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広告効果だけがメリットではない楽天が球団を運営する理由 米田陽介 楽天野球団

米田陽介 楽天野球団

2022年に楽天野球団の社長に就任した米田陽介氏。米田社長は楽天グループに新卒入社してから、楽天市場や楽天モバイルなど、野球以外の事業に長く携わってきた。楽天グループの精神を熟知する米田社長は、現在の球団経営やグループのスポーツ事業をどう見ているのか。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)

米田陽介 楽天野球団社長のプロフィール

米田陽介 楽天野球団
米田陽介 楽天野球団社長
こめだ・ようすけ 1983年、大阪府生まれ。2007年、楽天入社。19年に執行役員に就任。同年11月、楽天モバイル執行役員就任。21年10月、楽天野球団副社長に就任し、22年1月より現職。

楽天グループの知見や文化は球団経営の大きな糧

―― 東北楽天ゴールデンイーグルス(以下、楽天イーグルス)は、多様な事業を展開する楽天グループを運営母体としているのが大きな特徴ですね。

米田 そうですね。楽天グループのサービス数は既に70以上に上るので、それらのエッセンスを球団に取り入れられることはメリットです。

 例えばグループの持つフィンテックの知見を生かし、球団としても4年前に、ホームスタジアムである楽天モバイルパーク宮城の完全キャッシュレス化に踏み切りました。パンデミック前で世間的にはまだまだキャッシュレス化の進んでいない時期だったので、当時は賛否ありましたが、実装してからはコロナ禍によるDXの後押しもあってか、むしろよくやったと評価していただけることが多かったです。楽天グループの顧客との接点のなかで、一番アナログで分かりやすい野球場という場所に、そういったQR決済などのテックの先進的な概念を落とし込んでみるとどうなるのかということを、実践してしまうところがグループらしさかな、とも思います。

―― では楽天グループにとって、球団を経営することにはどういったメリットがあるのでしょうか。

米田 ひとつは社会貢献ですね。球団が野球を通じて取り組んでいる振興活動や地域の皆さんとのふれあいなどを身近に感じられること自体メリットだと思います。

 楽天イーグルスは東北を拠点とする球団で、2011年に東日本大震災を経験しているんですね。楽天野球団を中心に、グループをあげて被災地支援、復興の現場で活動し、13年には悲願の日本一を勝ち取り、その感動を分かち合ったわけですが、そうやってグループの社員全員が感情移入し、貢献を実感できるものが事業のなかにあることが大きな価値といえると思います。

―― 楽天グループは野球以外にも、サッカーではヴィッセル神戸の運営、バスケットボールではNBAとの提携など、複数のスポーツ事業に取り組んでいます。楽天グループにとってスポーツ事業とは、どういった意義を持つものなのでしょう。

米田 スポーツ界に参入することで広告効果が得られるというメリットはありますが、個人的にそれだけではないんじゃないかと思っています。

 私は楽天野球団の社長に就任する前、楽天市場や楽天モバイルなど、グループ内の他の事業に携わっていたのですが、意外と楽天グループでは、ビジネス的なメリット、デメリットよりも、エモーショナルな部分が先に来ることがあるんですよ(笑)。もちろんビジネス的な戦略が一切ないということではありませんが、人の思いとか理想みたいなものが先に立ってできる企画もあります。

 そういう文化を知っている私からすると、楽天がスポーツ界で手広く事業を行っているのも、スポーツそのものの魅力、例えば観戦を通してみんながひとつになれるとか、人の心を動かす力があるとか、そういった面に価値を感じている部分もあるのではないかと思いますね。

―― 米田さんは22年に楽天野球団の社長に就任されています。最初に球団経営のなかに入り込んだとき、どういった印象を持ちましたか。

米田 最初に球団の収入の内訳を確認したのですが、チケット収入とスポンサー収入が6~7割を占める、言わば収入のコアだと分かりました。当時はパンデミック真っただ中で、特にチケット収入に関しては非常に厳しい状況だなと感じました。

 ただそこからリカバリーを図るにあたって、オペレーションコストを下げつつもお客さまとの関係を構築していく過程で、やっぱり楽天グループの力は大きかったです。IT企業なので、アプリ開発や顧客関係管理についてもグループの力を借りながら進めることができました。

地方自治体との協力体制で地域に愛される球団を目指す

―― 球団の収益を増やすために、選手への投資などチームを強くすること以外に取り組んでいることは何でしょうか。

米田 ひとつは、創設当初から掲げている、ボールパーク構想です。ホームスタジアムである楽天モバイルパーク宮城には、観覧車やメリーゴーラウンドが楽しめるスマイルグリコパーク、宿泊施設などが併設されています。このおかげか、スタジアムに足を運ぶファンの方にもファミリー層が非常に多いです。お子さまも連れて家族みんなで訪れていただくとその分グッズや飲食といった収入にもつながりやすくなりますし、そこはボールパーク構想の成果だと思います。

 もうひとつは精神的なものですが、やはり愛される球団であるということですね。勝敗に関係なく応援されるチームって、やっぱりすごく強い。特に、地元の皆さんに応援してもらう、場合によっては生活の一部になるくらいにできればいいなと。東北の名の付いたチームですから、東北6県すべての方々にとってもっと近い存在になりたいですね。それが球団としての高収益体制を構築する手法でもあると考えています。

―― 地域と球団とのつながりを、なぜそんなに重視しているのですか。

米田 それこそがスポーツの価値、球団の存在意義のベースにあるものだからです。スポーツはどんな人との共通言語にもなりうるものですし、地元の方の心の支えになることが、応援していただいていることの一番の恩返しだと思っています。

―― 楽天イーグルスは04年にパ・リーグに参入し、初年度で黒字化を達成しています。この秘訣は何だったのでしょうか。

米田 私の就任前のことですが、これは主に地方自治体の協力があったからです。宮城県がわれわれの経営方針に対して理解を示してくださって、球団経営を一緒にやろうという方向性ができたことが一番大きかったと思います。球場は県の持ち物で、われわれはレンタルフィーを払ってお借りしている立場なのですが、興行権全般の行使はわれわれ球団に一任してくれているんです。とにかく宮城県、東北地方を盛り上げてほしいということで、球団の経営方針に協力してくれたことが良い方向に働いたのだと思います。

 楽天イーグルスは今シーズン、10年ぶりの日本一を目指しています。今シーズンはコロナ前に近い形での試合観戦を実現させられると思うので、リアルの観戦体験の素晴らしさを多くの方に伝えていくシーズンにしたいですね。経営面でも黒字化のような、良いニュースを届けられるように気合いを入れていきます。