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新素材の飽くなき追求。ユニコーンは通過点に過ぎない Spiber 関山和秀

Spiber 取締役兼代表執行役 関山和秀

環境負荷低減や循環型社会の実現に貢献し得る素材と目される構造タンパク質「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン) ™」素材を開発し、一昨年ユニコーン入りを果たしたSpiber。「技術の進化に終わりはない」と語る関山氏は、構造タンパク質素材を通してサステナブル社会を加速させる。文=金本景介(雑誌『経済界』2022年12月号より)

Spiber 取締役兼代表執行役 関山和秀
Spiber 取締役兼代表執行役 関山和秀 せきやま・かずひで――1983年生まれ、東京都育ち。慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程在学中の2007年にスパイバー(現Spiber)を共同設立。持続可能な社会の実現に向け、原料を枯渇資源に頼らない構造タンパク質「Brewed Protein™素材」の産業化を目指す。19年にゴールドウインと共同開発したウェアを発売。

生産拠点の確立と循環型素材へのニーズ

── 2015年に製品化一歩手前まで進んだゴールドウインと共同開発する「MOON PARKA」は、水分で大きく収縮することが明らかになり、発売が延期されました。それまで研究開発してきたクモ糸を模したタンパク質のアミノ酸配列とは異なるタンパク質を用いることで製品開発、そして発売を成し遂げましたが、当時は絶望を感じましたか。

関山 特に絶望感はありませんでしたが、かなり前段階に遡らなければならないな、と考えました。タンパク質内の遺伝子配列を設計し直し、顧客のニーズにテーラーメードで応えながら材料の特性を引き出していく方向に舵を切りました。微生物に当社が設計した遺伝子を組み込み、糖類を与えて発酵させると、遺伝子の設計ごとに特性の異なるタンパク質が生み出されますが、これを紡糸してテキスタイルにします。この試行錯誤を繰り返し、現在のBrewed Protein ™素材へと進化しました。納得できるクオリティとなったので製品化しましたが、開発には終わりがありません。分子レベルからデザインすることで、さらに優れた素材をつくれるはずです。

── 最近は動物由来素材の活用を控えているファッションブランドも目立ちますが、反すう動物の出すメタンガスは問題視されています。

関山 タイ工場で生産される材料は、工場がフル稼働した際に、例えばカシミヤに比べて温室効果ガスを6分の1程度に削減できる試算を出しています。環境負荷が高い動物素材については、アパレル産業でも他の素材に置き換えようとする機運が高まっており、当社の構造タンパク質素材へのニーズは増しています。

 またBrewed Protein繊維が海洋環境で一定期間内に分解することを確認していますが、植物由来で生分解をうたう繊維で海洋分解するものは天然繊維を除けばなく、その点でも期待されています。

── Brewed Proteinポリマーを用いた製品はゴールドウインから今年の秋冬シーズンにも引き続き発売されます。タイ工場も完成し、量産体制に入りましたね。

関山 22年も製品発売を控えていますが、23年はさらに勝負の年です。立ち上がったばかりのタイ工場で生産されたタンパク質を使用したアイテムが、来年の秋冬シーズンには市場に初めて出回る見込みです。アメリカでも生産拠点を準備しており、早ければ来年に立ち上げ予定です。タイ工場はフル稼働でも数百トンですが、アメリカは数千トン規模の生産が可能です。

── 昨年はカーライルやクールジャパン機構から計340億円の融資を受けています。これにより収益化までの道のりは早まりますか。

関山 この調達は主にアメリカでのタンパク質生産拠点の立ち上げのために実施しました。立ち上げ後、フルキャパシティでの稼働まで数年かけて段階的に進めていき、大規模に製品を生産していく予定ですが、垂直立ち上げは難易度が高い。設備投資だけでなく、原料から完成品まで妥協しない品質を安定供給できる仕組みを含めて構築する必要があります。現状はコロナ禍とインフレにより計画に遅れが生じていますが、プラントがフル稼働すれば生産コストも下がるので、より人口に膾炙し、収益化につながると考えています。

構造タンパク質素材の可能性技術的ブレイクスルーを

── 20年にユニコーン入りを果たしましたが、この高い時価総額の理由は何でしょうか。

関山 事業価値は、時流など多くの要素があるので一概には言えません。ただ資金調達においては時価総額が一つの基準とされるので、評価はありがたいです。とはいえ、未上場ということもあり、現状の時価総額はあくまでも通過点です。上場も資金調達の選択肢として前向きに検討しています。

── 長期的にはアパレル以外の領域にも進出するのですか。

関山 代替肉や人工毛髪などテキスタイル素材以外の用途に拡大し、この技術の可能性を示していきます。多くの分野の企業と開発を進めていますので、順次発表していきます。

── 知的財産戦略の方針は。将来的にライセンスによる収益化も視野に入れているとのことですが。

関山 当社の強みは技術です。基礎的な部分から応用過程まで特許取得と国際標準化は、競争力を維持するために不可欠です。ライセンスビジネスは一つの可能性ですが、他にもジョイントベンチャーで新事業を創るなど活用の選択肢はあります。

── 日本はユニコーン数で見ても世界から後れを取り、起業家養成という観点で課題が山積しています。

関山 機会よりもリスクに目を向ける人が多く、また世界にインパクトを与える大きなスケール感を持って起業する人も足りないのかもしれません。ただ、若い世代を中心にチャレンジスピリットを持つ人は確実に増えており、次の世代にもポジティブな影響を与えるはずです。多感な時期にロールモデルとなる大人が周囲にいれば、自分が決めた目標に自信を持って頑張れるはず。今はインターネットもあり、刺激や熱意を与えてくれる人やものにアクセスできる手段が増えています。私も事業を通して次の世代、未来に向けて有意な取り組みを続けます。

── GX(グリーントランスフォーメーション)の潮流は弾みとなりますか。

関山 カーボンニュートラルの実現には社会の仕組みを抜本的に変える新技術が鍵となります。コロナ禍で経済が停滞した時ですら温室効果ガスは5%程度しか減らなかった事実からも、現在のサプライチェーンやインフラの延長線上では循環型経済は実現しません。当社の技術を活用し、GXを加速させるブレークスルーを起こしていきたいです。