経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

従業員の能力を引き出し顧客を創造する社内推進役「Business Director」―高橋輝行

【連載】「顧客創造の経営」―社内推進役「Business Director」が会社を変える(第1回)

「企業の目的は何か?」ピーター・ドラッカーは「顧客の創造である」と答えています。人口減と少子高齢化、そして低コストで高品質の商品を作るアジア諸国の台頭により、多くの日本企業は踊り場を迎えています。私たち日本人こそ、ドラッカーの言う「顧客創造」に果敢に挑戦すべき時期に来ています。100以上の企業で新商品や新規事業開発プロジェクトの実行を推進した私が、従業員の能力を引き出し顧客創造するキーパーソンである社内推進役「Business Director」について、具体的な事例を交えて解説します。

会議の強化書
高橋輝行氏の著書『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)

「うちの従業員ではダメだから…」外部に相談する3代目社長

 創業80年、従業員100名の老舗メーカーの3代目社長の相談に乗った時のことです。その会社は業界構造の変化の波を受け、数年前から赤字に転落、従業員と共にコスト削減を進めるものの、それ以上に売上は減り、2年後には債務超過に陥るところまで追い詰められていました。

 悩む社長を見かねた私の知人から紹介を受けたのですが、社長に相談理由を尋ねると「弊社役員や従業員に相談しても埒が開きません」と話されました。社長に「社内でどのような話をされているのですか?」と聞くと、「売上を上げる方法や、さらなるコスト削減の方法について話し合うものの、いいアイデアが出ません」と言われました。

 そこで私は、「あなたの会社が創造すべき顧客は誰でしょうか?」と質問すると社長は返答に詰まりました。続けて「創造すべき顧客について、従業員と話したことはありますか?」と社長に聞くと、「現商品の新規開拓先は話し合っているが、創造すべき顧客は話したことがありません」と言いました。

 この会社のように現行商品が陳腐化している場合、新商品や新事業、リブランディングといった顧客創造をテーマに考えなければなりませんが、顧客創造に慣れていない会社では社内で議論してもなかなか結論は出せません。そこで私は社長へ「創造する顧客」「提供すべき価値」「実現する世界観」の3点について6回議論し、3か月で整理することを提案しました。社長は提案を受け入れ、マーケティング(顧客視点)と組織マネジメント(社内視点)の両面から方向性を検討しましたが、残念ながら黒字化する新商品や新事業の創造は難しいという結論に至りました。

 そして、社長は現業からの撤退を決断、事業譲渡に動き始めました。私は、その業界に詳しいわけでもなく、社長も現場から離れて久しく有力な譲渡先は議論しても出てきませんでした。

 私は「従業員に聞いてみてはどうですか?」と社長へ提案し、早速社長は社内の営業担当にヒヤリングしました。すると「競合のA社が当社取引先を欲しがっている」という情報を掴み、社長は面識のあるA社社長へ電話をかけ自社の事業ごと譲渡できるか可能性を聞いたところ、「条件次第だが可能性はある」との返答を得ました。

 私は、社長や役員、営業担当にA社の業績推移や財務状況の推測を依頼し、出てきた情報から譲渡条件を皆さんと議論し固めました。内容は先方の意に沿うものになっており、1回の交渉で譲渡内容と価格の大枠が決まりました。

 その後、社長や従業員と共に取引先と製造ラインの移管、残設備の処理等を進め、現業撤退を決めてから僅か8カ月で譲渡は完了。社長は「組織がこれだけ一丸となって動いたのは、私が社長になって初めてだと思います。事業譲渡は難しいと思っていましたが、従業員の協力があったからスムースにいきました」と嬉しそうに話されました。

新規事業担当を外部から採用するベンチャー社長

 エグゼクティブ人材紹介会社の知人から、急成長するベンチャー企業の社長を紹介された時のことです。社長はアイデアに溢れ、様々な新規事業の構想を初めて会った私に熱く語ってくれました。そして「いま新規事業を担当できる人材の採用を積極的に行っています」と言われました。

 私が「いまの従業員の中から選抜し、新規事業プロジェクトを推進することは考えないのでしょうか?」と社長へ質問すると、「現従業員はそういう目的で採用していないので無理だと思います」と答えました。現業と全く異なる分野での事業立ち上げであれば、外部に知見を求めるのは分かりますが、現業で培った強みを活かした新商品や新事業であるならば、現業務や組織に精通している人材を活用する方が成果は出やすいものです。

 私は、経営方針に納得がいかないと気になる性格で、その社長へ「試しに社内人材でプロジェクトを作ってみてはいかがですか?」と提案しましたが、社長は自分のやり方が正しいと言わんばかりやんわりと断りました。この話についてはここで終わり、その社長と別れました。

