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「危機管理の基本はしっかりとした戦略目標を立てること」―大野元裕(埼玉県知事)

新型コロナ禍では国だけではなく、全国の都道府県の力も試された。東京都や大阪府などが何かと目立つ中で、独自の対策が光った自治体も実は多い。昨年春に初めての緊急事態宣言が出された時期に驚かされたのが、埼玉県の大野元裕知事だった。飲食店の営業自粛、外出禁止が言われる中で「飲食店で対策をしていれば県がチェックした上で営業してもいい」との方針を出したのだった。危機管理の基本に、ダメばかりではなくこうすればやってもいいという考え方がある。それによって社会不安は希望にも変わり経済活動も滞らない。国会議員時代から危機管理のエキスパートだった大野知事に、新型コロナと危管管理について聞いた。(『経済界』2022年1月号より加筆・転載)

大野元裕・埼玉県知事プロフィール

大野元裕・埼玉県知事
(おおの・もとひろ)1963年生まれ、埼玉県川口市出身。87年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。89年国際大学国際関係学修士課程修了(中東地域研究専攻)。国際大学中東研究所非常勤研究員、外務省日本大使館専門調査員、外務省日本大使館書記官、株式会社ゼネラルサービス取締役統括本部長、東京大学教養学部非常勤講師、財団法人中東調査会上席研究員、防衛省防衛戦略委員会委員、財団法人日本エネルギー経済研究所客員研究員などを経て、2010年参議院議員に初当選。防衛大臣政務官兼内閣府大臣政務官などを務めた後、19年第61代埼玉県知事に就任。

「重症者・死者を出さない」を戦略目標に定める

―― ここまでの新型コロナへの対応を振り返ってどうだったか。

大野 まず反省の方から。そもそも未知のウイルスで当初どうすればいいか分かりませんでした。本来危機管理の基本中の基本は準備。きちんとした準備ができていれば対策をすぐに立てられるのは当然の話です。ただ、当時は準備をしていなかったばかりか何を準備すればいいのかも分からなかった。ワクチンもない状況で何をすればいいのか。最初に東京で感染者が出て、11日後に埼玉で出た。水際対策と言っても止められるわけじゃありませんし、正直、準備という点で後れを取っていたのが反省材料ですね。

―― 何から取りかかったのか。

大野 まず重要なのは、戦略目標を立て戦術を考えるということです。去年の11月くらいからはっきり言っていますが、うちの戦略目標は「重症者、死者を出さない」こと。そのために戦術を作りましょうと。つまり、陽性者の数も発表していきますが、それより「重症者・死者」のほうに戦略目標を定めましょうと。

―― 危機管理では、まずは重要な戦略目標を立てブレずにいくと。

大野 亡くなるのは脆弱な層で、典型的なのが高齢者です。その中でも高齢者施設は介護するために密にならざるを得ないし、24時間みんなが一緒にいるので、1人感染すると一気に広がる。しかも、70代以上になると肺をやられてしまう可能性が高いため人工呼吸器が付けられない。それで、治療ができずに死ぬまで待っている状況になってしまうんです。ここを重点的にやりましょうと。

―― 具体的には?

大野 去年11月から、すべての県内の高齢者施設に県職員を出したんです。普通なら予防策といって通知を出したり、出向くにしても老人関係の施設の本社までで、現場にまでは行かない。しかし今回は全部に人を出しました。それからCOVMATというCOVID19のメディカルアシスタントチームを作りました。感染者が出たときに感染専門の看護師さんを含む何人かのチームを作って、現場に送り込む。そして、こちらをレッドゾーンにしなさいとか、ゴミ箱を足踏み形式のものにしなさいとか、細かく指導するチームです。今はeMATと名前を変えて、施設の人にオンラインで現場の様子を見せてもらって指導しています。また、2週間に一度のペースでPCR検査も実施しました。

