経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「米軍基地内の感染拡大を機に地位協定の本格的議論を」―石破茂(衆議院議員)

年末から年始にかけて在日米軍基地の感染者拡大が深刻化した。玉城デニー沖縄県知事は「基地内での感染に関与できない。日本が関与できないのは地位協定の問題」と怒りのメッセージを出した。岸田文雄首相は「水際対策の徹底」を自賛したが、米軍基地や地位協定は大きな穴だった。この問題を重要視しているのが石破茂元自民党幹事長。政治が取り組むべき新型コロナ対策は対処療法的な政策だけでなく、地位協定や日米安全保障、さらには集団的自衛権の議論も必要と訴えている。(『経済界』2022年4月号より加筆・転載)

石破茂・衆議院議員プロフィール

石破茂
(いしば・しげる)1957年生まれ、鳥取県出身。慶応義塾大学卒業後、三井銀行に入行。86年衆議院議員に全国最年少で初当選。現在12期目。防衛庁長官、防衛大臣、農水大臣、自民党幹事長を歴任。2014年初代・国務大臣 地方創生国家戦略特別区域担当。

新型コロナ対策には医療法の改正も必要

―― これまでの政府の新型コロナ対策をどう見る?

石破 政府としてできる限りの対策を進めているとは思いますが、私は、今後は免疫力を高める方策も新型コロナ対策の柱に据えて広めていくべきだと思っています。ウイルスが鼻や口に入れば「陽性」、そこから細胞にウイルスが入ると「感染」、症状が出ると「発症」となる。そして、重篤化し最悪の場合は死に至るということもあるわけですが、重要なのは「感染」しても免疫力が勝てば「発症」はしないということ。

 ずっと家にいて鬱々としていれば、どんどん体力は落ち、免疫力も下がります。これを避けるため、マスクや手洗いなどの対策の上で、健康に過ごし、免疫力を高める行動を推奨する方向を目指すべきだと思います。いま世に言う感染者というのはPCR検査で陽性になった人たち、つまり陽性者であって、このかなりの部分が免疫システムで撃退できることを知ってもらう。ただ陽性者の数が増えていることだけで不安が増幅するのは良くないと思います。

―― 医療体制についてはどうか。

石破 人口当たり世界最大の病床数を持っている日本であっても、医療崩壊や逼迫が起きている現実があります。それは平時の医療体制から有事のそれに切り替える仕組みが十分ではないからです。コロナを診療する能力のある大きな病院を一時的にコロナ専門とし、他の入院患者を地域の他の中小病院に移転する。あるいは重症者受け入れ病院と中等・軽症者受け入れ病院とを分ける。今でもこの有事体制への切替を行っている地域はありますが、全国的に行うためには行政に一定の強制力を持たせることと、補償の仕組みが必要で、医療法の改正も考えるべきだと思います。

―― 医療法だけではなく、保健衛生法や特措法も改正が必要では。

石破 そうですね。本来、医療機関はそのコストの多くを税金と社会保険料で賄っており、消防署や警察署と同じような公的インフラとと捉えるべきではないでしょうか。そう考えれば行政が有事の医療資源の配分にある程度責任を持つべきですし、これからの感染症に備える上では法改正など根本的な議論が必要だと思います。

不公平な地位協定の根幹に集団的自衛権の問題

―― 在日米軍基地の新型コロナ感染は沖縄、山口、広島と感染拡大の要因になったが、これも根本的という視点で言えば日米地位協定の議論に発展させるべきではないか。

石破 今のところ予算委員会で野党から2、3回質問がありましたが、議論は深まっていません。日米地位協定の第9条で在日米軍の軍人・軍属および家族の出入国は日本の法律の適応外となっており、そこには検疫も含まれます。外務大臣が抗議して運用を改善しても、それを検証する手立てはありません。私が防衛大臣を拝命していた時にも、米軍の航空機が決められたルートを飛行しないことがありました。これもその時に日米間で交渉して、ルートの合意ができました。

―― 問題が起きたそのときだけ対処するのか。

石破 私のときに限らず、何か事態が起きるたびに交渉し対処する、ということの繰り返しですが、そのとき決着してもその後遵守されているか検証する手立てがない。今回の新型コロナの基地内感染は大きな問題ですから、これをきっかけに地位協定全体を見直すべきなんじゃないかという議論が巻き起こってもいいはずです。

―― アメリカは昨年9月から、米兵やその家族などが日本に来る際、PCR検査を止めていたことが明らかになった。日本政府は地位協定改定までなぜ言わないのか。

石破 地位協定本体の改定ではなく、運用の改善で対処するという基本方針がありますからね。そもそも地位協定も、独立したものではなく、日米安全保障条約とのセット。日米安全保障条約とはそもそも何なのかという問題まで行き着く話になるわけです。日米安全保障条約は当事国が日本とアメリカの2カ国です。

 アメリカはオーストラリア・ニュージーランドとのANZUS(アンザス)、米韓相互防衛条約、NATOなど、いろんな国と安全保障条約を結んでいますが、日本以外との同盟関係はお互いに履行すべき義務の内容が同じです。つまり、アメリカも他国も、お互いに守り合う、という内容です。しかし日米だけは全く違います。日本は、アメリカが攻撃されたら助けに行きますよとはなっていない。日本に集団的自衛権の制約があるからです。アメリカは日本防衛の義務を負う、日本はアメリカを防衛できない、じゃあその代わりに日本の領域内に米軍の基地を置いていいです、ということになっているのです。

