【連載】誰も言わない地方企業経営のリアル
少子高齢化、生産人口減少が加速する中、経済的に豊かな地方都市にいても、東京などの大都市に流出してしまう若い女性労働者の実態とその理由に迫ります。今変わるべきは、雇われる側ではなく、雇う側の地方企業の経営者です。(文=木下 斉)
木下 斉氏のプロフィール
愛知県の意識調査でわかる県外への女性流出の深刻度
総人口の減少スピード以上に生産年齢人口の減少が進展する中、企業経営において女性人材の登用は欠かせない選択肢になっています。しかしながら、地方企業採用戦略はいまだに男性中心のものが多く、女性を地域から流出させる結果につながっているものが少なくありません。
その顕著な例が、経済面で好調なはずのエリアですら女性流出が続いているという実態です。これは単に給与がいいから、とかそういう話ではなく、より総合的な評価で県内企業が女性に「選ばれていない」ことを表しており、結果として女性人口流出を加速させてしまっているのです。これは行政の責任ではなく、ある意味で企業経営者の責任であると共に、逆に言えば企業経営者たちが女性の流出を防げれば地域を大きく変えられることも意味します。
例えば、日本を代表する自動車メーカーのトヨタグループを含め、名だたる大企業とその系列企業が集積し、都道府県別の経済成長率でも常に上位を占める愛知県。雇用環境も良く、さぞかし男女ともに活躍しているのではないか、と思われがちですが、実際には女性流出ではワースト3に入ることもあるくらい深刻な状況があります。
全国的に見ても東京への転入超過は女性が男性を上回っており、さらに就職時期に重なる20~24歳のる流出が目立ちます。つまり地方企業は女性に見限られ、東京企業を選択されているという図式があるのです。これは行政政策の問題というよりは、企業採用、人事の問題が大きく影響している結果と言えます。
その理由として「東京は給与が高いから」と思われがちですが、先述の愛知県は東京都に次いで平均給与の高い地域です。つまりは経済的には恵まれている地域であるにもかかわらず、東京に出て行く女性が都道府県別で見ても深刻な背景には、給与以外の理由があることがわかります。
そのため、事態を深刻に考えた愛知県庁は2018年に「若年女性の東京圏転出入に関する意識調査」を実施しています。その結果から地方から女性が東京へと移動する理由が見えてきます。
県外に出て行く女性と県内に留まる女性、何が違うのか
この調査の面白いところは、愛知県内に留まった人だけでなく、東京圏に出て行った女性、特に進学で流出した人、就職の時に出て行った人たちにもアンケート調査を行っている点です。女性の社会参画などを自治体が考える場合、地元に現在住んでいる女性たちに調査をかけることが多いのですが、これでは出て行った人たちの意見が見えません。
この調査を見ると地元に留まる女性と、出て行く女性たちの仕事に求めているものの違いが明瞭になります。
まず違いとして出たのは、「キャリアアップ志向」です。出て行く女性はキャリアアップ志向が残る女性の3倍以上強く、さらに結婚、出産後にも働き続けたいと答えている数が2倍以上に達しています。就職する企業選択の理由も、東京へと出て行く女性たちは就職先の選択理由として、「やりたい仕事」を挙げていますが、地元に留まる女性は「自宅から通勤したかったから」を挙げています。
このように仕事で選ぶ人と、居住地で選ぶ人とで大きな違いが出ています。さらに言えば、あれだけ経済好調な愛知県での採用において、女性がキャリアアップできると自覚できる職場が少ないということです。
従来の地元採用の視点では、有能な女性を採用できない
地方経営者にありがちなのは、今勤務している女性社員の勤務満足度をもって、自分の会社の女性雇用は問題がない、と判断しがちなことです。しかし、これでは「流出している女性」の意見は全く加味されず、地元就職してもらう、Uターン、Iターンしてもらうための工夫の実像はよくわかりません。
愛知県調査を見ても地元に残って働く女性の多くは自宅から近い勤務先であること、結婚出産をもって退職する意向が強い人などが比較的多く見られます。そのため、企業における中核的な企画業務などを担う人材として採用するというよりは、いまだ一般職的な事務員として雇用することが少なくありせん。
一方、生涯働くことを考え、キャリア志向を持つ女性にとってはそのような環境では、自分のキャリアステップは期待できないと判断されてしまい、東京で募集しているようなキャリア志向の強い職種を求める傾向が強くなります。
つまり地元における女性採用での常識を壊さなくては、流出するキャリア志向の強い、働きたい女性たちにとって選択される企業になることはないのです。
このような状況を鑑みて、愛知県豊橋市にある老舗麹種会社の株式会社糀屋三左衛門では、女性採用を刷新。従来は応募者0人の時もあった営業事務の業務内容を大幅に見直し、ブランドマネジメント業務、かつ増加していたが未対応だった海外からの問い合わせに対応する海外展開をも視野に入れた企画業務の募集に変えたところ、素晴らしいキャリアを持つ女性たちからの応募が増えました。すでに初期採用の方は大活躍し、新規事業も急成長しており、管理職に出世しています。
これはつまり、仕事を見直し、採用方法を変え、会社としての成長機会を狙えば、良い人材が集まることを物語っています。このように社長が指揮を取れば、変化が早い中小企業こそチャンスなのです。
宮崎県日南市の雇用ミスマッチの解消成功例
宮崎県日南市では、高卒の若者たちが福岡市などに流出する問題を長らく抱えていました。地元採用がないわけではないものの、なぜか流出してしまう。この問題について調査した結果、就職を希望する人たちはオフィスワークを希望しているにもかかわらず、地元採用は制服をきた窓口業務、工場労働などの募集ばかりだったのです。結果として、オフィスワークができる職種を求めて福岡や東京へと出て行ってしまっていたのです。従来型のお茶くみをさせたり、窓口、電話番のようなことばかりを高卒女性などに求めている限り、人は集まりません。
そこで日南市ではこのようなミスマッチを解消するべく、東京企業などのサテライトオフィスを誘致しました。東京のオンラインメディアなどを経営するネット企業が、ラップトップPCを社員に支給してフリーアドレスで働く今どきのオフィスワークスタイルを取り入れ、勤務もフレックス、子育て支援なども充実させたところ、地元高卒就職組が殺到しました。
最初のうちは、地元企業は人が奪われたなどと言う人もいたようですが、実際には自分たちのオフィス環境がいかに前時代的だったのかに気づいて変革しようとする経営者が現れ、地元採用のあり方が変わるきっかけとなりました。
変わるべきは雇われる側ではなく、雇う側の経営者
このように若い人材が慢性的に不足している中で、若者たち、特に流出の著しい女性を鑑みれば、変わるべきは雇われる側の若い女性たちではなく、企業経営者の側と言えます。そして地元からの人口流出の原因の一つは、行政だけでなく、むしろ民間企業の責任も少なからずあることがわかります。
新たな時代に向けて採用戦略を大きく組み立て直すことで、成長意欲のある素晴らしい若い世代を男女ともに雇用でき、企業の成長へとつなげていくことができます。このマネジメントが今こそ求められています。