米ボストンで創設されたベイン・アンド・カンパニーは国内外の企業のイノベーションを支えてきた。パーパスの見直しや社会課題解決など企業に求められる役割が多様化する中で、いかに戦略を構築していけば良いか、奥野氏に聞いた。
奥野慎太郎・ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド東京オフィス代表プロフィール
客観的な統計分析も活用し顧客にNOを伝える
── コロナ禍をどう見ますか。
奥野 マクロ的に見れば今年は10年に1度必ずある景気調整局面、つまり景気循環的不況です。これだけ長期にわたる超低金利政策はあまりサステイナブルな状況ではありません。コロナ禍でもともと抱えていた経済の矛盾が顕在化したのです。そこにコロナによる経済活動や消費行動の変化による影響が加わりました。国内でもEコマースの浸透が一気に進み、メーカーと小売業者の関係性も変わり、オンラインとオフラインの連携が増えました。Eコマースでリアルタイムに消費者の反応を見ながらメーカー自らが売り方を変えるような機動的な取り組みも目立ちます。
── コンサルティングにもデジタル化の恩恵はありますか。可視化され分析可能になった事柄は多いです。
奥野 さまざまな消費者接点のオンライン化、リモートワークの普及とそれに伴うコミュニケーションツールの浸透により、コロナ禍で世の中のデータ量は飛躍的に増えましたので、これを使って何かできないかというご相談や当社からのご提案も増えています。経営コンサルタントは蓄積した経験・知見からのアドバイスだけでなく、ファクトとロジックと統計的分析でアドバイスを裏付けますが、重要な経営判断にビッグデータ分析を活用するような手法に対しては、以前は経営者からの反発や違和感もありました。しかし、コロナ禍でデジタル化が進み、市場環境の複雑性が増す中で、データを用いた客観的なアドバイスへのご要望が増えており、世の中が変化してきているように感じられます。
── 他のコンサルファームにはない強みはなんですか。
奥野 本当に正しい経営判断を下すためのご支援として、経営者にとって耳が痛いことも進言するのを辞さない姿勢がわれわれの特徴です。クライアントの仮説や方向性を肯定するのは簡単ですし、われわれも前向きな話をしたいという気持ちは当然あります。しかし客観的な意見を求められるコンサルタントまでイエスマンになってしまっては、意味がありません。予定調和ではない真実を追求し、建設的な否定をしつつ、現実的な代案を同時に示すことが、われわれの良心であり、最もユニークな点です。この「本当に正しいことを行う」という姿勢は、True North(真北)というキーワードで社内に浸透しており、当社のロゴにも使っています。
企業はパーパスを練り直す時 レジリエントな社会へ
── 企業が社会課題解決に向けて取り組むことが求められています。
奥野 コロナ禍を経て、経営者が改めて株主や従業員との対話の機会を設け、「自分たちは何者なのか」を本格的に考え直す機会が増えています。それを踏まえて企業の存在意義を明確にし、「パーパス」をつくり直したいというご相談も増えてきました。その際のアジェンダや経営戦略の方針としても、今やサステイナビリティや社会全体の脱炭素化の流れは外せません。当社でもサステイナビリティ専門の評価機関であるエコバディス社と資本業務提携を結び、クライアントのサプライチェーンを通じた脱炭素化ができる体制を整えるなど、サステイナビリティがお題目にならないようにしています。
── 今後もコロナ禍のような予想外の危機は避けられませんが、社会全体が持続可能的に成長するためにもレジリエンス(回復力)がより一層重要となります。
奥野 レジリエンスは奥が深いテーマです。企業が危機においても事業を継続するための取り組みは今まで数多く試されてきましたが、社会メカニズム全体がレジリエントになるための取り組みは非常にチャレンジングです。資本主義のメカニズムでは、自然と効率性が重視されます。しかし、レジリエンスの高い社会はある種の無駄を許容する社会です。
例えば、有事に備えて工場や設備など同じものを予備にもう一つ置いておく、ということですが、これでは効率性は若干犠牲になり、追加コストが発生します。このコストを誰が負担するのか、株主が払うべきか、従業員の賃金をカットすべきか、あるいは値上げという形で顧客がコストを支払うことになるのか、現時点で明確な答えはありません。世の中全体で方針を決めながら漸進的に進めるしかなく、一筋縄ではいかない問題です。
── コロナ後に日本企業はどのように変革を進めれば良いでしょうか。
奥野 「失われた30年」とも日本経済は表現されがちですが、日本企業には経営資源的なポテンシャルも、イノベーションの源泉となる革新の種もまだまだ数多くあります。変革においては、引き算が重要になります。足し算的に次々と新しいことを始めるよりも、やめることの方がエネルギーを必要とします。日本企業は負の遺産や過去のしがらみの整理が行われないまま、そのメンテナンスやつじつま合わせに負のエネルギーが費やされる、という悪循環に陥っています。自社のコアとなるケイパビリティを見極め、ここだけは絶対に勝つという事業を明確にし、そこに経営を集中させるという「引き算の変革」が次の10年に向けて希望を生み出します。そのような企業を支援し、日本経済全体の正のエネルギーを高められるよう取り組んでいきます。経営者の皆さまと共に、変革の旅のオールを漕がせていただければと思います。
聞き手=金本景介 写真=西畑孝則