FRONTEO(フロンテオ)は、自然言語処理と人工知能の研究成果を応用したAIエンジン「KIBIT」(キビット)を軸に、フォレンジック調査・国際訴訟支援領域で事業を開始し、その後、ライフサイエンス・ビジネスインテリジェンス(金融・建築・製造分野)・経済安全保障等に広く展開してきた。防衛大学校、海上自衛官の経験を経て産業界に転身した守本正宏社長に、先端企業ゆえの悩みを聞いた。
会社の成長と人材の成長そのギャップに悩んできた
―― 独自開発したAIエンジンを生かした事業が好調ですね。
守本 お陰さまで2003年の創業以来、成長を続けることができています。しかし、すべてが順風満帆ということはありません。特に07年のマザーズ上場後からは、企業としての成長と、人材の成長スピードのギャップをいかに埋められるか、常に試行錯誤してきた15年間でした。
会社は、周辺環境や技術レベルなど、外部の要因に引っ張られて急に成長することがあります。例えば株価がポンと上がって時価総額だけが上昇したりしますよね。ところが、組織を構成する人材の成長は、そんなに簡単なものじゃない。正直に言えば、今でも「これだ!」という育成方法の正解にはたどり着いていません。常に探っている状況です。
―― 成長とは何でしょうか。
守本 すごくざっくりと言えば、今までできなかったことができるようになること。会社なら、10億円だった売り上げが、30億円になる。利益率が伸びる。マーケットシェアが広がる。新規事業を成功させる。人の場合は、新しいスキルが身につく。同じ作業が短時間でできるようになる。こうしたことが成長だと考えています。
会社は人が組織しているものですので、会社の成長と同時に中にいる人間も成長はしている。しかし、成長の幅や速度にどうしてもギャップが生まれてしまいます。常に私は、組織と人材の成長レベルの間に空洞ができてしまうイメージがあり、何とかできないかとずっと悩んできました。
われわれのような先端技術で勝負する企業は成長速度を緩めるわけにはいきません。そのためどうしても構造的に人の成長が遅れがちです。
―― AI企業ゆえの悩みでもあるわけですね。
守本 そうですね。われわれの場合は事業そのものがユニークなので、極端に言ってしまえばこの世界のどこを探しても前例がありません。企業の成長と同時に、まさにこれからスタイルも作り上げていくステージです。成功への道筋を作るのはゼロからイチを積み上げていくことであり、うまくいかないことの方が圧倒的に多い。よほど精神的にタフじゃないと成し遂げられません。
厳しい状態が続くと、人間には防衛本能がありますから、後ろ向きな考えになったり、無責任な態度をとる人も出てきてしまいます。その空気はやがて周囲にも伝播し、組織全体の雰囲気が悪くなる。本当に悩ましく、難しいですね。
逃げない、やめない、努力する幼少期の体験が指針を作った
―― 守本社長自身が投げ出したくはならないですか。
守本 うーん、そういう気持ちが全くないわけじゃないですよ。自衛隊から産業界に転身し、自分で会社を始めた時も、それまでの経験や能力が全く通用しなくて、正直なぜ起業しちゃったんだろうって、弱気になる時もありました。
ただ、自分には原体験のようなものがあって、幼稚園に通いながらオルガンを習っていたんです。でも、全然上手ではなくて、好きにもなれなくて、ある日突然行くのをやめてしまった。その時、親から「途中でやめるのだけはいけない」と強く叱られました。この言葉が強烈に意識に根付いており、人生の行動指針になっています。まぁ、ある意味で刷り込みですよね(笑)。
でもこの体験のお陰で、その後も厳しい環境へ挑んでいく癖が身につきました。中学校ではバスケットボール部に所属したのですが、本当にスパルタで、地元でも特に厳しいと評判の部活でした。その後も防衛大学に進学し、自衛隊に入隊。一般的に厳しいとされる環境に身を置いてきた人生ですが、幼少期の体験のお陰で逃げずにやり切ることができました。
これは社長としての姿にも通じています。私には経営者としての師匠がいるのですが、その方は防衛大学の先輩で、東証一部上場企業の創業者でもある。その方に、起業後にお会いした時に、「お前は逃げない人間だから支援する」と言ってもらったことがあります。人となりを評価してもらえたのは大きな自信になりましたし、社長というのはとにかく逃げたらだめなのだと教えられた気がしました。
私自身が逃げずに挑戦できる要因としてはもう一つあって、それは成功体験です。これも子ども時代の話ですが、小学生の時、地元の野球クラブに所属していました。同級生たちより少し遅れてチームに入ったこともあって、最初はなかなかレギュラーになれなかった。それが悔しくて素振りや壁当てなど努力をしました。その甲斐あって、キャプテンを務めることができた。小学生ながらに、あぁ努力って報われるんだなって、強く実感した経験でした。
