経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

グローバリゼーションを反省し経済合理性よりも自給率アップ 資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫

柴田明夫 資源・食料問題研究所

ロシアがウクライナに侵攻したことで、穀物価格が高騰している。その結果、日本の食料価格は上がり続けており、このままいけば食料危機さえ現実味を帯びてきた。ここから何ができるのか。資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表に語ってもらった。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2022年7月号より)

柴田明夫 資源・食料問題研究所
柴田明夫 資源・食糧問題研究所代表
しばた・あきお 1951年栃木県生まれ。76年東京大学農学部を卒業し丸紅入社、鉄鋼第一本部、調査部、2001年丸紅経済研究所主席研究員、同所長、同代表を経て、2011年10月資源・食糧問題研究所を開設、代表に就任。農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」、「国際食料問題研究会」、「資源経済委員会」等委員を歴任。

穀物だけでなく肥料もロシアに依存

―― 小麦をはじめとした穀物価格が高騰しています。

柴田 小麦価格は、ウクライナ侵攻前までは1ブッシェル(約27キロ)当たり7~8ドル台でしたが、3月7日には13ドル台後半、瞬間的には14ドル台をつけ、2008年2月の13ドル38セントを抜いて過去最高になりました。4月末現在では11ドル台です。さらに大豆やトウモロコシ価格も過去最高値に迫っています。

―― 他国が増産するわけにはいかないのでしょうか。

柴田 アメリカの小麦は春に種を蒔きますが、3月に行われた作付け意向調査によると、小麦が最高値をつけている状況だったにもかかわらず、作付け面積がほとんど増えていません。というのも、昨年、アメリカは干ばつで小麦が不作でしたが、今年も西部から干ばつが広がっています。その懸念が表れています。

―― 今後も高値が続きそうですね。

柴田 ロシアのウクライナ侵攻の影響は穀物相場の上昇だけではありません。実は肥料の原料もロシアは輸出大国です。窒素・リン酸・カリが肥料の3大要素です。窒素は天然ガスからつくりますが、ロシアは世界最大の天然ガス産出国です。ロシアはリン酸の原料のリン鉱石の4番目の産出国です。そしてカリウム鉱石は最大産出国はカナダですが、ロシアと同盟国ベラルーシの産出量を合わせるとカナダを抜きます。現代農業システムは、広い農地に大型機械を入れ、農薬・肥料を大量に使用して生産性を上げています。ですから肥料原料が不足すると、農業システムが不安定になってしまいます。

 先ほど言ったように、過去の小麦の最高値は08年に記録しています。当時、英エコノミスト誌は「アグフレーション(農産物インフレ)」という言葉を使い、今後も価格上昇は長期化すると解説しています。その背景には発展途上国の成長があります。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)という30億人を超える人口を抱える国々が急成長し、生活も豊かになって大量の食料を消費するようになっていきました。

 それでもBRICsの成長鈍化の一方、生産が増えていたため価格は落ち着いていました。そこで大きな役割を果たしたのがウクライナで、2000年代以降、小麦とトウモロコシの生産を拡大していき、穀物市場の冷却材になっていた。ところがコロナ禍の一時的な収束で需要が回復する中でロシアが侵攻、ウクライナの小麦生産に大打撃を与えました。

 つまり08年の高騰が需要増によるものだったのに対し、今度は供給サイドの問題で価格が高騰しています。それも地政学だけでなく天候不順など複合的な要因が組み合わさっている。それが今回の価格高騰をより複雑にしています。

輸入拡大一辺倒だったこれまでの食料政策

―― その中で日本はどうやって食料を確保すればいいのでしょうか。

柴田 1999年に「食料・農業・農村基本法」が施行されました。これは国民に良質な食料を合理的な価格で安定的に供給するための法律で、国内生産の拡大、備蓄、輸入の3本柱で安定供給を目指すという内容です。ところが日本が追求してきたのは輸入拡大一辺倒です。95年にWTOがスタートしグローバリゼーションに経済合理性があったのは事実ですが、その結果、日本のカロリーベースの食料自給率は37%にまで低下してしまっています。

 ではこれからどうするか。一番重要なのは国内生産をいかに拡大するかです。というのも、日本は輸入する力をなくしつつあります。農産物の貿易輸入額は年間7兆円強で、昨年は約13%伸びています。しかしこれは金額ベースであって、数量ベースでは穀物も牛肉も2年連続でマイナスです。つまり農産物価格が高くなったために買えなくなっているのです。他方、中国は金額も数量も数年で数倍に増えている。まさに日本の買い負けです。しかも円安で輸入価格はさらに高くなっています。

 ですから国内生産を増やさなければなりませんが、なかなか厳しい状況です。農地は毎年2万~3万ヘクタール減っています。農業者人口は5年ごとに30万人ずつ減っています。それなのに米相場は2年連続で大きく値を下げているため、稲作をやめる農家も出てくるでしょう。畜産農家にしても、配合飼料の原料のトウモロコシの輸入価格が高騰しています。2020年には1トン2万2千円ほどで輸入できたのが今は3万8千円で経営を圧迫しています。しかも燃料代も電気代も上がっている。離農する人が増えてもおかしくありません。

―― まさに八方ふさがりですね。

柴田 ですから政府は本腰を入れて国内生産拡大に取り組まなければなりません。そのためにも、今までのグローバリゼーションを反省する必要があります。安い農産物を世界中のどこからでも輸入することが食料安全保障につながるという考え方を見直していく。在庫はきちんと持たなければならないし、必要な食料はある程度国内生産する。そういう生産基盤を整える必要があります。

 さすがに自民党も「食料の安全問題に関する検討委員会」を立ち上げました。私も意見を述べてきましたが、その実、農業予算は2年連続で前年比マイナスです。一方、経済安全保障については非常に関心が高く、半導体やクリティカルメタル(必須金属)などには予算がどんどんついている。それに比べて食料問題への真剣度はあまり感じられません。

―― このままでは日本が食料危機に陥るかもしれません。

柴田 小麦の輸入は国が一元管理していて、年に2回、売渡価格が改訂されます。昨年10月、まず19%上がりました。そして今年4月は17%です。これだけで昨年9月比で1・4倍ほどになっています。問題は今年10月です。小麦価格は7ドル台だったものが今11ドルと約5割上がっています。これをそのまま反映すれば、売渡価格は1・4×1・5で2倍以上になります。

 もし仮に今年冷夏になり、1994年のような冷害が起きたら、たちまち日本は食料危機に見舞われます。そうなると大変な問題になります。2011年にアラブの春が起きたのは、ロシアの小麦が不作で輸出を禁止したためチュニジアの小麦価格が高騰したことがきっかけです。

―― 今年は冷夏でなくても、毎年脅え続けなければなりません。

柴田 ですから本気で自給率アップに取り組むべきです。そのためには多少コストは無視しても国内生産を拡大する。人や土地、水や地域経済などあらゆる農業の資源を、フル活用することが必要です。