年9月号より加筆・転載)

原 丈人氏プロフィール

原 丈人
(はら・じょうじ)1952年大阪市生まれ。慶應義塾大法学部卒。27歳まで中央アメリカ考古学を研究。79年米スタンフォード大経営大学院に入学、工学部大学院修了。在学中に光ファイバーディスプレイ開発メーカー創立。85年ベンチャーキャピタルを志しデフタ・パートナーズ社設立、考古学に役立つ技術開発に資金提供。米ボーランド社、英マイクロコズム社、イスラエル・オープラステクノロジー社などで会長など歴任。2003年米国共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長受任。05年日本政府税調特別委員・財務省参与、07年国連政府間機関特命全権大使、10年ザンビア共和国大統領顧問。13年8月から昨年まで内閣府参与。著書『21世紀の国富論』(平凡社)など。

原氏のベンチャーキャピタリスト(VC)としての信条は一般的なVCとは大きく異なる。「短期利益の最大化を目的とせず、会社は社会の公器と位置付け、中長期で考えて世の中に貢献する、そのほうがさらに大きなリターンを得る」と信じ、実践してきた。米国、英国、イスラエルを拠点に幾多の世界的企業を育て上げ、1990年代には米シリコンバレーを代表するVCと言われ、全米第2位の実績を誇った。2003年、米国の雇用拡大への貢献で「共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長」を受任。国連経済社会理事会の特別協議資格を有する米国非政府機関「アライアンス・フォーラム財団」の代表理事も務める。

公益資本主義をまねたステークホルダー資本主義

―― 今年、世界経済フォーラムの年次総会であるダボス会議(コロナ禍で開催中止)が掲げていたテーマも、ステークホルダー資本主義への転換を核心とする「グレート・リセット」でした。

 実は、私は世界経済フォーラムのカウンシルメンバーとして、今回の「グレート・リセット」の元になる考えを2014年6月、アジェンダ決定会議の場で示しました。また17年のダボス会議では、山本幸三内閣府特命大臣が日本政府を代表して公益資本主義について言及しました。

そんな5年半の変遷を経て、ダボス会議は昨年1月に株主資本主義の方向性を改め、「ステークホルダー資本主義」を言い始めたんです。彼らが発表した「ステークホルダー資本主義」の概念図は、アライアンス・フォーラムが03年から使っている公益資本主義の「社中分配図」をそっくりまねたものです。日本の官民からのそうした貢献に一切言及せず、自分たちが新しい流れを主導するかのようなプロパガンダをしていることに、日本の政府も経済界も注意しなければなりません。

原 丈人

株主資本主義の弊害

―― 今回の動きの発端は、一昨年8月、米国のビジネスラウンドテーブルが「ステークホルダー資本主義」を目指すと宣言したことですよね。

 ビジネスラウンドテーブルは、米国を代表する財界団体です。その団体が「ステークホルダー資本主義」を宣言して、「株主」の重要度を最下位の5番に落とし、1番は顧客、2番が従業員と、順番を変えました。米国には連邦会社法がないので、会社法にまつわる事件が起きれば、この財界団体の宣言に準拠して裁かれたりします。今回の「新宣言」には、そのくらいの重みがあります。

しかも実は、彼らは1997年に「株主第一主義」を真っ先に宣言し、「会社は株主のもの」という思想を主導してきた団体なんです。

―― そんな株主資本主義の権化が、なぜ自らを否定した?

 米国企業は株主資本主義の下で、利益のすべてを大っぴらに株主に還元するようになりました。さらに、株主利益の短期最大化を目指すプライベート・エクイティに加え、さまざまな投機的手法が合法化された。この過程で社会の中間層が没落し、その富が富裕層に集中しました。

今や世界のトップ9人の資産合計は下層36億人のそれと同じになっています。支配層には「生かさず殺さず」といった従業員観が今もうかがわれますが、一方で極端な格差が米国社会を深刻に分断し、米国企業の競争力を劣化させたとの反省が極まったということでしょうね。

―― 原さんは2003年3月の時点で株主資本主義の非道を喝破し、新聞寄稿で日本の経済界に警鐘を鳴らしましたね。

 ビジネスラウンドテーブルが株主資本主義を称揚したことで、米国は遠からず没落すると確信しました。当時、米国はニューエコノミーの勢いに乗っていましたが、「『企業は株主のもの』という間違った考え方によって、社会に有用な企業を全部崩壊させる可能性がある」と書きました。

