本当に意味のある相続税対策とは
事業に成功して富裕層となった企業経営者たちにとって、資産運用と防衛は大きな関心事だ。本シリーズでは、景気変動や税制改正などに直面しても、着実に資産を増やして繁栄を継続させるためのノウハウを、「日本一富裕層に詳しい税理士」と呼ばれる芦田敏之氏(税理士法人ネイチャー)が伝授していく。【AD】
芦田敏之氏プロフィール
経済合理性のない海外法人設立は無意味
これまで本連載で説明してきたように、日本の相続税率は非常に高いため、富裕層である経営者の方々が着実に資産を残していくためにはしっかりと対策を取っておく必要があります。ただ、相続税対策として唱えられる説の中には、かなり怪しげで危ない話もあるので注意が必要です。
結論から言えば、後継者の世代に着実に資産を残していくためには、リスキーなやり方は避けるのが一番です。たとえば不動産を購入したり、議決権で揉めないように種類株式をつくったり、株式を信託したりといった、オーソドックスな方法が一番良いと言えます。
「租税回避目的で海外に法人をつくればよい」という話を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。ただ、こうしたやり方は経済合理性や実態がなければタックスヘイブン税制の対象となってしまうので現実的ではありません。
仮に日本以外で得た所得を海外の別の国で運用したような場合でも、運用益は結局日本で得た利益と合算されてしまうので意味がないのです。以前はその報告を日本の税務署に報告するかどうかについて法的にはアウトですが、しない納税者も多かった多かったため、今はOECDによって共通報告基準(CRS)という国際的な取り決めが出来ており、海外口座の情報も日本の国税庁に通知される仕組みになっています。
税務上の形式基準さえクリアしていれば大丈夫と考えるプライベートバンカーや税理士などが、経営者に海外法人設立をアドバイスするケースもあります。しかし、税制改正によって税務署も条件をどんどん厳しくしてくるので、抜け穴を探るような手法は採らないほうが無難なのです。
相続税対策として海外移住は有効なのか?
相続税対策のために、海外に移住して国籍を変えてしまえばよい、といった極端な説を唱える方もいます。これも普通に考えれば分かりますが、企業オーナーが相続税対策としてそんな行為に走ると、金融機関をはじめとするステークホルダーとの関係がおかしくなってしまいます。
仮に相続税対策として実際に海外に移住したとしても、日本における有価証券の含み益の20%を支払い、かつ経営者とその後継者である子どもが10年間現地に居住しなければ、結局日本の税制が適用される仕組みとなっています。つまり、税金の支払いを繰り延べしたまま10年間住んだとしても、経営者が死亡したときには日本の制度に基づいて相続税を払わなければならないのです。以前はこの期間が5年間だったのですが、現在は条件がさらに厳しくなっています。
海外に本社を移して事業を展開する等、経営者が移住する事は、そこにマーケットがある、あるいはオペレーション上必要であるなどの経済合理性が求められます。そのため相続税対策にはなり得ませんし、やっても意味がないのです。
富裕層の大半を占める未上場企業経営者の中には、古い情報や間違った情報をずっと信じている方も結構見受けられます。「節税対策は税理士に任せきっている」という方もいると思いますが、こうした姿勢は賢明とは言えません。税理士のメインの仕事は税務署への申告書類の作成のため通常業務が忙しく、税金対策に関する最新情報を研究したり経営者にアドバイスする時間がない税理士も一定数います。
相続税対策は最も効率の良い投資
日本の相続税率は高いため、しっかりとした税金対策を行うことは、最も効果的な投資であると言えます。相続税対策として不動産を購入するだけで、資産としての評価を1/5程度にまで下げて課税額を低くすることも可能なのです。つまり、投資した時点ですぐにリターンが受け取れるということを意味します。
相続税対策には、潜在負債を減らすという効果があります。よく無借金経営を自慢する経営者の方もいますが、無借金なのはあくまでその人の代までの話であり、資産を保有した時点で既に相続税という負債を負っているのです。いわば「無借金ではあるが無負債ではない」状態です。
これは日本の特殊な事情で、たとえば米国では純資産額10億円まで基礎控除が認められています。通常、企業オーナーでも純資産をそこまで持っている人はほとんどいないため、本当の富裕層だけに重い税負担が掛かる仕組みとなっています。一方、日本の場合は基礎控除の対象となるのは純資産3千万円以上の世帯です。計算すると約1200万もの世帯に相続税が掛かることになるため、もはや大衆税と取ることもできます。
こうした状況を踏まえ、相続税について賢くマネージメントすることが賢い経営者と言えるのです。