【連載】NFTが変える経済とビジネス
今回からNFTやメタバースなど最近話題になっているテーマについて連載することになりましたITビジネスコンサルタントの足立明穂です。IT業界に長くいたからこそ分かるこれからの社会の変化を、専門の技術用語など使わずにお伝えしていきます。まずは、NFTとは何かについて数回にわたって説明します。(文=足立明穂)
足立明穂氏のプロフィール
楽天やLINEもNFT事業に相次ぎ新規参入
楽天は2022年2月25日に、LINEは4月13日に、それぞれNFTが売買できるマーケットプレイスをオープンしました。メルカリも年内開始と発表しています。これらの企業は、まずは芸能人やスポーツ選手のデジタル写真や短い動画をブロマイド写真のようにNFTとして販売します。野球カードやポケモンカードのデジタル版のようにして、数千円から手軽に購入できるようにしています。
これだけだと、なんとなくエンタメ関連のビジネスしか関係ないように思えてしまいます。また、消費者としては10代から20代の若い人が使うだけで、それ以外の世代を相手にしているビジネスには無関係、特に企業間取引ではNFTなんて無縁だと判断してしまいそうです。
しかし、NFTはさまざまな業種・業態へ応用できる技術であり、社会を変える可能性を持っています。エンタメ業界以外でも、食品企業や不動産企業も既に動き始めています。今回は、その根底にあるNFTが何を変えたのかを考えていきます。
経済は希少性がなければ成立しない
ビジネスでは当たり前すぎることですが、希少性がなければ商売になりません。例えば、空気を売ろうとしても、あなたの周りに空気が手に入らなくて困っている人など見たことないでしょう。どこにでも空気はあるし、呼吸するのに困ることなどないからです。
しかし、同じ空気でも海に潜るダイバーにとっては、とても価値のあるものです。水の中では空気の希少価値が高いので、タンクに詰めれば売れる商品になります。実際にある「富士山の空気の缶詰」という商品をご存知でしょうか? 500円程度で販売されていて、どこにでもある空気ではなく、「富士山」と地域を限定したことで希少性を持たせています。
ミネラルウォーターにしても、30年前はお金を出してわざわざ水を買うなんて考えられませんでした。それが今や、18年から3年連続で清涼飲料水の販売数第1位となっています。消費者が健康志向や災害時の備蓄の観点から、水道をひねればいつでも出てくる水とは違う希少性を求めるようになったのです。
このように、どのような切り口であっても希少性がなければお金を出して買う人はいません。しかし、これがデジタル・データ(画像、動画、音楽など)の販売を難しくしているのです。
簡単にコピーが増やせるデジタル世界のジレンマ
コンピュータが広がり、インターネットがどこでも使えるようになって、今やだれもがスマホを持っている時代。そのスマホも「スマートフォーン」という電話としてよりも、LINEなどSNSでやりとりするツールとしての利用がメーンになっています。そもそも、音声通話もデジタルに変換して送信されているのです。そうやって、あらゆるものがデジタル化される時代になりました。
そんなデジタルの大きな特徴の一つが簡単にコピーできることです。あなたがスマホで撮影した風景画像をTwitterにアップすれば、多くの人がスマホやパソコンで見ることができます。もちろん、あなたのスマホ内の画像は消えたりしません。画像データがインターネットを経由して世界中に送られていくのです。あっという間に多くのスマホに表示され、シェアされ、大量のコピーが出来上がります。
これは先の希少性とは真逆の現象が起きていると言えます。デジタルの世界ではコピーが短時間で大量に作られるので、最初が最も希少性が高く、時を経るごとに希少性はどんどん低くなります。それを防ごうと映画や音楽はコピー防止技術を導入して、DVDやCDが簡単にコピーできないようにしました。
インターネット上の画像やテキストなども同様に、会員登録しないと閲覧できなかったり、パスワードを打ち込まないと開かなかったりといったプロテクションをしています。しかし、それでも画面に表示された画像のコピーを防ぐことはできません。
コピー防止技術も進化しているので、コピーされないようにすることは可能ですが、二段階認証など本人確認手続きが煩雑になれば、利用者の減少につながります。映画、音楽、画像、文章などは、多くの人に知ってもらってこそ価値が上がるので、広く知ってもらう必要がある一方で、コピーが広まると価値が下がるというジレンマを抱えていたのです。
デジタルの世界でも希少性を生むNFTという技術
ここに登場したのがNFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)。NFTは、簡単にいえばデジタルデータに「これは作者が認めたもの」というお墨付きを与え、他のコピーと区別できるようにする技術です。いわば、鑑定書のように「これが本物」「これが唯一のオリジナル」と示すことができます。
例えば野球のボールを思い出してもらえると分かりやすいでしょう。世の中には野球のボールは無数に存在します。しかし、大谷選手がホームランを打った瞬間に、大量にあるボールの中の一つが、「大谷選手が打ったホームランボール」という希少性を持つのです。さらに、大谷選手がそのボールにサインすれば、「これが本物」というお墨付きを与えます。
同じように、デジタル写真の最初のデータにNFTで「これがオリジナル」というお墨付きを与えると世界でたった一つのオリジナルデータになります。コピーされたデータには、NFTの「お墨付き」がないので区別できるようになるのです。
このようにNFTによって、デジタルの世界でもオリジナルとコピーが区別できるようになり、希少性を維持できるようになったことは大きな変化です。
事実、これまでデジタルアート作品は簡単にコピーされてしまうので、高額取引された例がほとんどありませんでした。ところが21年3月、ビープル氏のNFTアート作品「Everydays – The First 5000 Days」が75億円で落札されました。しかも、老舗のオークションハウス「クリスティーズ」で起きたことから、一夜にして世界中をこのニュースが駆け巡り、アート界が騒然としたのです。ちなみに、75億円という落札価格は、生存するアーティストの高額作品ベスト3入ります。
冒頭で紹介した楽天やLINEの例でも、NFTマーケットプレイスで扱われる芸能人やスポーツ選手のデジタル画像がコピーされたとしても、オリジナルとコピーが区別できるのでオリジナルには価値が付くことになります。ここがNFT以前と以降の大きな違いです。
さて次回は、アートから始まったNFTですがそれ以外にも応用できる、またデジタルの世界ではなく現物でも応用できるといったことを説明していきます。