―― 独自に実施していることはほかにもあるか。

大野 検査診療医療機関、要するに発熱外来を全部ホームページに公表しています。風評被害があるからと全国の自治体は慎重なんですが、うちと高知県だけはやっています。感染率が上がっている時にぜひ比較してほしいのですが、1都3県で比較すると、埼玉県の陽性率は数ポイント下。つまり検査が足りているということです。まずは戦略目標を立てる、その後は感染者を一刻も早く洗い出す。そしてクラスターを潰し、最も命に関わるところを潰すという方針でやってきました。

危機管理の基本に沿って決断・組織化を迅速に

大野元裕・埼玉県知事
危機管理の基本を説く大野知事

―― 危機管理ではトップの政治決断が重要になる。

大野 埼玉県は実は人口当たりの医者とベッドの数が日本で一番少ないんです。これを国は変えてこなかった。医学部も新設しないから増えなかったし、コロナに対して予見のしようもない。その中で何ができるかを考えました。また、何かをやっていくにしても最後の最後に役人に責任取らせるわけにはいきません。そこは政治家が腹をくくって責任を取るしかありません。

―― 政府とタフな交渉も随分やった?

大野 抗体カクテル療法の導入などは菅義偉前総理に直談判しました。最初は2万人分確保していましたが、在庫を認めてくれなかったんです。これは軽症から重症化を防ぐためのものですが発症から7日以内に打たないといけない。ところが2万個しかない中で、医療機関が一個使ったら発注できるというシステムだと、手遅れになってしまうこともある。菅総理に「いま使わなかったらいつ使うんですか」と話したところ、総理は動いてくれました。きちんと正論を言えば政府に通じるときもあるけど、まだまだ言うべきことはたくさんあります。

―― 今後の新型コロナ対応は?

大野 今は陽性者が下がっているから経済を活性化させろという議論がありますが、またリバウンドして第6波があるんじゃないかと皆さん思っているんじゃないでしょうか。そこは正直分からない。専門家に聞いても、減少している理由を答えられる人は1人もいないんですね。じゃあどうするか。何もやらないのではなく無駄を恐れないことだと。目先の話で言うなら、恐らく来年のどこかで国が補正予算を組むでしょうが、その前に小規模でも、無駄になってもいいから、県としてもV字回復の第一歩になるような対策をやっておこうと。一番大切なことは雇用の維持と資金繰りで、これは今まで通りやっていきましょうということです。

―― 無駄を恐れないというのも、危機管理の基本になる。

大野 一方、長期的に見て大事なのは、「産官学金労」で常に協力していく体制です。第1波の時は何も分からなかったので経済を止め、その代償として感染症対策をしました。その時に私の方からお願いをして、産官学金労で集まってもらった。産は商工会議所、官は県庁だけでなく関東経済局や財務局など。学は有識者、金は銀行、労は労組。これらがすべて参加して強い経済の構築に向けた「強い経済の構築に向けた埼玉県戦略会議」を早々に作りました。何をやったかというと、この後第2波が来るから、それに向けてどういう経済活動をするか、実現できる仕組みだけまず出してほしいとお願いしました。それが今も続いています。

―― まだ第1波のときに、埼玉県だけがこんな感染対策していれば営業してもいいと、チェックと営業許可のステッカーを出した。

大野 ステッカーを作ったのは埼玉が最初で、議論してもらったのがその会議です。会議には業界団体ごとに集まってもらいました。そこで出た議論を、「学」の人に科学的な見地からオーソライズしてもらって仕組みを作ったんです。あとはオンラインの見本市なども行いました。この会議は今も行われていて、県としてどんなことが必要かを揉んでもらい、予算を付けたりしています。

