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強みの「創造力」で成長に挑戦 運から拓けた社長への道―橋元 健(キヤノン電子社長)

橋元 健・キヤノン電子社長

1999年からキヤノン電子の社長を務め、同社を実質赤字状態から黒字へ、さらに高収益企業へと成長させた酒巻久氏から、社長のバトンを受け継いだのは橋元健氏だ。橋元氏は社長になるまでどのような道を歩み、社長になった今、これからのキヤノン電子の成長戦略をどう描いているのだろうか。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)

橋元 健・キヤノン電子社長プロフィール

橋元 健・キヤノン電子社長
(はしもと・たけし)1962年9月12日鹿児島県鹿児島市に生まれる。1985年3月鹿児島大学工学部卒業。1985年4月キヤノン入社。2000年1月キヤノン電子へ出向。2007年3月取締役同社LBP事業部長。2009年3月常務取締役。2012年1月
事務機コンポ事業部長。2012年3月専務取締役。2013年12月生産技術センター所長。2013年3月取締役副社長。2018年7月代表取締役副社長。2020年6月秩父事業所長兼美里事業所長兼赤城事業所長。2021年3月代表取締役社長(現在)

酒巻久氏との出会いで拓けた社長への道

―― 橋元社長は今年3月に副社長から社長になりました。社長までの道のりで、影響を受けた人物や書籍などはありますか。

橋元 私のすぐそばにはキヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長とキヤノン電子の酒巻久会長、2人の優れた経営者がいます。特に酒巻は、私がキヤノン電子に来てからの約20年間、教育し続けてくれましたし、経営者として何より一番のお手本であり、最も影響を受けた人物です。

 酒巻はものすごい勉強家ですから、私も負けないように。また彼はドラッカーを学んでいましたので、私も倣ってドラッカーの本は徹底的に読み込み、通信講座や授業を受けたりして繰り返し勉強し、それを実際にビジネスで実践して照らし合わせることをずっとやってきました。

―― ドラッカーのどのようなところが参考になっていますか。

橋元 ドラッカーの教えの中に、「強みを生かす」というのがあります。酒巻と私とでは個性も能力も違いますので、私が酒巻の真似をすることはできません。酒巻は開発から企画まで何でもやってきたスーパーマンで、その中でも特に新しいことを発想する能力が非常に高い。「ソウゾウリョク」には、イマジネーションの「想像力」とクリエイションの「創造力」がありますが、想像力のほうですね。

私もアンテナを張って想像力を働かせようと試みてはいるものの、なかなか同じようにはいきません。その一方で、私の強みは創造力だと自分では分析しています。0から1ではないけど、1から2、2から4にしていくこと。そこをどう伸ばすかというのは自分なりに挑戦してきましたし、私の力を発揮できる分野です。

―― 橋元社長はキヤノンに入社してからキヤノン電子へ移っていますが、キヤノン電子に来た理由は酒巻会長から呼び寄せられたからですか。

橋元 結論から言うと、そのとおりです。酒巻も以前はキヤノンにいましたが、1999年3月の取締役会でキヤノン電子の社長になることが決まりました。そして私がキヤノン電子に来たのは2000年1月です。

 私の酒巻との直接の出会いは1990年代、酒巻がキヤノンの常務取締役で生産本部と調達本部の本部長をしていたときで、酒巻の部下として生産や調達の仕事に携わりました。ただ、当時の私は課長代理でしたし、酒巻は雲の上の存在でしたね。

―― その出会いが、今の社長という役職につながった。

橋元 そうです。あとは、社長になることがすごいかどうかは別として、社長になるうえで一番大きく影響するのは運だと思います。そして、周りの評価は分かりませんが、自分なりに手を抜かずにやろうという思いでやってきたのは確かです。

 また、義理っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、私は労働組合の委員長をしてきた経験から、「社員を守る」という意識が自分の中で醸成されました。キヤノン電子に来た当時、キヤノン電子は実質赤字状態で厳しい経営状況でしたが、そういう状況下において会社を存続させ、成長させ、社員を守っていくにはどうしたらいいのか。自分は何をすればそれを実現できるかを考えてきたつもりです。

 社員を守るというのは経営者として最低限の義務です。この点については御手洗会長も酒巻会長も共通していると思いますし、これはキヤノンという会社のDNAかもしれませんが、強い思い入れがあります。

目指すのは世界トップレベルの高収益企業

―― キヤノン電子の新体制では酒巻さんが会長で最高経営責任者(CEO)、橋元さんが社長で最高執行責任者(COO)です。社長就任あいさつでは、「CEOの酒巻会長が『ビジョン』を描き、COOの私が具体的に、そして確実に実行する」と語っています。酒巻会長は社長だった頃から「世界トップレベルの高収益企業になる」を経営ビジョンとして掲げていますが、この背景にはどんな考えがあるのでしょうか。

橋元 酒巻がキヤノン電子の社長になった1999年当時、会社は多くの借入金と不良在庫を抱えており、利益率もとても低かった。それから数年で大幅な黒字化を達成し、リーマンショック後の2010年頃には売り上げ規模のピークを迎えました。

 その内訳で非常に大きな割合を占めていたのはキヤノンからの受託生産でしたが、その後キヤノンがその生産拠点を一気に海外拠点にシフトしたことで私たちの収益が減ってしまった。そのためキヤノン電子としてはキヤノンだけに依存することなく、自主独立でも存続していける事業構造にしなければならなくなりました。そこで酒巻は、キヤノン電子の社長就任以来、キヤノン電子は企業として単に規模の拡大を目指すのではなく、売り上げが伸びなくても利益を確保できるようにしていこうと「世界トップレベルの高収益企業になる」という目標を掲げています。

