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“下ロース”市場を脱するために鍵になる2つの課題とは 井村俊哉 Kaihou

井村俊哉 Kaihou

資本コストや株価を意識した経営に関する要請は、プライム市場、スタンダード市場に上場する企業に対して行われた。だからグロース市場にとってPBRの嵐はどこ吹く風。しかし、「上場ゴール」という深刻な病がグロース市場を蝕んでいる。グロース市場がグロースするために、何が必要なのか。文=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年4月号巻頭特集「東証改革の勝者と敗者」より)

井村俊哉 Kaihou副社長のプロフィール

井村俊哉 Kaihou
井村俊哉 Kaihou副社長
いむら・としや 1984年生まれ。国立群馬大学在学中の2005年に株式投資を開始。卒業後、プロダクション人力舎でお笑い芸人として活動し「キングオブコント 2011」準決勝進出を果たす。11年に株式投資を本格始動し、24年7月には一時通算運用益が100億円を突破。23年に「ニッポンの家計に貢献する」をミッションにKaihouを共同設立。25年1月、投資助言する公募投資信託を立ち上げた。

上場基準が緩い。企業数が多過ぎる

 グロース市場が厳しい。2024年、日経平均とTOPIXが共に史上最高値をつけ、それぞれ対前年比で15%超の上昇を見せた。一方で、東証グロース250指数は10%ほど下げ、20年から数えて4年連続マイナスパフォーマンスを記録。

 22年4月の市場区分再編で誕生したグロース市場は、高い成長可能性を有する企業向けの市場という名目だったが、相反する状況に「上場ゴール」という、揶揄するような言葉が付きまとう。しまいには、グロースの名前をもじって〝下ロース 〟(ゲロース)市場と呼ぶ声すらある。著名な個人投資家で、1月に投資信託を立ち上げた井村俊哉氏が語る。

 「この状況は悲しいですね。本来、グロース市場は株式投資の根幹だと思います。ピザの取り合いをするのではなくて、ピザそのものが大きくなるというか。事業会社がグロースすれば、ゼロサムの世界ではなくステークホルダーがウィンウィンになれる。マーケットの愛すべき魅力です。ただ、現状として株価はもちろん、業績も伸びていない」

 井村氏の試算では、16年前後以降にグロース市場(旧マザーズ市場含む)に上場した企業で、上場時よりも1株当たりの利益が伸びた企業は半数程度。こうした状況があるからこそ、「上場ゴール」という言葉が生まれてくる。

 グロース市場とは名ばかりに、グロースしていない状況をどうしていけばいいのか。井村氏は上場基準の緩さを指摘する。

 「現状として、売上高が10億円に満たない企業でも上場できます。これはさすがに緩いと言わざるを得ません。IPOの大きな目的として、成長を加速させるために広く資金を調達するという意義があると思います。しかし、実際にIPOのデータを見てみると、調達額は5億円前後というケースが目立ちます。この規模感なら未上場でも調達できる金額ですから、IPOの目的をよく考える必要があります」

 小粒に上場する企業が多ければ機関投資家はアクセスしづらく、結果的に業績も時価総額も伸びず、流動性も低いままになってグロース市場が沈殿するような構図になる。魅力的なマーケットを作るという意味では、上場基準は厳しくすべきだろう。

 22年4月の市場区分再編後に、東証改革の実効性を議論するフォローアップ会議という組織が立ち上がっており、その場でもグロース市場の上場基準が論点になっている。しかし、どちらかと言えば「上場10年後に時価総額40億円以上」と定められた上場維持基準が問題視されており、上場基準そのものは据え置かれる雰囲気がある(1月下旬時点)。

 井村氏の主張とは少しズレがあるが、ここには別の見方があるという。

 「逆に考えると、グロース市場の企業を安く買えるという話でもあります。しかも、投資家はもちろんですが、ニデックやクシュタールのように経営戦略として企業ごとM&Aするストラテジックバイヤーと呼ばれる存在にとってもです。グロース市場に上場している企業、経営者からするとよろしくない状況かもしれませんが、買い手からするとグロース企業が安く買えるショールームのように映っているかもしれません」

 株価が相対的に低位になっているのであれば再編の動きも生まれやすい。続けて井村氏は、上場基準の緩さに次ぐ改善点を挙げた。それがまさに合従連衡の必要性だ。

 「数が多くてもそれぞれ新規性があれば問題はないと思います。しかし、残念ながらコンサルやSIer、SaaS系など、さすがに数が大き過ぎませんかと言いたくなるカテゴリーもあるのが現状です。そもそも対象とする市場規模が限られるので、統合した方が経営資源を効率化できますし、無駄な競争もしなくてよくなります。結果的に、企業も投資家もメリットがありますし、より優れたイノベーションを実現してくれれば日本社会も良くなります。23年8月に経済産業省によってM&Aの提案を受けた企業が真摯に検討することが求められるようになりましたが、同様に合従連衡を促すような指針がグロース市場に対しても出れば、より活発化するかもしれません」 

株価上昇の処方箋がクオカードをばら撒くこと?

 上場後の業績や株価の成長が芳しくない要因として、資金供給の不足を指摘する声がある。グロース市場に上場してくる企業の多くは、VCから出資を受けている。彼らが上場後に株を放出することになるが、IPO時の新株発行数よりも売り出し量の方が多い。資金調達のIPOになっていないどころか、VCの換金のためのIPOになっている状況があるのだ。

 日本取引所グループは、こうした課題を受けて、VCが抜けた後の企業と機関投資家のマッチングさせる場を設けることを検討しており、すでに主幹事会社の主催という形で同様のイベントを行ってもいる。

 こうした動きについて、井村氏は懸念を述べる。

 「VCの売り出しによるダウンサイドの力が強過ぎるのでそれを緩和しようという考えだと思いますが、企業そのものが魅力的であれば買い手はどこからでも出てきますから、やや小手先の議論のように感じます。ある意味、官製的に下支えしても本質的な解決にはならないでしょう」

 とはいえ、企業側は株価が低迷しているとなれば何とかしたい。ましてや、上場維持基準のように何らかのデッドラインが迫っていればなおさらだ。そんな思いがあってか、株価を上げるために優待としてクオカードをばらまく企業が増えている。喜ぶ個人投資家は多く、企業側も発送コストが安く済む。中には年間数万円分も出している企業もある。やむにやまれぬ部分はあるとはいえ、冒頭で井村氏が語ったグロース市場が持つ魅力とはほど遠い。

 「本当の意味で成長を期待している投資家からすると承服できない経営判断です。グロース市場の企業には、小さい企業同士が横で競争するよりも、小さな魚たちが力を合わせて大きな魚と対峙する物語『スイミー』のように、まとまって大企業と戦ってほしいんです。今、大企業は大きな変革期を迎えていて、上からは東証や金融庁が変化を促してきて、横を見れば同業他社も変わりつつある。そして正面からはアクティビストやストラテジックバイヤーが来るわけです。背後では今まで静かだった株主が活発になってきている。あとはグロース市場の企業が下から突き上げれば大企業が変化し、日本社会も変わる。だから、どれだけパフォーマンスが悪くても私はグロース市場には期待し続けます」