―― 会議の組織化も早かった。

大野 この会議で議論しながら進めた典型的なものは、10月22日から始まったワクチン検査パッケージです。今は全国でやっていますが、うちが全国で最大の42店舗。それもホテルや料亭だけではなく、一般のお店で行われています。これについては西村康稔前担当相と私で7月ごろから話していましたが、なかなか政府が腰をあげなかったんです。最初、国はお店の中でワクチンパスポートを示した人だけで実証を行う考えでした。でもうちは、ワクチン接種者と未接種者でスペースを分離することを提案し、最後はその方式に統一されました。ワクチン接種できない人も含めて、両方の権利を擁護する必要がある。だから、もう一つ区切りを作りましょうという発想です。

新型コロナを教訓に国の危機管理の見直しを

―― 新型コロナでは危機管理のあり方を問われたのではないか。

大野 こういう時は、みんなが同じことをやろうとして、なおかつ、すべてのことをやろうとしてしまう。でも危機のときって全部はできないんですよ。

―― 私も防災をテーマで長く取材してきたが、日本の政治行政は危機管理が弱点だと思う。

大野 例えば民主党が与党だったときに、各省庁にBCP(災害などの緊急事態に向け企業や組織が事業継続のための計画を立てること)を見直させたんです。内閣府防災に音頭をとらせて、各省の局長レベルを集めて、各省庁のBCPを見直させたところ、一番まともにできていなかったのは何と警察だったんです。

 例えば気象庁の数字は一番基準になります。震度5以上の地震が起きると、みんな担当の場所に来るようになっていて、地震のたびに24時間以内に何人来られるのかを気象庁は毎回演習しているから、きちんとBCPができていた。ところが、警察の報告を見ると、災害などがあったら3時間で70%が集まる、12時間で100%集まるとなっている。でも、家が潰れたり、警察官自身が亡くなったりしているかもしれないのに、全員来るってあり得ないですよね。「こんな数字になるはずがない、BCPが分かっているのか」と聞いたら、災害の時には全員いなきゃ動けませんから、100%にしていますと言われました。目標数値ではなく、現実に何人が来られて、何ができるのかを押さえておかなければ意味がありません。

―― 危機管理は精神論ではない。

大野 今は変わりましたが、これが国の危機管理だったんです。それと同じで、コロナで陽性になったら全員入院させろと言われても無理。感染症法を読むと、一類は別として、ほかはインフルエンザと一緒で、家で寝ていて状態が悪くなったら入院と想定されている。ところが、批判の手があがると国は「誰ひとり取り残しません」と言うが実際にはできない、法律にも書いていないことを言い始めた。やるのは自治体なので、だったら病床を増やしてくださいとなるんですがそれもしてくれない。

―― 新型コロナの教訓を今後の日本の危機管理にどう生かすか。

大野 現状では、国民保護法というのが国民の権利を規制、抑制するのに一番強い法律です。国民保護法の中にパンデミックに関する記述はないんですが、化学兵器に関する部分はあります。化学兵器とコロナは同じと言ってもいい。国民保護法を見直すきっかけにすべきです。

―― 行政の体制はどうか?

大野 内閣府防災が全国に拠点を作るべきです。内閣府防災は地方局が一切ない。中央だけであれこれ言ったところで何もできないですよ。最前線の司令官を出せということです。3・11のときは、福島県と南相馬市が完全に断絶してしまいました。そうした反省が全く生かされていない。拠点の施設が難しいというなら、内閣府防災が全国の都道府県庁に2人ずつ送ればいい。複数の担当を持つ国務大臣が指揮する内閣府防災は力がないんです。防災省などをつくるのもいいかもしれません。

新型コロナは有事だ。戦争と同じ。大野氏は、中東問題の専門家で旧民主党政権時代には防衛大臣政務官も務めた。目標をはっきり定めること、先手を打つこと、政治決断する覚悟など、大野氏の姿勢は危機管理をライフワークにしてきたからこそのものだ。「埼玉はこれまでこれといった大きな災害もなかっただけに、新型コロナは予想もしないことの連続」と県庁幹部は言う。しかし、大野氏の埼玉モデルは、今後同様の有事にも生かせると感じた。(鈴木哲夫)