 日本の製造業では、経常利益率が3~4%あればそこそこだと評価されますが、海外に目を向けると15~20%、さらには30%という企業もあります。かつての私たちは1~2%でしたが、酒巻が社長になってから約15%にアップしました。今は宇宙事業に積極的に投資していて多少低くなっていますが、それでも10%超です。単に規模を拡大するのではなく、しっかりと筋肉質な会社になるためには利益の確保が大切です。高収益というと〝収〟も含まれますが、より厳密に言うと〝益〟を重視し、高利益企業に力を入れています。

 競合他社が中国や東南アジアに進出しているなか、キヤノン電子は日本国内のモノづくりにこだわり続け、国内で生産し続けています。高収益でコスト競争力を高め、日本のモノづくりを強くしたいという思いが根底にあります。

―― 国内生産で高収益、高利益というのは難しそうです。

橋元 一番のポイントは、当たり前ですが生産性をあげることです。単純な労働力のコストを比較すると確かに中国は高くなってきていますが、それでもワーカーの賃金だけであれば日本の半分。ベトナムに至っては3分の1、4分の1です。であれば私たちは生産性を2倍、3倍、4倍にあげればいい。それを本気で目指し、達成してきています。

 キヤノン電子は全社員が正社員ですので、まずは徹底的に教育をしています。そこで最も大切なのはルールを決めること、次はそれを徹底的に守ることですね。誰がやっても同じ作業ができるように標準化し、新しく工程に入る社員がいれば事前の教育を何度も繰り返し行い、プロになってもらう。

 あとは自動化です。私たちの工場では、製造工程の作業を自動化する自動機はすべて自分たちで開発し、徹底的に省人化を図っています。これは私の言葉になりますが、「人間工数」を「機械工数」に変え、10人かかっていた仕事を5人、あるいは3人でできるようにしています。

 ただし、生産性が上がっても不良品が多ければその対応に人手やコストがかかってしまいますし、お客さまからの信頼も失ってしまいますので、確実に品質を上げる取り組みも重要です。毎週、すべての製造部から、生産性関連のデータが酒巻や私に報告されるようになっています。

スモールビジネスを強化し売り上げの底上げを図る

―― 高収益企業というビジョンを実現するため、具体的にはどのような取り組みを進める計画ですか。

橋元 まずは土台となる既存事業を強化していこうと考えています。例えばアナログデータをデジタル化できるドキュメントスキャナは私たちが何十年も前から扱っている商品ですが、最近は環境対策、コロナ禍でのリモートワーク需要などもあり、今は成長市場です。B2Cの家庭用スキャナ向けでは、Amazonなどのeコマースのチャネルも新たに取り入れてビジネスを広げています。また、三次元加工機を小型化した、歯の詰め物などを加工する「歯科用ミリングマシン」の引き合いも増えていて、今は国内中心ですが、今後は米国や中国などの海外に拡販していきます。

 その他にはEMS(Electronics Manufacturing Services/電子機器の製造受託サービス)も強化していきたいです。ファブレスの会社はコスト優先とは言うものの、品質の問題がいろいろと出てきているようで、最近は品質重視の会社が増えてきました。「キヤノン電子は意外とコストが安いのに品質は非常に良い」とお客さまから評価を得ています。

―― EMSの需要は、国内と海外だとどちらが多いですか。

橋元 大半は国内ですね。一例を挙げると、日本の新鋭の家電メーカーが提供している空調製品や照明製品を私たちが製造しています。このほかにも、家電を含めて10種類以上の商品のEMSを行っています。

 あと、私は「スモールビジネス」と言っていますが、10億円、20億円、30億円規模のビジネスを10の事業部が新しく始めて、100億円、200億円、300億円の売り上げをあげられるようにしていきたいと考えています。今年のキヤノン電子の売り上げ目標は900億円弱ですので、各事業部がスモールビジネスをものにすることができれば大きい数字になります。

 そして宇宙事業。初期から手掛けてきた人工衛星の製造では、実は太陽光パネル等の一部を除いて、80~90%の部品は私たちが内製しています。ですから、人工衛星そのものの販売に加え、人工衛星の部品の販売もします。あとは現在、カメラを搭載した私たちの人工衛星が2機、地球上を周回しています。その人工衛星から送られてくる画像データの販売もスタートし、実際の営業活動を始めたところです。

 既存事業の強化、EMS、スモールビジネス、宇宙事業などの取り組みを進め、現在の2倍、3倍の売り上げを目指したいと考えています。

―― EMS製品の多くは、キヤノンからの受託生産が少なくなって苦しかった時代以降、橋元さんが見つけてきた案件だそうですね。

橋元 今もトップセールスでスモールビジネスやEMSの種を見つけてきています。私は調達の仕事もしてきましたので、たくさんの中小企業の経営者を見る機会があり、「中小企業のおっちゃんって本当にすごいな」と感じていました。彼らは自分で開発して、企画して、営業して、製造まですべて一人でやっているんです。いい意味で中小企業の経営者は本当にすごい、目指す姿だなと。キヤノン電子は上場企業というのは名ばかりで、決して大きな会社ではありません。私も中小企業のおっちゃんになって頑張りたいと考えています。