人が成長する要因にはいろいろな要素がありますが、一番大きなものはこうした成功体験だと思います。失敗が人を育てるという言葉もありますが、ある意味で失敗は誰しもが経験するものです。一方で成功体験はなかなかできない。だからこそ価値があるし、人は成長するのだと思います。
―― 他人に成功体験を積ませることはできますか。
守本 人間は基本的に弱い動物ですから、逃げたくなるし、やめたくなるし、環境のせいにしたくもなる。そういう生き物だと理解した上で、それらを乗り越えて成功体験を積ませるのは簡単なことではありません。かなり緻密にマネジメントをして成功まで導いてあげないといけない。
これは導く方にとっても、かなり大変な作業です。人って誰しも他人に介入するのは嫌ですよね。厳しく接するよりも、褒めている方がずっと楽です。でも、もし当人が大きなチャンスを逃してしまったら、それこそ当人にとって不幸です。いい顔したい気持ちをぐっとこらえて、何とか成功させてあげないといけない。
ビジネスは血を流さない戦いだと、私は思っています。軍隊で隊員が戦場に赴く前に何度も何度も血のにじむような訓練をするのは、ひとえにその人を生かすためです。すべての隊員を無事に帰したいから、だからこそ厳しく指導をするんです。
人材育成の肝は粘り強く接すること
―― 時代の雰囲気はドライな関係性が求められている感じもします。
守本 そういう時代ですと言ってしまえばそれまでです。ただ、人を成長させようと思うのならば、成長してほしいと心の底から願うのならば、ある程度の粘り強さは失ってはいけないですよ。もちろんハラスメントなど時代の変化に合わせてルールはきちんと守るべきですが、新しいルールの中でも接し方は模索できるはずです。
一度成功体験を味わった人は、次に困難な状況に直面した時、どこまで苦しめばいいのか実感として分かるようになります。それが強さになる。闇雲に高い壁に挑むよりも、見通しが立つ分だけ余裕も生まれますよね。集団の中にそういう人がいると、今度はその姿を見て後に続く人も現れる。こうなれば組織にとって良い循環です。集団全体が自然と高みに向かっていくと考えています。
―― 企業としてもさらに成長できるということですね。
守本 そう思います。ですから何とか好循環を生み出したい。われわれは独自開発したAIエンジンを使った訴訟支援や創薬支援を行っていますが、AIに対するニーズはこの先もっと高まっていきます。そして、やがてハッキリと産業の地図を塗り替える。これはインターネットの普及によってビジネス環境が不可逆的に変わってしまったのと同じことです。より大規模な変化が、AIの普及でも起きると信じています。
AIをビジネスで活用するにあたって、人材レベルの差は成否に大きく影響します。単純に既存事業にAIを導入するだけならば、大手企業やIT系の企業でも可能だと思います。しかし、AIが導き出すアプローチは、既存事業に精通した人たちのやり方と異なる方法論であることが多く、一見すると既存の専門領域を侵しているような受け止められ方をされがちです。すると、従来の方法で事業に取り組んできたプロパーの方々は、AIに対して拒否反応が出てしまうことがあるかもしれません。
われわれは社会課題を解決するためにAIを開発し、実装してきた会社です。だからこそ、ドメイン(業界)のエキスパートに加え、AIを専門にする人材をそろえ、その技術を磨き抜き、AIファーストの戦略をとれる。引き続き会社として成長を続けるためにも、人材が成長できる環境を試行錯誤していくつもりです。
―― AIが産業地図を塗り替える時、日本企業は世界で戦えますか。
守本 われわれは北米市場において、いわゆるリーガルテックの領域で戦っていますが、少なくとも技術的に劣るなんてことは一度も思ったことがありません。従来、モノづくりや機械、素材の分野で日本人の技術力の高さは世界から称賛されてきましたが、AIの分野でも十分に勝負できると思います。
歴史を振り返れば、日本は敗戦の衝撃を引きずりながらも高度経済成長を実現させました。まだ敗戦国としての傷は完全には癒えていなかったかもしれませんが、国に活気があったのは間違いないでしょう。
それからバブル崩壊を経験し、失われた30年がありました。ある意味で、元気や自信を失ってしまった。けれど、時間の経過とともに、新たな世代が育っています。そうなれば国や社会のメンタリティは変化する。当然、技術も進化する。これから拡大する新しい産業領域において、日本という国が成功体験を積み、自信をもって戦っていくためにも、私たちが成功事例になりたいと思います。日本はまだまだ成長できる。そう言っておきたい、若い世代への期待とエールを込めて。