 後日、人材紹介会社の知人と話す機会があり、そのベンチャー社長の話題になりました。知人は「仕事柄、新規事業を担えそうな人を何人か紹介してきたけれど、成果を上げられず全員半年以内に辞めてしまっている。あの会社に必要なのは社内人材を活かすことじゃないかと思い、君を紹介したのだけれど社長の意思は変わらなかった」と言いました。

 その数年後、急速に従業員を増やしたものの新規事業は生まれず、その間に現業の売上が下がり始め結果大幅なリストラを断行することになりました。

「従業員もできるはず」と組織に顧客創造を丸投げする創業社長

 創業10年で売上50億まで伸ばしたネットサービスの創業社長から相談を受けたときの話です。彼は非常にバイタリティがあり、寝る間を惜しんで仕事をしていましたが、「自分と同じように新サービスを生み出せる従業員を育てるにはどうしたらいいものか?」と悩んでいました。

 社長に「どのような育成をされているのですか?」と質問すると、「リーダーを決めて取り組ませるようにしています」と答えました。私は「それではリーダーが動かないことや、思ったようなアウトプットが上がってこない、現業を優先し新しい取り組みがウヤムヤになるといったことは起きていませんか?」と聞くと、社長は「全くその通りです。どうして分かるのですか?」と言いました。

 新商品や新規事業開発といった不確実性を伴う仕事は、現業を回す業務とは別の頭の使い方や人の巻き込み方、仕事の進め方が求められます。また、現業で成果を上げている人材が、顧客創造で成果を上げられるとは限りません。

 つまり、顧客創造に取り組む場合には、テーマ設定や人選、頭の使い方、会議のやり方、プロセスの進め方等を綿密に設計しコントロールしなければなりません。また、顧客創造の時間は、日々の仕事や現業の問題、従業員や家族等に奪われやすい側面を持っています。スキルと強い意思を持って推進する機能が必須です。

 社長にこのことをお伝えしたところ、「自分がこれまでやってきたから、やる気や現業で成果を出してきた従業員に任せれば出来るだろうと思い込んでいました。冷静に考えると、自転車の乗り方を教えずに自転車に乗ってみろと言っているようなものです」と自省されました。

 そこで、私が推進役となり新サービス開発プロジェクトを推進しながら従業員を育成することを社長に提案し、快諾されました。その後社長とサービスの開発方針を整理し、それに沿って答えを出せるメンバーを社内から選抜し、思考の役割分担やチームディスカッションのやり方、アウトプットの作り方等を伝え、プロジェクトをスタートしました。すると、これまで新商品開発をストレスに感じていた従業員から、「考えてアウトプットすることに専念でき、またメンバーからのアイデアを聞くことでとても学びになる」という声が出てきました。

 私は現業に負担を掛けないよう、メンバーの仕事の状況や使える工数をこまめに確認しながらディスカッションとアウトプットを重ね、予定通りの半年でサービスをリリースしました。利用ユーザーは当初想定より下回りましたが、メンバーと定期的に検証改善を繰り返し、1年で目標をクリアしました。

 後日、社長から「キチンとした推進役が社内にいれば、新サービスが生まれることは大きな気付きでした。従業員も楽しそうに取り組んでいました。本来は、社長である私が行うべきことだと思いますが、今回は高橋さんの力をお借りしました。今後は顧客を創造する推進役の育成に力を貸してください」と言われました。

社内推進役「Business Director」は組織の能力を引き出し顧客創造するキーパーソン

 実際に私が経験した3社のケースをお話しましたが、顧客創造できる企業とできない企業を分かつ点として、組織を体系的に顧客創造へと導く社内推進役の有無が挙げられます。

 これまで、業界業種問わず100以上の企業で顧客創造の推進役をしてきた私の経験から申し上げますと、多くの日本企業、特に中小企業では社内推進役が育っていない現状があります。その理由は単純で、これまで既存事業で売上利益を稼ぐことが優先され、顧客創造に挑戦する機会を後回しにしてきたからです。

 しかし、人口減少や少子高齢化が進む日本では、顧客創造に挑戦する企業にならなければ事業継続は難しいでしょう。そこで、次回は顧客創造に取り組む企業の事例を元に「社内推進役」の機能役割について解説します。

筆者プロフィール

高橋輝行・KANDO代表
高橋輝行(たかはし・てるゆき)会議再生屋。1973年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科を修了後、博報堂入社。教育エンタメ系企業の広告、PR、ブランディングを実施する。その後ベンチャー企業を経て経営共創基盤(IGPI)にて企業の経営再建を主導。2010年KANDO株式会社を設立し、会議を使った価値創造の組織マネージメント手法を開発。桜美林大学大学院MBAプログラム非常勤講師、デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所客員研究員。著書に『ビジネスを変える! 一流の打ち合わせ力』(飛鳥新社)、『頭の悪い伝え方 頭のいい伝え方』(アスコム)、『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)がある。