トヨタ自動車と日産自動車が、電気自動車(EV)生産拡大に向けた巨額投資を相次ぎ発表した。トヨタは2030年までに4兆円を、日産は今後5年間で2兆円を投資する。背景には世界的な脱炭素化に向けた流れや環境規制の強化があり、投資の成否は両社の命運を分けそうだ。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)
脱炭素全方位戦略からEVに舵を切るトヨタ
トヨタは2021年12月にEV戦略に関する説明会を開催。豊田章男社長が、EVに関して、30年までに30車種を投入し、同年の世界販売台数を350万台とする計画を発表した。トヨタはこれまで、EVとFCV(燃料電池車)と合わせて200万台という計画を掲げていたが、大幅に引き上げる。
また、高級車ブランド「レクサス」は、30年までに欧州、北米、中国で、35年までには世界で全車種をEVにするという。22年以降にまず「RZ」というEVを投入する。EVの〝弱点〟の一つは搭載する電池のコストにより販売価格が抑えにくいことだが、ブランド力がある高級車は受け入れられやすい。ドイツのアウディは26年までに、メルセデス・ベンツは30年までにすべての車をEVにする計画。まずは高級車の分野からEVの販売競争が激化する可能性があり、トヨタの中でレクサスの役割は大きいと言えそうだ。
東京都内で開かれた説明会の会場には、トヨタの本気度を示すように、16車種のコンセプトモデルのEVが展示された。既に発表済みの「bz」シリーズからは、SUV(スポーツタイプ多目的車)である「bz4X」など6車種が登場。スポーツカーやピックアップトラックなど、多彩な顔触れを揃えていた。
この目標を達成するために、30年までに車載電池向けに2兆円を投資する。これは、従来計画から5千億円多い。車両開発を含めると、EVに4兆円を投資するとぶち上げた。トヨタがEVのみの投資枠を公表するのは初めてで、事業構造を転換する姿勢が鮮明になった。
これまでのトヨタの電動車戦略は「全方位」。EVだけでなくFCV、同社が市場を切り開いたハイブリッド車(HV)などのラインアップを揃え、消費者に選んでもらうという姿勢だ。豊田社長は会見で「国ごとにエネルギー事情は異なる。武器はフルラインアップだ」と、全方位戦略を続ける姿勢を強調した。全方位の中で、これまでよりも各段にEVへの比重を大きくするということだ。
トヨタはこれまで、EVの市販車投入には慎重で、「出遅れている」と指摘されることもしばしば。豊田社長がドライバーとして水素エンジン車をアピールするなど、内燃機関へのこだわりが強い。
背景には、エンジン車で3万点とされる部品点数がEVでは2万点に減るとされ、多くの部品メーカーが収益減で苦境に陥りかねないという事情もある。何より、エンジン車やHVの製造・販売で世界有数のメーカーになったトヨタにとって、過去の成功体験を捨てることは容易でない。
11月の日本自動車工業会会長としての会見では、直前に英国で開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)についての質問に答え、「一部の国からは、35年ZEV(ゼロエミッション車=電気自動車など二酸化炭素を全く排出しない車)100%化コミットを求める動きもあった。こういう意見が一部の国にとどまったことは、日本政府のリーダーシップで、現実的かつ持続可能な選択肢の道に一歩進めた」と評価。EVなどへの早急なシフトには反対の立場だった。
トヨタの気候変動対策に環境団体の厳しい目
豊田社長は一転、「今までのEVには興味がなかったが、これからのEVには興味がある」と強調。トヨタがEVへの巨額投資を発表した背景には、世界的な脱炭素・EVシフトの流れがある。欧州はもともと環境への意識が高い。中国は、電池を含む自国のEV産業を振興させる戦略に基づき、世界でのEVシフトを後押しする立場だ。米国は、トランプ前大統領はパリ協定を離脱するなど、脱炭素をむしろ敵視していたが、現在のバイデン大統領はこれを修正し、「グリーン・ニューディール」を掲げる。こうした中、日本も20年10月に菅義偉首相(当時)が50年に実質的な二酸化炭素排出量をゼロとするカーボン・ニュートラル達成を目指す方針を打ち出した。
消費者に幅広い選択肢を提示するというのがトヨタの姿勢だが、各国政府が補助金などでEV販売を後押することで、EVが環境車の本命になる公算が大きくなってきた。全方位という構えを保ちながら、急激なEVシフトが起きても対応できるようにしたというのが今回発表した巨額投資の狙いとみられる。
