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レアアース調達が抱える構造的な難題 -三菱UFJリサーチ&コンサルティング 清水孝太郎

テレビやパソコン、スマートフォンに次世代自動車。レアアースと呼ばれる鉱物資源の用途は多岐にわたり、日本のものづくりにも大きくかかわる。そのレアアースは、サプライチェーンに構造的な難題を抱えている。環境や資源問題に詳しい清水孝太郎氏に、レアアース調達の課題を聞いた。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2022年7月号より)

重要物資の産出が中国に依存している

―― 世界のレアアース生産は中国に依存しています。

清水 現在の世界のレアアース産出量のうち、約60%を中国産が占めています。日本語で希土類と呼ばれるレアアースは、自動車の排ガスを浄化する触媒や紫外線カットの窓ガラスなどの工業製品から、ミサイルや戦闘機などの軍事製品まで、さまざまな製品に使用されています。これほど重要な物質の生産が、中国に依存しているのにはいくつか理由があります。

 最も大きい理由はコスト面です。例えば強力磁石向けレアアースの製錬工程は、大量の電気を使用します。また、多くの化学物質を扱うため、日本のような高い水準の環境規制に対応するためにはコストがかさみます。その他、自然災害が多い国は、それらに対応するため工場建設にあたって強度を高める必要もあります。もちろん採掘・加工に従事する人々の人件費もかかってきます。

 対する中国は、鄧小平の時代から自国に産出するレアアースを使って産業の集積、高度化を図ろうと苦心してきました。その当時の中国は、環境基準は比較的緩く、人件費も安価でした。そうした条件面での優位性を武器に、工場の誘致を進めていったのです。こうした背景があり日本を含めた世界各国のメーカーは、レアアースを加工する技術を中国へ移転させてゆき、現在のような依存状況が出来上がっています。

 単純に生産拠点が中国に集中しているだけで貿易関係が良好ならば大きな問題はありません。実際、2001年に中国がWTOに加盟し、そのまま西側諸国に溶け込むかと期待された時期もありました。しかし、事態は徐々に変化していったのです。

 中国の動向に最初に警鐘を鳴らしたのは日本です。10年9月に発生した尖閣諸島における中国漁船衝突事件を受けて、閣僚級の交流が中止になり、日系企業関係者の拘束などが起きました。その後、3カ月あまりにわたりレアアースは対日禁輸措置が取られたのです。近年では、中国が20年に「輸出管理法」を制定し、軍需品や原子力関連技術、軍事転用できる民生の技術や製品の輸出が政府の許可制となりました。今のところレアアースは含まれていませんが、冒頭で指摘したように軍事面での用途もあり得るため、規制の対象になる可能性は否定できません。

サプライチェーンの脱中国依存、ネックは加工の中間工程

―― 安定的な供給を維持するためどのような対応が求められますか。

清水 こうしたチャイナリスクを受けて、アメリカや欧州各国は、国が予算を付けるなどして中国に依存しないレアアースのサプライチェーン構築を積極的に進めています。しかし、そこにはいくつか課題があり、中でも特にネックになるのは分離精製や製錬を行う中間技術の扱いです。

 レアアースというのは、化学的特性のよく似た17元素の総称です。自然界には、それら複数の元素がまとまって存在しており、産業用に活用するためには、個別に分離し、かつ純度を上げる処理が必要です。工業製品用に安定した品質でコントロールするためには特殊なノウハウが要求されます。不純物量のばらつきなど、投入原料のコンディションを見極めて加工するのは職人技とも言える技術であり、研究室で理論的にやっているものとは大きく異なります。また、レアアースの主用途であるネオジム磁石へと加工するためには、レアアースを金属の状態へと加工する製錬技術も必要不可欠です。

 サプライチェーン内製化にあたって、この分離精製工程と製錬工程の整備が難題となっています。

 これまで日本のレアアース調達における脱中国化は戦略的に進められてきました。2010年ごろには90%近く依存していたものが、現在は調達先を増やし中国産の比率は一部の品目で40%以下にまで下がっています。また、20年6月には石油天然ガス・金属鉱物資源機構法が改正され、レアアースの選鉱、製錬事業に対するリスクマネー支援事業も、同機構の新たな機能として追加されるなど、環境面の整備も進んでいます。

 しかし、今後のレアアースの調達を安定させるためにサプライチェーンを日本国内に構築するには、中間技術の継承が欠かせません。

 国内企業では、信越化学工業や日立金属(子会社の三徳)、TDKなどが中間技術を持っていますが、次世代の育成は中国と比較してかなり少ないという話もあります。現在活躍している技術者の方々が退職してしまえば、関連装置を動かせなくなってしまう可能性もあります。あと10年程度したらロストテクノロジーになってしまう恐れがあるわけです。

レアアース調達安定のために投資しやすい環境をつくる

―― なぜ技術の継承が進んでいないのでしょうか。

清水 確かに産業にとって重要ならば投資して拡大すべきとも考えられます。しかし、関連企業が積極的な投資に二の足を踏むのは、レアアース生産事業の事業規模や採算性に懸念があるからです。

 レアアースの世界全体の年間消費量は20万トン強程度であり、これはパナマ運河を通過できるタンカーで最大サイズのパナマックスタンカーで3杯分相当ぐらいの量です。これはレアアースが希少で生産量が少ないからではありません。そもそもレアアースの需要が限られているのです。むしろ、需要に対して供給が過剰になりがちなことも、レアアース生産事業の採算性を悪化させる要因でもあります。

 レアアースは地質学的には「レア」ではなく、世界の多くの国で産出は可能です。しかし、鉱山開発にあたって周辺の道路や電気など環境整備が必要になりますし、また、ほとんどのレアアース鉱山は、レアアースと化学的な特性が似ているウランやトリウムなどの放射性物質も一緒に産出するため、それらの対策も必要になります。

 鉄や石炭のように桁違いの消費量が期待される資源ならまだしも、わずかな量しか消費が見込めないレアアースに何億ドルも投じることは難しいというのが実情です。重要度が高い割に市場規模が小さく、企業の戦略上、優先的な投資候補にはなりづらいという事情があるのです。

 サプライチェーンを国内に構築するにあたって、企業がレアアース鉱山の開発や関連技術への投資を積極的に行いやすくするためにも、新たな用途開発が求められます。17種類あるレアアース元素のそれぞれで安定した市場を形成できれば投資リスクが下がります。一方で用途が限られたままでは、採算性の観点から完全に日本企業が手を引くことにもなりかねず、長期的には関連産業や研究開発の衰退につながる恐れもあります。レアアースをめぐる難題は、ウクライナ情勢の影響を直接的に受けるというよりも、もっと構造的な課題を抱えているのです。

 経済安全保障の重要性が再度見直されている状況に合わせて、レアアースの調達・活用法についても、改めて戦略を立てて臨むことが求められています。

清水孝太郎(しみず・こうたろう)

早稲田大学大学院理工学研究科修了後、UFJ総合研究所(現MURC)入社。専門は循環経済、鉱物資源戦略など。国際希土類工業協会副会長、循環経済協会理事のほか、レアアースや循環経済分野の国際標準化委員を務める。三菱UFJリサーチ&コンサルティング 持続可能社会部部長 上席主任研究員。