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【連載】刑法学者・園田寿の企業と犯罪 第1回 変わる企業と反社会的勢力の関係 -園田寿

園田寿

連載刑法学者・園田寿の企業と犯罪

企業に関わる犯罪の事例を挙げつつ、その論点を法的な視点から掘り下げる連載をスタートします。今回は、変わる企業と反社会的勢力の関係についてです。(文=園田 寿)

園田寿氏のプロフィール

園田寿
(そのだ・ひさし)1952年生まれ。甲南大学名誉教授、刑法学者、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、被害者のない犯罪などを研究。主著に『情報社会と刑法』(成文堂)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(朝日新書、共著)など。YAHOO!ニュース個人のオーサーとしても活躍中。

暴力団との関係は、「国」対「市民」対「暴力団」へ

 企業と暴力団の関係を紐解くと、かつては、「国」対「暴力団」(反社会的勢力)という対決構図の中で暴力団の撲滅が図られ、「企業」は暴力団の被害者的立場で問題になっていました。

 ところが21世紀に入って、暴力団対策は根本的な転換を見ます。それは、被害者と位置づけられてきた企業が積極的に暴力団と対決することが求められるようになり、暴力団と関わりのある企業は法的な制裁対象となったのです。

 つまり暴力団対策が、「国」対「暴力団」という二項対立構造から、「国」対「市民」対「暴力団」という三者構造の中で暴力団の壊滅を目指すという構図に変化したわけです。

 例えば、次のニュースはこのような社会的変化を象徴する事件かと思います。

大分のある設備工事会社の社長が、知らずに指定暴力団幹部と会食し、警察から「密接交際」と公表されました。2週間後、一部の業者からの取引停止、結局会社は倒産。その後、社員たちは再就職先を探すも、履歴書に書かれた元の社名が災いして、コンプライアンス上、反社と付き合いのあった会社社員は採用できないといわれた。
出典:「社長が暴力団と食事したツケ・・・会社が倒産、突然失業した社員『人生返して』」(2021年8月2日付「西日本新聞」)

暴排条例によって、企業は被害者から規制の対象へ

 まず、企業の反社会的勢力に対する距離の保ち方について見ていきます。

 暴力団は、犯罪による収益を生業としながらも、自らの存在を隠さず対外的に威勢を誇示するという点に特徴があります。そうすることによって、市民に対して暴力や脅迫を行わなくとも相手が畏怖し、暴力的要求をのませやすくなります。しかし、摘発する側としては、明確に刑法に触れる行為がなされていない以上、検挙が難しいということになります。ここに暴力団対策の難しさがありました。

 そこで1991年(平成3年)に暴力団対策法(暴対法)が制定され、一定規模の暴力団を「指定暴力団」とし、指定暴力団が暴力団の威力を背景に行う金品要求行為やみかじめ料要求行為などが規制されることになりました。暴対法には、いわゆる民事介入暴力に歯止めをかけ、暴力団追放の動きを後押しするなど一定の効果が見られました。

 ただ、暴対法が描く市民のイメージは、あくまでも〈被害者〉としてのそれでした。したがって、暴力的要求行為に至らない段階で金品を提供しても、被害者である市民は非難されず、この点が暴対法制定以後も暴力団が勢力を維持してきたことの原因になったといえます。

 そこで、政府は07年(平成19年)に、暴力団の排除こそが彼らの資金源に打撃を与え、企業にとっても社会的責任やコンプライアンス、また企業防衛の観点からも不可欠であるという内容の〈政府指針〉を公表しました。注目すべきは、ここで「不当要求の排除」からさらに一歩進めて、「取引を含めた一切の関係遮断」が強く求められたことです。

 この指針を契機に、大企業を中心として暴力団との「一切の関係遮断」が進められていきます。ただ、指針には法的な強制力はありません。

 また、事業者の中には暴力団と揉めるよりも利益を供与する方が経営的にも合理的であるとの発想があったことも事実であり、強制力を持った条例で利益供与を規制することによって暴力団と絶縁する機会を提供し、それができなければ逆に非難の対象とするべきだという意見が強くなっていきました。この〈被害者から規制の対象へ〉という視点の転換が、暴力団排除条例(暴排条例)の制定を促しました。

 暴排条例が最初に制定されたのは10年(平成22年)で、当時工藤会による凶悪犯罪や、道仁会と九州誠道会との抗争事件が続き、地域経済にも深刻な影響が出ていた福岡県でのことでした。条例制定の動きは、わずか1年半で全国の都道府県に広がりました。

 各条例には細かい内容の相違はありますが、いずれも「暴力団排除」を名称に入れ、自治体と住民等の連携協力によって暴力団排除を推進することを目的としています。

 事業者の責務としては、①暴力団排除への自主的取り組み、②自治体への情報提供、③自治体の暴排活動への協力義務などが規定されています。他に、④制裁をバックにした利益供与の禁止、⑤属性確認義務、⑥契約書への暴力団排除条項の導入義務などが規定されています。

 確かにこれらの多くは努力義務ですが、法的なルールとして重大な意味があります。つまり、暴力団排除について企業がどのような姿勢で臨んでいるかという点について、それが社会一般の評価(風評)にとどまらず、法的な権威の裏付けがなされるということです。冒頭のニュース記事も、そのような文脈で理解可能になります。

 このような流れの中、裁判所の法意識も徐々に変化していきます。次に2つの重要な判例を紹介して、企業として要求される行動規範が具体化されていく過程を見ていきます。

2つの判例に見る、裁判所における法意識の変化

①J工業株式会社事件(最高裁06年[平成18年]4月10日判決・民集60巻4号1273頁)