実際、ゼロックス、HP、GE、シリコングラフィックスなど実体経済を牽引していた会社群が、ファンドのおもちゃにされました。日本がそんな米国の株主資本主義を後追いすると、富士通、日立、NECや三菱電機なども同じ運命をたどることになるでしょう。既に東芝が餌食になっています。

公益資本主義のルールとは

―― そして原さんは、新たなシステムとして「公益資本主義」を主張し、ルールメイクに挑戦している。

 私の育てた会社が上場した途端、大株主となったファンドが短期利益を狙って、研究開発費さえ「そんな金があるなら、配当しろ」と要求し始めた。断ると、訴訟が待っていて、個人・自由・拝金社会のアメリカでは私の信条は通らず、負け続けました。

ならば自分でルールを作り変えるしかないと決心し、アライアンス・フォーラムで研究し構築した思想です。その理念は①「会社は社会の公器」と位置付け、「従業員、仕入先、顧客、株主、地域社会そして地球全体」といった、会社を成功に導いてくれる社中(仲間)に、事業利益を分配する②持続性を志向する中長期的な経営を目指す③中長期に発展する事業を創造するため、企業家精神を常に喚起する社風を持つ――というものです。

この公益資本主義は十分に実現可能で、株主資本主義的に歪んだ現行の法制度や商慣行を、この3つの理念に沿って改正すればいいんです。2013年の日本政府の経済財政諮問会議の場で初めて打ち出しました。

公益資本主義の具体的提言――①「会社の公器性」と「経営者の責任」を明確化する②中長期株主を優遇する③「にわか株主」の権利は中長期株主と比べて大幅に削減する④株の保有期間に応じて税率を変える⑤上場企業のストックオプションを廃止する⑥新技術への中長期投資をしたくなるような税制などの制度設計を行う⑦株主優遇と同程度に従業員に非課税ボーナスを支給する⑧ROEに代わる新しい企業価値基準を設定する⑨四半期決算を廃止する⑩社外取締役制度を会社の公器性の立場で監督する制度に改める――など。原氏は公益資本主義の啓蒙・普及のため毎年、米国・東京・淡路島の3会場でノーベル賞受賞者や学者・研究者、経営者、投資家、政治家、官僚らを招いて数百人規模のフォーラムを開くなど、世界を絶えず東奔西走している。一昨年には株主資本主義の牙城である米国のハーバード、MITのビジネススクールからの要望で1週間の集中講義も行った。

公益資本主義とステークホルダー資本主義の違いとは

―― 昨年3月には、ウォールストリートの支配的存在であるCarlyle Global Partnersの総会で基調講演をしたそうですね。

 共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長の立場で招かれ、米国財界のお歴々が集まったワシントンDCの会場に行きました。私は総会最終日の総括的な基調講演を頼まれ、「21世紀は公益資本主義になる。アメリカも遅れをとるな!」と題して話しました。

株主資本主義を象徴する大富豪たちが気勢を挙げる場で、「会社は社会の公器であり、事業を通じて社会に貢献し、その結果、経営者や株主も利益を上げる。従業員を大切にすることで、皆さんも彼らから大切にされる」と訴えたところ、とても共感してくれたようで、終了後には名刺交換の列ができました。列の最後に気品ある長身の人物がいて、ビジネスマンじゃないなと思ったら、なんとリヒテンシュタイン公国の国王でした。その国王からの依頼で後日、王室主催の欧州会議でも講演しました。

―― ことほど左様に、ポスト株主資本主義の論陣を張って来たのは公益資本主義でしょうに、今スポットライトを浴びているのはステークホルダー資本主義(笑)。どう、違う?

 一見似ているようですが、ステークホルダー資本主義は、株主資本主義が公益資本主義に進化する過程にあるものと考えると分かりやすい。今回の動きを歓迎はしますが、一皮むけば、仮面をかぶった株主資本主義である可能性も高く、本音を隠して仕方なくやっている状況でしょう。せいぜい株主の中長期利益の最大化のために、従業員も大事、お客さんも大事というふうに、あくまで「も」の存在ということです。

公益資本主義はといえば、従業員「が」大事、社会全体「が」大事なんです。「社会の公器」である会社の仲間として、みな大事なんです。「が」と「も」の一字違いで、根本に流れる哲学が違います。

―― とにかく、今の時代は巨大企業が国家よりも大きな力を持ってしまっている。そんな巨大企業群が株主資本主義でいては、世界にとって危険極まりない?

