経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

土地を借りるのではなく買う それが事業を成功に導きます‐モンサンクレール 辻口博啓

モンサンクレール 辻口博啓 イラスト

ゲストは、人気パティスリー「モンサンクレール」(東京・自由が丘)のオーナーシェフパティシエ・ショコラティエの辻口博啓さん。現在は地方創生事業にも積極的に取り組んでおり、日本最大級の商業リゾート施設「ヴィソン」(三重県)の運営が注目を集めています。その挑戦の先にあるものとは。聞き手=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=幸田 森(雑誌『経済界』2022年6月号より)

辻口博啓氏のプロフィール

モンサンクレール 辻口博啓
辻口博啓(つじぐち・ひろのぶ) モンサンクレール オーナーシェフパティシエ。洋菓子やショコラの世界大会で優勝経験多数。現在はモンサンクレールをはじめ、11ブランドを展開。スイーツを通した地域振興にも取り組む。

東京・自由が丘で初出店世界的パティシエに

佐藤 最初に辻口さんのご紹介を兼ねて、石川県の和菓子屋の3代目が東京でパティシエを目指し、人気店となる「モンサンクレール」を開業した背景から伺えますか。

辻口 僕が洋菓子作りに興味を持ったのは、小学3年生の時に友達の誕生日会で食べたショートケーキに感動したのがきっかけです。その後、家族の反対を押し切って18歳で上京しましたが、10年間の修業時代は大変でした。1998年3月にお店のオープンにこぎ着け、初日にお客さまから「おいしかった」と声を掛けられ、「苦労が報われた。パティシエになってよかった」と感じました。

佐藤 お店は最寄り駅から徒歩10分と離れていて、競合ひしめく自由が丘では成功しないと噂されていたそうですね。それが1年で「自由が丘の人の流れを変えた」と言わしめる人気店となり、後に海外にも出店。数々の世界大会で優勝・入賞され、現在の名声を築かれています。辻口さんのスイーツへの思いとは。

辻口 スイーツを食べる時、皆さん穏やかになりますよね。僕はお客さんがケーキを選ぶ姿や食事中の笑顔を見るのがうれしい。スイーツを通じて世界中の人々を笑顔にしたい。そのためにお客さんが期待するものを作るのは当たり前で、予想を超えるおいしいものを、心を込めて作る。素材選び、パッケージデザイン、店舗づくりにも妥協せず努力を惜しみません。世界的にも日本のスイーツは質が高いので、日本の文化として発信していきたいですね。

土地を押さえて新事業を展開。経営者目線で地方創生を先導

風景
119haの広大な敷地を有する「VISON」はスマートインターチェンジ直結(伊勢方面のみ)の商業リゾート施設

佐藤 辻口さんは以前から地方創生事業に取り組まれています。複合温泉リゾート施設「AQUAIGNIS(アクアイグニス)」(三重県菰野町)の立ち上げが2012年ですね。

辻口 はい。片岡温泉の代表から「『食』のプロデュースをお願いしたい」と相談されたのが最初で、4・9ヘクタールの敷地には片岡温泉があり、「癒し」と「食」をテーマに、飲食店や宿泊施設を併設しています。僕はスイーツ店やベーカリー、いちご農園を、他にイタリアンシェフの奥田政行さん、日本料理の笠原将弘さん、建築家の赤坂知也さんをデザインプロデューサーとして紹介して今のスタイルを構築し、年間100万人が来訪していますね。

佐藤 一大プロジェクトですね。勝算はあったのですか。

辻口 もちろん。その前に和倉温泉の加賀屋の依頼で、新しい店舗と「YUKIZURI(雪吊り)」というお菓子を作り、これが成功しました。元のお店は閑散としており「辻口さんのお店なら1日15万円は見込める」と言われましたが、実際には年間2億5千万円を売り上げました。その売り上げの一部で子ども絵画コンクールを10年ほど開催しており、優勝者と親御さんをルーブル美術館に招待しています。

佐藤 すごいですね。

辻口 この実績があったので、四日市、鈴鹿、名古屋の商圏に近い土地なら、アクアイグニス2店舗での売り上げは6億円を見込めると。

佐藤 特にこだわった点は。

辻口 アクアイグニス周辺の洋菓子店ではケーキが1ピース500円前後ですが、僕のお店では1ピース1千円でも飛ぶように売れました。これはバターやフルーツなど素材にこだわっているから。出店戦略として地域の価格帯に合わせれば陳腐化も早い。良いものを適正価格で売ることで、全国から良いお客さんが集まるという好循環を生んでいます。

佐藤 素人でも素材の良し悪しは分かりますしね。昨年は三重県多気町に「癒・食・知」をテーマとする商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」をオープンされました。私も毎年恒例の伊勢参りの折に立ち寄りましたが、広大な敷地ですね。

辻口 119ヘクタールあります。運営はアクアイグニス、イオンタウン、ファーストブラザーズ、ロート製薬の合同会社のヴィソン多気。「食」以外にアートやテクノロジーなども体感できる9つのエリアからなります。当初は多気町から「アクアイグニスの運営を」と相談されたのですが、伊勢神宮から熊野古道へと続く高速道路直結の土地を押さえればより大きな事業になると考え、ヴィソン運営を決めたのです。

佐藤 経営者目線ですね。ヴィソンには未開発の土地もありますね。

辻口 まだ半分あります。これを開発すれば周辺の土地の価値も上がります。今後は地域の神話性を生かした光のイリュージョンを循環させ、そこでヴィソンの「食」を打ち出していきたい。4月にアクアイグニス仙台をオープンし、また御殿場市でも立ち上げ準備を進めています。

佐藤 全国に広がっていきますね。

辻口 地方創生は地域の人たちに生かされるもの。多くのものが眠る土地を購入し、進むべき道を示すから成功する。巨大企業の集積では空中分解を起こすので、責任ある先頭が指揮していかねばなりません。

佐藤 ヴィソンにもまた伊勢参りの折に立ち寄りますね。

辻口博啓と佐藤有美
「パティシエという職業の域を超えた経営者目線と判断力。地方創生のモデルケースになりますね」(佐藤)