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元日産系列の部品会社・マレリが事業再生ADRに追い込まれた理由

自動車の生産ライン

自動車の生産ライン
自動車の生産ライン

カルソニックカンセイといえばかつての日産自動車直系の部品会社。その後、日産が全株を売却し社名はマレリと変わったが、売上高1兆円を超える世界有数の部品メーカーとして存在感を示していた。そのマレリが私的整理を申請した。一体何があったのか。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2022年6月号より)

スポンサー候補に米投資ファンドなど

 自動車部品大手のマレリホールディングスが経営再建に向け、私的整理の一種である「事業再生ADR」と呼ばれる制度の利用を申請した。前身は、業界関係者なら誰もが知っている「カルソニックカンセイ」。世界でも有数の規模の部品メーカーの経営危機は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大などによる自動車大手の減産が契機だが、電気自動車(EV)シフトが迫る中、業界の苦境を浮き彫りにしている。部品業界の再編は今後も進みそうだ。
 ランプや空調、エンジン関連などの自動車部品を製造するマレリホールディングス(さいたま市)が3月1日に申請した事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)は、厳しい経営状況に陥った会社が事業を継続しながら、スポンサーとなる支援企業を探して経営の立て直しを目指す制度だ。これまでに活用した企業の中には、マレリと同じ部品メーカーの曙ブレーキ工業やサンデンホールディングス(サンデン)もある。

 マレリの取引量の過半は、日産自動車、三菱自動車、仏ルノーの3社連合向けだった。後に会社法違反(背任)などで東京地検特捜部に逮捕され、レバノンに逃亡したカルロス・ゴーン前会長の拡大戦略により、日産の経営不振は深刻化。主力の米国市場で日産ブランドの価値が棄損し、収益力が低迷した。三菱自やルノーも芳しくない業績が続いた。そして、新型コロナウイルスの感染拡大で他の自動車メーカーも生産量が減った。そこに世界的な半導体不足が拍車をかけ、工場の稼働率が落ち込んだ。

 決算は2020年12月期まで3期連続の純損失を計上し、21年12月期も業績不振から抜け出せなかったようだ。負債が資産を上回る債務超過に陥る恐れとなったことで、私的整理が不可避となった。

 マレリは再建に向け、銀行に債権放棄などの金融支援を求める。メインバンクはみずほ銀行で、数千億円の貸出残高があるとみられる。三菱UFJ銀行や三井住友銀行、日本政策投資銀行も取引がある。マレリは3月に取引先の金融機関を集めて、第1回の債権者会議を開催。マレリはトラック向け熱交換器を製造する子会社の売却方針を示した。

 ADRの手続きを進めることなどについては、全26行の銀行団が同意したという。事業再生ADRは原則として全債権者の合意が必要で、反対者がいれば法的手続きに移行する。民事再生法などを使った法的整理では、事業継続が難しくなるケースも多い。

 マレリは債権者会議と支援企業の選定を急ぐ。債権者会議は4月中に第2回の会合を開く予定だ。マレリは金融機関に対し、再建計画の内容やスポンサーの選定状況について説明する。多額の債権放棄が求められる見通しの金融機関から全会一致で早期の同意が得られるかは不透明だ。

 3月末に実施した支援企業を選定する第1次入札には、米投資ファンドのKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)など複数のファンドが参加したとみられる。4月中にも開かれる2次入札までに候補企業はマレリの資産を査定。候補企業とマレリは支援条件の交渉を進めるとともに、候補企業は次の入札にも参加するかを検討する。2次入札に進んだ候補企業の中から優先交渉権者を選び、支援条件で合意できればスポンサー企業を決定する。マレリは、5月末までに支援企業の選定と再建計画を固めることを目指しているようだ。

再編の続く自動車部品業界

 マレリの前身は、日産自動車の子会社だったカルソニックカンセイで、もともとは1938年、「日本ラヂヱーター製造株式會社」として設立された老舗だ。62年には東証に上場、カルソニックと社名変更した後、2000年に日産系の自動車部品メーカーであるカンセイと合併。カルソニックカンセイは東京・中野からさいたま市に本社を移転し、15年には売上高1兆円を突破した。

 だが、17年にKKRがカルソニックカンセイを買収。KKRは19年、カルソニックカンセイと欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(現ステランティス)の自動車部品部門、マニエッティ・マレリを経営統合させる。世界的な部品メーカーが誕生し、現在の社名となった。20年12月期の売上高は1兆2千億円超。

 こうした経緯で「メガサプライヤー」となったマレリだが、経営統合により設立されたということが、再建の足かせとなる懸念もある。売上高が下がり、利益を維持しようとすればコストを削減しなければならないが、旧マレリの欧州拠点では労働者の権利意識が高く、リストラも進まず、過剰な生産設備を抱えているという問題が残った。旧カルソニックカンセイと旧マレリで、製品や会社の機能の重複解消も遅れたとみられる。このため、支援条件の交渉が長引く可能性が否定できない。