―― 一見不公平な地位協定の根っこには、日米安保や集団的自衛権の問題がある。

石破 そうです。そもそも日米安全保障条約において、お互いが履行する義務が違っているんです。米軍基地を置くのは条約上の日本の義務という立て付けになっている。地位協定について、同じくアメリカの同盟国であるイタリアでもドイツでも改定したじゃないかという意見もあります。しかしNATOは「守り合う」同盟であって、基地の提供は義務ではありません。

 もちろん、条約上の義務の内容が同じでないからといって交渉ができないはずはありませんから、新型コロナ対応で日本側からアメリカ側に国内法令と同等の対応を要求するのは当然のことです。しかし根本的な議論としては、集団的自衛権の行使を前提に「守り合う」同盟になってはじめて、効果的な地位協定の見直しに着手できるということになるのではないでしょうか。

集団的自衛権が行使できず独立主権国家と言えるのか

―― 安全保障議論を発展させるのは政治の責任ではないか。

石破 そうなんです。地位協定の問題も根本は集団的自衛権に行き着く、だから議論を深めよう、という人はあまり多くはありません。私は以前から、米軍基地に反対している人たちこそ、集団的自衛権の行使を認めるべきだと説明してきました。そうすることで初めて米軍基地をなくす権利を手にできるからです。あえて言えば、日本が条約上の義務として他国に領域を提供している限り、それは独立主権国家と言いえない部分を留保してしまっている、と思っています。自国の領土は国家主権の核心なのですから。

―― 独立とは程遠い?

石破 先日、自民党の安全保障の勉強会でロシアの外交姿勢について有識者を招いて話を伺いました。そこで小泉悠先生が述べられたのは、プーチン大統領は今の日本を完全な主権国家とは見ていないということでした。北方領土をもし日本に返還したとして、そこにアメリカが基地を置くと言った時に日本はそれを断れるのか、という発言が、以前プーチン大統領からあったそうです。ロシアにとって北方領土は、地政学上、核ミサイル配備などの抑止力の維持に必要な地域だ。だが日本は、アメリカに基地を置かせないという約束はできない。それは完全な主権国家とは言えない、と。

―― 日米関係のあり方が、日本のすべての外交に影を落としている。

石破 これまで日本も何もしてこなかったわけではありません。海部俊樹政権のときにペルシャ湾に掃海艇を派遣し、村山富市政権のときに新ガイドラインを締結して、憲法の範囲内で、日米間や国際的な枠組みで日本ができることの範囲を広げてきました。

―― 少しずつかもしれないが進んできたと。

石破 私は安倍(晋三元首相)先生が手掛けられた、限定的に集団的自衛権を認めるという内容の平和安全法制は、一歩前へ進むという意味で評価されるべきと思っています。でも、そもそも私は憲法9条で集団的自衛権の行使が制限されるとは思っていませんし、民主党から政権奪還したときの自民党の憲法改正草案でも、集団的自衛権は憲法上の要請ではなく政策的選択であると整理し、それを掲げて自民党は政権に返り咲いたはずです。この点は政治家として責任をもって議論をしていきたいと思っています。また、限定的に集団的自衛権を認めたわけですから、地位協定の改定も議論されてしかるべきだと思います。

石破茂

日本の国内法に対するアメリカの疑念

―― 岸田政権にはこうした問題に取り組む空気はあるか?

石破 そこはこれからの議論だと思いますが、外務省はそもそも後ろ向きだろうと思います。

―― このまま日米安保や地位協定は変えられないのか?

石破 地位協定はアメリカに都合のいいようにできているように見えますが、アメリカが日本の国内法を完全には適用させない理由の一つとして、被疑者の人権が確保できないことを挙げています。例えば、いわゆる「代用監獄」の問題。留置所を刑事施設の代わりのようにして未決拘禁を行うのは世界で日本くらいだと批判されています。取り調べの過程が不透明だったり、弁護士がつかなかったり、被疑者の人権が守られていないことについては国際機関からも常に指摘されていますが、改善されているとは言い難い状況にあります。

―― そうした部分は日本国内で法改正できるし、それが地位協定見直しにもつながるはず。

石破 また、全く別の視点として、仮に在米日本自衛隊、つまりアメリカ本土に自衛隊の部隊を駐留させることができれば、その取扱いと在日米軍の取扱いとは同じ内容になるべきです。グアムでもテニアンでも、日本の自衛隊が訓練する基地をアメリカに置いたとすれば、そこでも在米自衛隊に適用される地位協定と、沖縄など日本にある米軍基地における地位協定は同じにならないとおかしいですよね。そこで初めて、「対等な」地位協定の議論ができます。この案も10年前から言い続けているんですが。

―― 集団的自衛権や日米同盟など安全保障の議論は待ったなし?

石破 こういった議論を行わないと、日米同盟の安定性、継続性が損なわれる事態になりかねない。同盟が大切だと思うからこそ地位協定や、日米安全保障条約そのものの議論をすべきで、そのためには集団的自衛権の行使を認めなければならない。でもその態様については、安全保障基本法によって国会の承認も含め、非常に厳しい制約をかける、ということです。

―― 米軍基地内での新型コロナ拡大はそのきっかけでもあると。

石破 はい。根源的なことを議論する時期にきていると思っています。

岸田政権になって本格外交がまだ始まっていない中で、今後は安全保障が大きなテーマになりつつある。緊張感も高まっている。中国、台湾、ロシア、北朝鮮……。いずれも外交や交渉において日本は難しい対応が迫られるが、その背後で基軸になるのはやはり日米同盟である。その芯がしっかりしていないと日本は外交で迷走し国益すら失う。石破氏が長く提唱してきた日米同盟の議論と再構築は避けて通ってはならない。(鈴木哲夫)