経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社内推進役「Business Director」になるための訓練と育成

【連載】「顧客創造の経営」―社内推進役「Business Director」が会社を変える(第5回)

第4回では、社内推進役「Business Director」が発揮すべきスキルについてお話しました。今回は、スキルを獲得するための訓練と育成プロセスについて解説します。

「自分の頭が整理できない…」初級推進役の試練

 以前、社内推進役になりたいという人を知人から紹介された時のことです。その人はある会社のチームリーダーでしたが、チームをうまく引っ張れず悩んでいました。

 それを聞いた私の知人が「一度、高橋さんという人に会ってみてはどうか」と勧めたことがキッカケでした。私は彼に「これから私が話すことを、そこのホワイトボードに書いてみてください」と伝え、推進役の活動について5分ほど説明したところ、彼は私の話を聞くのに夢中でホワイトボードにほとんど書いていませんでした。

 私は「私の話は理解できましたか」と聞くと、彼は「理解はできたのですが、ホワイトボードにどう書けばいいか分かりませんでした」と答えたので、私は「それは相手の話を理解できたことにはなりません」と言いました。相手の話を理解している状態とは、相手の思考についての共通認識を得ることであり、そのためには相手に何らかの手段で確認しなければなりません。私がホワイトボードに書くよう指示したのは、書くという手段を使って私が考えていることの共通認識を作れるかテストするためでした。

 後日、あるクライアントと行う会議に彼もオブザーバーで参加してもらい、会議の内容を確認するテストを提案しました。

 私は推進役として、クライアントの考えを引き出しながら、思考を整理するディスカッションを1時間ほど行いました。会議が終わった後に彼から話を聞いてみると、「まず、このような意見が出て、次に高橋さんが質問すると、、、」とディスカッションを時系列で説明し始めました。私は彼の説明を途中で遮り、「結論は何だったと思いますか」と質問すると、「そこが今一つ分かりませんでした」と答えました。

 私は彼に「あなたが推進役になるための第一歩として、相手の話を整理し要約するスキルを磨くことから始めましょう」と伝えました。それができると、相手から「話の分かる人」という信頼関係を築けるようになります。

「複数の意見をまとめられない…」中級推進役の試練

 推進役になって2年目を迎えた、ある企業の経営企画室の担当者から「会議の内容を資料にまとめることは出来るようになりました。しかし、会議中に複数の異なる意見が出てしまうとうまく捌けません。どうすればできるようになるのでしょうか」と相談されました。

 私は「それは色々な食材を目の前にして、作る料理を考えているのと同じです」と伝えました。料理を完成させるには、まず作るものをイメージし、それに必要な食材を集め、切る、煮る、焼くといった処理を施します。会議での意見の捌き方も同様で、アウトプットイメージを持ち、それを作るために必要な意見を取捨選択し、翻訳、分解、並べ替えといった情報処理をすることでアウトプットを完成させます。

 彼にここまで説明し、「会議でアウトプットするものをイメージしていますか」と聞くと、「意見をまとめることに気を取られ、何をアウトプットするのか意識していませんでした」とやや恥ずかしそうに答えました。そして、私に「今度、会議のオブザーバーとして参加頂き、気付いた点をフィードバックしてもらえませんか」と言いました。

 後日、私は新商品のプロモーション企画会議に参加することになりました。会議の出だしは理想を考える役から企画の素案を引き出し、整理するところまではセオリー通りでしたが、現実解を考える役からWeb広告の表現について「これは違う気がする」と異論が出て、他の人から「私はこのような表現がいいと思う」という意見が出ると、推進役の表情は困惑したものに変わりました。

 そして、意見の調整を図ろうと異論を唱える人に「どうして違うと思いますか」と質問すると、「他社商品に比べてインパクトが弱い」と言い、他の人は「そんなことはないと思う」とあらぬ方向へ話が広がりました。推進役は混乱し、苦し紛れに「確かに表現のインパクトは弱いと思うので、広告表現を変えませんか」と理想を考える役に伝えたところ、「それは納得できません」と反論され会議の流れは完全に止まりました。 

 そこで、私から「皆さんは、この想定顧客にこのような価値を訴求するための広告を作ろうと話されていると思いますが、多分皆さんが表現しようとしているイメージはこんな感じではありませんか」とホワイトボードに描くと、全員「そういうイメージです」と言いました。そして、理想を考える役から「この部分はこちらの表現がいいと思います」とアイデアが出たので、私が広告イメージを書き換えると全員納得し、理想を考える役から「仕上げて後ほどメールで皆さんに送ります」と言って会議は終わりました。