 マレリはロシア・サンクトペテルブルクにある日産の工場内に運転席のコックピットモジュールなどの製造拠点を持つ。しかし、ウクライナ侵攻により、日産が工場を停止したため、マレリもロシアでの生産停止を余儀なくされた。同社の経営不振に、さらに追い打ちがかけられた格好だ。

 自動車部品業界では再編が続いている。21年には日立製作所の子会社である日立オートモティブシステムズが、ホンダ系のケーヒン、ショーワ、日信工業の3社と経営統合し、日立Astemo(アステモ)が発足。ブリス・コッホCEO(最高経営責任者)は、「コネクテッド(インターネットでつながる車)、自動運転、電動化の技術のリーダーとして、自動車および二輪車事業の分野における先進的かつ持続可能なモビリティ技術を提供している」と強調する。

 19年に日立の子会社だったクラリオンを買収した仏フォルシアは、22年1月に独ヘラーを買収。3千人のエンジニアを擁し、世界7位の自動車部品メーカーとして、新グループ「FORVIA(フォルヴィア)」となる。EVや水素で走る燃料電池車、自動運転につながる先進運転支援システム(ADAS)などに注力するためだという。

 フォルシアのパトリック・コラーCEOは、「私たちの共通の目的は、モビリティ(乗り物)に新しい風を吹き込むことです。安全で先進的、サステナブルなモビリティを作り出していきます」とのコメントを発表した。

 世界的な脱炭素の流れによるEVへのシフトが、自動車部品業界に大きなインパクトを与えるのは確実だ。部品点数が約2万点とされるEVが3万点のエンジン車に置き換わっていけば、それだけ部品の需要は減る。また、エンジンやトランスミッション(変速機)などの部品は必要がなくなるからだ。

異業種からの参入相次ぐ業界地図の書き換えも

 一方で、商機も生まれる。モーターやギアボックス、インバーターなどを一体化した動力装置「イーアクスル」についてはこれまで、自動車メーカーはグループで内製してきたが、EVの車種が増える中で、変化が出てきた。既にステランティスや韓国の現代自動車が外部調達に踏み切った。イーアクスルの性能は電力効率や航続距離を含む走行性能を左右するだけに、競争が激しさを増すのは必至だ。

 トヨタ系のアイシン精機は、イーアクスルの開発に注力する方針だ。既にイーアクスルの開発・販売を行う会社「ブルーイーネクサス」を同じくトヨタ系のデンソーとの共同出資で設立し、トヨタの出資も受けている。デンソーと日産系の変速機メーカー、ジヤトコもイーアクスルの量産を始める予定。

 また、もともとは自動車メーカー向けでなく、ハードディスク駆動装置などのモーターを作ってきた日本電産も、自動車部品への関与を大幅に強める。関潤社長は日産出身で、ゴーン会長の逮捕後、日産の次期社長と噂された人物だ。既にステランティスとイーアクスル事業の合弁会社を設立したほか、同社製のイーアクスルは、中国で10車種のEVに搭載されている。今年半ばに稼働するセルビアの工場は、世界で6カ所目の生産拠点となる予定だ。

 また、政府がEVの普及を後押ししている中国で、同社は部品会社20社と組み、EVの走行全般に関係する部品群を一括で製造受託する仕組みづくりも本格化させる。中国・大連市に昨年3月末、EVの駆動モーターを製造する新工場の第1棟を建設。その後も工場を増やすとともに、関連企業の生産拠点も誘致する。日本電産がEV関連の部品で高いシェアを握れば、既存の部品メーカーは苦しくなりそうだ。

 EVの心臓部となる動力装置は今後、需要の拡大が見込まれるため、関連企業の動きが活発化するのは確実。米アップルのiPhone(アイフォーン)の製造受託で知られる台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業もEV関連で受託製造に乗り出す。このことは、EVシフトに伴い、自動車生産の〝スマートフォン化〟が進む未来を象徴しているかのようだ。日本勢が得意としてきた「すり合わせ」の技術があまり必要とされなくなり、製造受託会社が部品を組み合わせてつくるようになる可能性は否定できない。その場合、トヨタのように、メーカーを頂点とした系列は解体されそうだ。

 マレリは自動車ランプで高い世界シェアを持つだけでなく、イーアクスルの製造にも力を入れていく方針だった。マレリの業績悪化は直接、EVシフトとは関係ないが、その再建の行方は、大変革期を迎え、勢力図が一変する可能性がある自動車部品の業界再編の動きと無縁ではいられない。