車の世界販売台数でみるとトヨタの10分の1にすぎないEV専業メーカーの米テスラが、時価総額ではトヨタを上回って推移している。これは、株式市場がEVの将来性を高く見ていることの証左と言える。また、脱炭素の流れに逆らうと見られれば、企業イメージにも負の影響を与えかねない。環境団体のグリーンピースが世界の自動車大手10社の気候変動対策について、トヨタを最下位と評価した。
350万台はスズキの年間世界販売台数にも匹敵する数だが、20年にトヨタが世界で販売した950万台に占める割合は4割弱。引き続きEVに消極的だと指摘される可能性もあり、豊田社長は説明会で、「350万台、30車種でも前向きでないと言われるなら、どうすれば前向きな会社だと評価いただけるのか、逆に教えてほしい。パーセンテージではなく、絶対台数を見ていただきたい」と訴えた。
リーフ発売から11年の日産は電池技術に自信
一方の日産は、21年11月に長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を発表した。その内容は、26年年度度までに電動車に約2兆円を投資。30年度までに15車種のEVを含む23車種の新型電動車を投入し、世界販売に占める電動車の割合を50%以上に引き上げる。さらに、各社が実用化に向けてしのぎを削る次世代の「全固体電池」の技術開発に注力。量産に向けて1400億円を投資する。24年度に横浜工場に試験的な生産ラインを立ち上げ、28年度までには全固体電池を搭載したEVを発売するというものだ。
電解質をリチウムイオン電池のような液体ではなく固形の物質とする全固体電池は、熱に強く、充電時間が短いのが特徴だ。安全性が高ければ大容量化することで電池の性能を高めることができる。冷却装置を簡素にすることもできるため、軽量化も期待できる。トヨタも実用化を目指しており、車載電池の切り札として、開発競争が激しくなっている。長期ビジョンの発表会見で内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)は、「目標は、エネルギー密度が現在のリチウムイオン電池の2倍、充電時間は3分の1に短縮することだ」と話した。
日産は、会社法違反などで逮捕・起訴され、レバノンに逃亡したカルロス・ゴーン氏が経営トップだった10年に、世界初の量産EV「リーフ」を発売した実績がある。内田社長は、「全固体電池の自社開発に自信があるのは、リーフ発売から11年間、市場に安全な電池を送り届けてきたからだ」と強調。電池に関する技術への自信を示した。
EVの先駆者である日産だが、足もとではテスラや中国メーカーに差をつけられており、ゴーン前会長が掲げた「EVリーダー」は見る影もない。だが、ゴーン前会長逮捕後の混乱の収束を担う内田社長のもとで22年に発売する次世代EV「アリア」には、四輪駆動技術「eフォース」を搭載。モーターの駆動力やブレーキをきめ細かく制御することで、滑りやすい道でも滑りにくく、急なカーブでも安定した挙動を保つことができるという。これまでは、エンジン車にはない利点を見いだしにくかったが、アリアのようなEVが増えれば消費者の見方も変わっていく可能性がある。
また、日産は企業連合を組む三菱自動車と共同で、22年度の早い次期に軽自動車のEVを発売する方針。1日に走る距離が短い場合が多いEVは、地方都市で通勤などに使われる軽との相性がいいという指摘もある。もちろん、電池を搭載することによるコスト高が最大の課題だが、販売価格を下げ、手頃に選べるEVが出てくれば、日本国内での普及を後押ししそうだ。軽そのものは国内独自の規格だが、小型EVの技術を磨くことは今後の競争でも重要になりそうだ。さらに日産は昨年末に住友商事などと組み、自治体向けに脱炭素化支援を行うことを明らかにしている。
米テスラは、独ベルリン、米テキサス州と次々に新工場を建設し、順調に生産台数を増やしていく見通し。一方、独フォルクスワーゲンや米ゼネラル・モーターズも、数十種類のEVを投入する計画で、EVの新型車による競争の激化は必至だ。
電池の獲得競争も重要になる。トヨタの投資額4兆円のうち2兆円が電池向けなのは、EVにとって〝心臓部〟であるからだ。それでも、確保できるのは年間280ギガワット時。先行するテスラは30年に3千ギガワット時の確保を目指すという。
トヨタや日産は、HVなどで培った技術で挑む。豊田社長が「正解はない」と繰り返したように、例えば水素の流通コストが劇的に低下し、EVの「次」とみられているFCVや水素エンジン車の需要拡大が早まる可能性も否定できず、環境車に関する将来の技術革新の行方は、誰にも読めない。市場のニーズや消費者の動向だけではなく、脱炭素を目指す政府の取り組みなど、さまざまな要因が重なり合う。自動車王国と言われた日本を代表する両社だが、次世代の競争で勝ち残ることは容易ではなさそうだ。