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リーグワンの完全プロ化断念は後退ではなく「最善の道」 東海林 一 ジャパンラグビーリーグワン

東海林 一 ジャパンラグビーリーグワン

9月8日、フランスでラグビーワールドカップが開幕する。前回日本大会では日本代表チームが大活躍、世界の強豪国の一角に食い込んだ。そんな日本のラグビーをさらに発展させるため、2021年に新たにスタートしたのがジャパンラグビーリーグワン。果たして狙いどおりに効果が出ているのか。専務理事の東海林一氏に聞いた。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)

東海林 一 ジャパンラグビーリーグワン専務理事のプロフィール

東海林 一 ジャパンラグビーリーグワン
東海林 一 ジャパンラグビーリーグワン専務理事
しょうじ・はじめ 1964年生まれ。88年一橋大学経済学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。 2000年ボストン コンサルティング グループ入社。15年からラグビーワールドカップ2019をプロボノとして支援し、21年新リーグ(現ジャパンラグビーリーグワン)専務理事に就任した。

リーグの上げた収益をチームや社会に還元

―― ジャパンラグビーリーグワンは2シーズン目を迎え、5月の決勝戦に向け佳境を迎えています。しかも秋にはワールドカップがあります。東海林 日本のラグビーの歴史は150年に及びます。ラグビーは15人の選手にそれぞれ役割がありますが、状況の中で役割は刻々と変化し、しかも一つのチームとして機能しなくてはならない。これは日本社会が目指すべき姿と重なります。だからこそ多くの人に愛され、発展してきました。これを支えてきたのは大学と企業によるサポートです。

 そうした日本のラグビーの在り方の集大成が、日本で開かれた前回のワールドカップだと思います。アイルランドとスコットランドを破り予選リーグ全勝でベスト8に進出し、世界に日本ラグビーを知らしめることができました。

―― つまり今までの発展の過程が間違いではなかったということです。それなのに従来のトップリーグをリーグワンに改編したのはなぜですか。

東海林 リーグワン以前は、トップリーグが国内最高峰のリーグで、全16チームが参加していました(2021シーズン)。トップリーグの主管権(試合を運営する権利)は日本ラグビーフットボール協会にあり、入場料収入や放映権収入は主に協会に入り、チームに還元される金額は非常に限定的でした。

 しかし、今後さらに日本ラグビーを発展させていくには、チーム、選手、地域、さらに母体企業や協業パートナー(スポンサー)の皆さまの力を結集して、その価値を高めたうえで、それをチームや地域に還元していく。それによりラグビーや社会の発展につなげていく。そのためにリーグワンは誕生しました。

 ですからリーグワンでは主管権は一般社団法人ジャパンラグビーリーグワンとチームが持ち、チームが主体的に運営しています。それによってチームがインセンティブとモチベーションを持てるようになりました。

―― チケット収入や放映権の配分はどのようになっているのですか。

東海林 収入を大きく分けると、まずは観客収入があります。さらにはスポンサー収入、テレビ放映権、そしてグッズ販売などです。決勝戦などはリーグが主催しますが、それ以外の試合の観客収入はすべて主催チームのものです。次にスポンサー収入ですが、NTTなどリーグスポンサーとは別にチームごとにスポンサーが付きます。そこからの収入はすべてチームに入ります。グッズ販売もそうです。最後に放映権ですが、これはリーグが一括して受け取ります。ただしあくまでお預かりしているという立場で、その一部をリーグの運営コストに充当しますが、それ以外はチームに還元しています。

 一方、リーグ収入は、決勝戦やディビジョン(D)1と2の入れ替え戦などの観客収入、リーグスポンサーからのスポンサー料と放映権の一部です。昨年の決算は、経常収益は33億円、経常費用は30億2900万円で黒字でした。またチームへは5億5千万円還元しています。

―― 昨シーズンの観客動員数は48万4千人。1試合当たり3227人でした。少し寂しい数字です。

東海林 昨シーズンはコロナによる制約がまだありました。今シーズンは昨シーズンの1・5倍の70万人超が目標ですが、十分とは思っていません。リーグワンにはもっと大きなポテンシャルがあるはずで、その良さを多くの方に知っていただき、できるだけたくさんの方に来場していただけるよう、努力していきます。

―― あるチーム関係者は、仮に毎試合、2万人観客が入ったところでそれで運営費を賄うことは不可能だと言っていました。

東海林 チームによって差はありますが、大まかに言うと観客収入やグッズ販売など、チームの事業によって得られる収入が約半分。残り半分が母体企業やパートナー企業からの協賛金です。これはリーグワンに限った話ではなく、国内の他のスポーツ、あるいは世界のあらゆるプロスポーツでも同様です。重要なのは、サポートに対してきちんと価値をお返しすることです。広告価値だけでなく、リーグワン、そしてチームが社会や地域を元気にするといった社会的価値を提供していく。これがわれわれにとって大きなテーマです。

ビジネスパーソンとラグビー選手の両立

―― リーグワン構想は、当初、全選手をプロ化するなど、企業スポーツからプロスポーツへの転換を図るところから始まりました。でも途中で後退し、約半数が社員選手です。根強いアマチュアリズム信仰が、改革を遅らせたとの指摘もあります。

東海林 これは声を大にして言いたいのですが、確かに当初、プロ化の話はありました。でも本当にそれでいいのかという、議論の過程で現在の形になりました。つまり後退したのではなく、最善の道を選んだということです。社員選手の問題にしても、プロ選手の待遇を高めて、より魅力的なプレーをお見せすることは大切です。その一方で、ラグビーの選手寿命は短い。ですから多くの選手がセカンドキャリアを見据えています。仮に全選手プロ化した場合、大学卒業後にラグビーを続ける人はむしろ減ると考えています。

 選手生活を終えたあと、ビジネスパーソンとして活躍したい、そう考えている選手はたくさんいます。実際、ラグビー協会の土田雅人会長(サントリーホールディングス常務執行役員)もリーグワンの玉塚元一理事長(ロッテホールディングス社長)も選手として活躍したあと、ビジネスでも実績を残しました。このようにラグビーはやりたいけれどラグビー以外のキャリアを大切にしたいと考える人が、その道を歩めるようにする。その一方で、プロとしてとことんラグビーと向き合う人はそれをサポートする。

―― 試合が面白く、そして日本代表が強くなるのなら、選手がプロでなくても関係ありません。秋にはワールドカップがあります。日本ラグビーのレベルは上がっていますか。

東海林 格段に上がっています。リーグワン発足後、以前より海外のトップ選手が来るようになりました。最初は19年のワールドカップで日本に来たのがきっかけだったかもしれません。でもリーグワンでプレーして、日本でのプレー環境、リーグワンの仕組み、家族の日本での生活環境に惹かれ、自分のキャリアを懸ける価値があると思ってくれて長期契約に切り替えた選手もいます。それが口コミで広がって、他の有力選手もやってくる。そこに日本選手も切磋琢磨する。それにより全体のレベルが上がっています。ですから今のD1の上位チームは世界の中でも有数の強さだと思います。それに伴い日本代表選手のレベルも上がっています。ですから今年のワールドカップは本当に楽しみです。