トヨタ自動車の社会人チームを前身とするバスケットボールチーム、アルバルク東京。2016年、「Bリーグ」の開幕戦に名を連ねて以来、人気と実力で国内第3のプロスポーツを牽引してきた。25年からはお台場・青海で大型アリーナの運営にも乗り出す。名門クラブはどこへ向かうのか。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)
林 邦彦 トヨタアルバルク東京社長のプロフィール
東京エリアで知名度40%を目指す
―― 2016年にトヨタアルバルク東京(以下、アルバルク東京)が設立された際、三井物産が出資し林さんが社長に就任しました。バスケットボールは他の競技より選手の人数が少ない分だけ人件費を抑えられ、収益化がしやすいイメージです。
林 それもひとつですが、その分だけ選手一人のケガや不調が全体に与える影響も大きいです。登録選手は13人でベンチ入りは12人、だいたい1試合で10人が試合に出ます。どれだけコンディションよく送り出せるかは他の競技以上に重要なテーマです。ですから私たちのチームでは、試合前のコンディションを整えたり試合後のケアをしたりするコーチングスタッフを充実させることに力を入れています。
―― 出場するプレーヤーが5人だけなので、選手を補強する方が勝利への期待値は高まりませんか。
林 もちろん力のある選手を多く集めたいのは山々ですが、会社全体の費用構成を考えると費用に占める選手人件費の割合が大きいので、一定のバジェットを決めて最適な構成比率になるよう経営の立場では常に努力をしています。また、スポーツビジネスという点において、チームのマネジメントやオペレーション、試合運営や営業に関わる人材への投資も欠かせません。
われわれはスポーツの試合興行を生業としており、メインディッシュはバスケットボールの試合です。一方でそれを支えるスタッフのホスピタリティや演出を含めた会場の心地よさなど、磨きこむべきものはとても重要な要素です。メインディッシュの質が常に高くても、サイドディッシュとの相性が悪かったり、店の雰囲気、それをサーブしてくれる店員のレベルが低ければ興行トータルでアルバルク東京の試合の価値が下がってしまいます。チームだけではなくクラブ全体での価値を上げる為の経営資源の使い方がビジネスの面では重要です。
―― 社長として7シーズン目を迎えていますが 、アルバルク東京はどんなフェーズですか。
林 もっと多くの方にアルバルク東京の存在を知っていただきたい。今の段階で、野球の巨人軍のように全国で広くあまねく知られている必要はないと思っていますが、ホームタウンの渋谷を中心とする東京エリアでは40%くらいの認知度を目指したいと思っています。少しビジネスライクに聞こえるかもしれませんが、やっぱりお客さまに来ていただかないと何事も始まりません。多くの方に認知していただき、足を運んでくれる方を増やす。見たいと思う方が増えれば、チケットの価値も高くなる。そうなることで収入が増え、選手、スタッフ、施設への投資を増やすことができれば、その効果がより高いレベルの試合をお見せできることにつながります。
―― Bリーグは地域性をひとつの基盤にしています。アルバルク東京は渋谷区をホームタウンとしながらも、東京五輪に伴う改修工事で本拠地の転戦を強いられました。これは集客を難しくしていませんか。
林 もともと代々木競技場第二体育館をホームにしており、2017-18シーズンから立川市のアリーナ立川立飛に移り、五輪後に代々木競技場第一体育館へ戻ってきました。おらがまちのクラブになりきれないという面ではディスアドバンテージがありましたが、ホームアリーナの移転を強いられたことの効果として広域にファンとのつながりを持つことができました。25年にはお台場・青海の新アリーナに移転することを発表していますので、これまで培ったすべてのファンの熱量を、新たなホームアリーナへつないでいきたいと思います。
舞台と役者が揃って最適な演出ができる
―― 新アリーナ「TOKYO A-A
RENA(仮称)」は、土地所有がトヨタ自動車、建物所有はトヨタ不動産。そして運営をアルバルク東京が担うと発表されています。収容規模が1万人の大規模アリーナですが、チーム運営とは異なるノウハウです。
林 元々チームとアリーナの一体経営に関してはそれぞれの関係者との意見交換をする中で、株主のトヨタ自動車も含めて意見は割れていました。アルバルク東京はプロスポーツの運営会社です。まだ設立から7年目ですから、この時期に経験値のないアリーナの運営を行い、これがうまくいかなければ共倒れになる懸念もある。私はアルバルク東京の社長として、まずはバスケットボールのプロクラブとしての成功に向けてビジネスを展開することを求められてきています。その中で確かに経験値の少ないアリーナ事業に取り組んでいくことは大きなリスクを孕みますが、プロスポーツビジネスでの質を上げて世界に通ずる興行とするにはチームとアリーナが同じ方向を向いて同じ価値観で進んでいくことが相乗効果を生むとの信念からアリーナとの一体経営しかないと思っていたんです。
歌舞伎座で歌舞伎の魅力が最大限に発揮されるのは、舞台に多彩なカラクリが仕掛けられているからです。役者と舞台は一体じゃなきゃいけない。アリーナの運営権を担っていなければ、仮に翌日アーティストのライブがあった場合に、設営作業の関係で演出に制限がかかる可能性もあります。アリーナと一体経営を実現することで、アルバルク東京の試合を質の高いものとするために最も効率的で最も効果的な舞台を用意することができるようになるんです。
また、野球のスタジアムのようにメインの競技で年間100日近く稼働して、収容人数も数万人といった建物ではありませんので、多彩な用途で活用することになります。となると、バスケットボール以外のスポーツやイベントにも関与できるチャンスが生まれ、そこで培った経験をアルバルク東京のビジネスにも転用できる可能性もあります。湾岸地区は他にも魅力的な施設が数多く開発されていますので、相互に好影響を及ぼしながら、地域活性化に寄与し、ベンチマークとしてニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンやヤンキー・スタジアムのような地域の象徴となるような施設を目指したいと思います。
―― 聖地になるためにはバスケの熱が高まることも欠かせませんね。
林 昨年からスラムダンクの映画が大ヒットしていましたし、8月にはW杯もあります。バスケットボールの熱は確実に高まると確信しています。私たちも首都東京のクラブとしてリーグ、バスケ界を盛り上げていきます。