 各国の歳入額と企業の売上高を国・企業の別なく大きな順に並べると、上位100に入るのは50年前は国がほとんどで、企業は3社でした。それが今や、企業が70社と圧倒している。そんな巨大企業群が株主利益の最大化で突っ走れば、世界は深刻に歪んでしまう。

なかでもIT時代に君臨するGAFAM5社は典型的な株主資本主義です。有無を言わせぬほどの支配力で利用者にさまざまな対応を強要する姿は目に余ります。また、株主資本主義者がSDGsの美名の下に、資源開発や農業開発のためアフリカに進出し、臆面もなく「SDGsで世界は良くなる」と強弁していますが、実態は、利益のほとんどを先進国や国際金融資本が巻き上げる構図。アフリカの地域経済共同体の関係者らは、株主資本主義の下で運営される今のSDGsに対し非常に批判的です。

―― ところで、ビジネスラウンドテーブルの新宣言の4カ月後、日本ではなぜか、社外取締役の設置義務化など、株主資本主義を強化する会社法改正案が成立しました。

 アメリカが株主資本主義から公益資本主義の方向へと舵を切り、資本主義の大転換が始まったのに、日本は逆行する法改正をしたのです。法制審議会・会社法部会の多数意見が米国の時代遅れになりつつある考え方の影響を強く受けていて、日本の公開会社3700社が稼いだ富を、外国ファンドへ流れやすくする仕組みをつくってしまいました。

日本人はこの30年間で非常に貧しくなってしまった。先進国で日本だけ実質賃金が下がり、今や韓国にも平均賃金で抜かれるなど、日本は途上国化しています。さらにコロナ禍で今、航空業から飲食業までみな苦しんでいるのに、配当の増額要求を許しているのは、会社法とコーポレート・ガバナンス・コードが日本国民である社員と家族を守るという根本理念から乖離しているからです。

公益資本主義をポストコロナの会社法体系の手本に

―― 昨年9月、法務省に危機管理会社法制会議が設置され、原さんが議長に就任しました。

 会社法を公益資本主義の方向で改正し、コロナ禍への対応はもちろん、今後あり得る新たな感染症パンデミックや大震災などに備えようという会議です。そうした危機に遭遇しても、会社が政府の支援や銀行借り入れに頼ることなく、社員と家族を守っていけるように、会社法を改正し、平時からの利益剰余金の一定額積み立てなどを可能にする。

日本がこれを実現すれば、ポストコロナ時代における世界の会社法体系の手本になります。そんな思いでこの会議を発足させ、上村達男・早稲田大名誉教授や松本正義・関経連会長、日覺昭廣・東レ社長、岡素之・住友商事特別顧問らが委員として参加し、9月9日に第1回会議を開きました。

―― ところが。

 9月15日、安倍政権から菅政権に代わり、法相が上川陽子氏に交代した途端、この動きがなぜかストップしてしまった。今は事実上機能していない状態です。

一つは、法務省の担当者たちが10月に異動してしまった。この会社法改正は、法務省だけで物事を決められず、改正手続きの経験と知識を持つ者がいないと前に進まないんです。それでも勤労者と家族を守ろうという大臣の決意さえあれば、できるはずなんですが……。

―― でもなお、意気軒高に「令和の所得倍増論」を主張している。

 これは政府のやる気次第です。日本企業280万社の10年間(19年まで)の動向を見ると、利益は2・4倍、配当は3倍、内部留保は1・3倍なのに、従業員の給与はわずか2%増。「内部留保があるなら配当しろ」と書いた新聞がありましたが、これを従業員に回せば、給与は1・5~2倍になる。

自動車業界で見れば、トヨタなど9社の平均給与は784万円。平均配当は一株当たり91円。これを76円へと、分配のバランスをとるだけで、年収は1400万円になります。家計にゆとりが出て、豊かになった中間層があらゆる消費を拡大してくれ、GDP600兆円の突破口を開くでしょう。

私は富の分配を見直し、豊かな中間層が満ちあふれる日本をつくりたいと、心の底から思っています。今からでも遅くないので、ぜひとも実現しようではありませんか。