 その後、推進役から「高橋さんの料理と食材の関係の話、こういうことだったのかと理解できました」と言われたので、私は「次回はアウトプットイメージをホワイトボードに書く練習をしましょう」と伝えました。複数の人の意見をまとめられるようになるには、初級で身に着けた相手の話を整理しまとめる技術を使い、リアルタイムで表現し書き換えるトレーニングを重ねることに尽きます。始めの頃は全く描けなくても、何度もチャレンジすることで自然と頭の中からイメージが出てくるようになります。

「問題が多すぎて進まない…」上級推進役の試練

 ある企業の執行役員から相談を受けた時のことです。その人は前職でコンサルティング会社のマネジャーをしており、様々なプロジェクトを捌いていました。その企業にヘッドハンティングされ、数年来業績不振が続いている経営の立て直しをすることになりました。しかし、社長の一言で方針がコロコロ変わる、仲の悪い役員がいて部門間の意思疎通が取れていない、役員会で決まったことが現場に正しく伝わっていない、現場は資料作りに疲弊している等、様々な問題が山積していました。このような状況で、どこからどう進めればいいのかその執行役員は悩んでいました。

 私も以前同じような経験をしたことがあり、私は彼に「現状に合わせて変革しようとすると、ミイラ取りがミイラになります。顧客創造に向けて組織を動かしていきましょう」とアドバイスしました。

 彼も頭の霧が少し晴れたようで、「そうしましょう!」と力強く答えました。顧客創造に向けて組織を動かすには、まず取り組むべきテーマを社長と議論し、「方針」を明確にする必要があります。そこで、彼と素案を作成し、社長の考えを引き出してもらうことにしました。

 すると、社長が最も気にしていたことは、役員や従業員が自発的に動いてくれないことでした。それ故、社長が色々な人へ指示をしなくてはならず、結果的に組織の混乱を招いていました。そこで、彼から従業員主体のプロジェクトのやり方を社長に説明してもらい、取り組むべきテーマを決めてもらいました。

 そして、テーマ毎に理想を考える役を選定し、取り組むテーマとプロジェクトの進め方を共有し、現実解を考える役を一緒に選定し、プロジェクトチームを組成してもらいました。プロジェクトの進め方について彼はエキスパートであり、要所要所でアドバイスする程度で前に進んでいきました。

 従業員主導で企画を作り、それを実行し検証改善することを通じて顧客創造を肌で体験すると、関わったメンバーのやる気は上がり、「学びになった」や「他の人の考えを知ることができた」といった声が出るようになりました。

 それを聞きつけたある役員から、「自分の部署でもプロジェクトをやってもらえないか」と依頼され、経営変革が外圧ではなく内圧で推し進められていきました。その後、執行役員の彼が中心となって経営企画室を立ち上げ、今では現業とは別に各所で顧客創造のプロジェクトが動いています。

社内推進役「Business Director」の目標とは

 社内推進役の目的は、組織の能力を引き出し顧客創造することではありますが、その活動を通じて自発的に価値を創造できる組織を作り、従業員の学びと自己成長を促し、働くことを楽しむ従業員を増やしていくことが目標であり、持続可能な企業、社会にとって必要不可欠な企業の実現が最終のゴールです。

 かつてそれをやってのけたのが渋沢栄一です。彼は金儲けに走る商人に「論語と算盤」を説き、社会を豊かにする事業活動を通じ利益を得る道を切り拓きました。経済至上主義に陥りつつある今の時代、社内推進役が高い理念とプロフェッショナリズムを持って企業の顧客創造を推進し、未来の若者にとって夢と希望を持てる社会を残していくことが、私たちが本当に取り組むべき仕事であり、渋沢栄一の願いであると考えています。

筆者プロフィール

高橋輝行・KANDO代表
高橋輝行(たかはし・てるゆき)会議再生屋。1973年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科を修了後、博報堂入社。教育エンタメ系企業の広告、PR、ブランディングを実施する。その後ベンチャー企業を経て経営共創基盤(IGPI)にて企業の経営再建を主導。2010年KANDO株式会社を設立し、会議を使った価値創造の組織マネージメント手法を開発。桜美林大学大学院MBAプログラム非常勤講師、デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所客員研究員。著書に『ビジネスを変える! 一流の打ち合わせ力』(飛鳥新社)、『頭の悪い伝え方 頭のいい伝え方』(アスコム)、『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)がある。