 本件は民事判例ですが、暴力団に対する企業の姿勢に関するターニングポイントとなった重要判例です。

 事案は、J工業株式会社の株式を大量に買い占めて同社の取締役になったXから、暴力団関係者への株式売却を阻止したければ300億円を用立てろと恐喝され、さらにXが経営する会社に巨額の債務肩代わりと担保提供を行ったというものです。Aは逮捕されましたが、多額の損失を被ったJ工業の取締役らが、同社の株主から損害賠償を請求する代表訴訟を起こされたというものです。

 最高裁は、会社経営者としては、「株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有する」として、取締役らの過失を肯定しました。

 本件は、いわゆる「利益供与型」と呼ばれる類型で、企業が自らの意思で暴力団関係者等に利益を供与する場合です。一般には企業活動に対する妨害行為や企業の社会的評価を守る目的で行われます。しかし、会社の信用を守るためにやむを得ないと考えたとしても、暴力団への利益供与は正当化されません。資金の捻出や事実の隠ぺいで背任罪などの刑罰法令に触れることもありえます。刑事上は恐喝の被害者になっても、会社に対する賠償責任を免れないのは当然のことと思われます。

 判決のポイントは、企業・取締役としては、反社会的勢力からの不当な要求に対しては、たとえ恐喝されても、これに屈することなく警察に届けるなど適切に対応する法的義務があるとされた点でした。

②S社事件(最高裁10年[平成22年]7月20日判決・刑集64巻5号793頁)

 本件は、不動産開発を業としていたS社が、数十名の賃借人との間の立退き交渉等を(反社会的勢力と関連のある)A社取締役Bに委託したところ、Bに悪質な地上げ行為があり、弁護士でもないBが法律事務を行った点で弁護士法72条(非弁護士の法律事務禁止条項)違反が問題となりました。

 最高裁は、本件のような立退き交渉は弁護士法72条にいう「その他一般の法律事務」に関するものであり、相手方に不安や不快感を与えるような態度でこれを取り扱ったのであるから、弁護士法72条違反の罪を認めた原判断は相当である、としました。

 この判決後、資金調達が困難となったS社は、民事再生・上場廃止に追い込まれ、他の同業者の信用にも大きな影響を及ぼしました。

 本件は、いわゆる「利用型」と呼ばれるもので、企業が暴力団関係者等の力を借りる場合です。地上げや立ち退き交渉などを暴力団関係企業等に依頼する形態が典型です。債権回収や倒産整理でも同様です。困難な交渉を暴力団の威力を用いて解決しようとするものであり、当初暴力団と知らずに関わっても企業側の悪質性が高いと評価される類型です。

各業界における暴力団排除に向けた取り組み

 以上、見てきたように、現在では企業に反社会的勢力に対して極めて厳しい姿勢が要求されるようになっています。最後に、各業界における暴力団排除に向けた取り組みをご紹介します。

銀行業界

 一般社団法人全国銀行協会(全銀協)が、先の「政府指針」公表直後に「反社会的勢力介入排除に向けた取組み強化について」を発表しています。

 その後、全銀協は08年(平成20年)に「反社会的勢力介入排除対策協議会」を設置して反社会的勢力についてのデータベース構築の検討に着手し、銀行取引約定書に盛り込む暴力団排除条項の参考例などを加盟各行に通知し、銀行取引全体からの暴力団排除を推進しています。

証券業界

 証券業界は過去の総会屋に絡んだ不祥事事件の反省を踏まえ、早くから反社会的勢力と決別する姿勢を示してきました。特に証券取引がマネーロンダリングに利用されるケースがあったことから、反暴力団の姿勢は一層強固なものとなっています。

 属性確認や暴力団排除条項の導入は早くから実施されており、また新規顧客から口座開設前に反社会的勢力でない旨の確約を得ること、契約書や取引約款等に暴力団排除条項を盛り込むことなどが義務化されています。

不動産業界

 不動産取引は昔から暴力団の資金源となっており、先の「政府指針」公表以前から暴排に向けた取り組みがなされてきています。

 業界各団体からは、暴排条項のモデル条項例が公表されており、契約においても暴排条項が導入され、契約後に買主が暴力団と分かった場合や、買主が不動産を暴力団事務所として使用した場合には契約を解除できる旨が盛り込まれるなど、不動産取引からの暴力団排除の徹底を図った内容となっています(ただし、中小の不動産業者への周知徹底は課題)。

建設業界

 建設業界は、以前から暴力団関連企業が下請として介入し暴力団の資金源とされてきたため、暴力団排除は重要な課題でした。

 全国で暴排条例が施行されるにともなって、暴力団関係企業が公共工事から排除されるケースが多数出ており、建設業者にとって暴力団排除はまさに死活問題といえます。民間工事からの暴力団排除においても、排除条項の導入が進んでいます。

【主要参考文献】

1. 田村正博「暴力団と関わった企業の法的責任」(2012.03)

2.「特集_暴力団排除条例」LIBRA_Vol.12_No.5(2012.05)

3. 三浦透「最高裁平成22年7月20日決定」時の判例(2014.02)

4. 田村正博「暴力団排除条例と今後の組織犯罪法制」(2015.01)

5. 木目田・佐伯編『実務に効く 企業犯罪とコンプライアンス 判例精選』(2016.05)

6. 新井誠「暴力団排除と市民生活の安全」小山・新井・横大道『日常の中の〈自由と安全〉』(2020.07)