2022年4月、東証は市場区分を再編した。それから再編の実効性を向上させるため9人の有識者からなる「フォローアップ会議」という組織体を作り、議論を重ねている。そんなフォローアップ会議のメンバーのひとり、松本大氏に東証改革や20年に立ち上げたアクティビストファンドについて話を聞いた。文=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年4月号巻頭特集「東証改革の勝者と敗者」より)
松本 大 マネックスグループ会長のプロフィール

まつもと・おおき 1963年、埼玉県生まれ。東京大学法学部を卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社に入社。その後ゴールドマン・サックス証券勤務を経て99年にマネックス証券を設立。マネックス証券の社長、マネックスグループのCEOを経て、2023年6月よりマネックスグループ会長(現在)。
東証改革の背後にある日本社会の世代交代
―― 松本さんがフォローアップ会議に選ばれたのはどうしてですか。
松本 もともと東証の市場区分再編を議論する市場運営委員会のメンバーでした。市場区分再編について東証から諮問を受けた際、経過措置の期限がはっきりしておらず、いつ解除するか聞いてみたら東証は自分たちで決めると答えました。それはおかしいから、その件についても市場運営委員会を開いて諮問すべきだと提案したわけです。
それから半年くらいして、当時東証の社長だった山道さん(現・日本取引所グループCEO)から別途会議体を作って議論していくことにしたと話があり、僕もそこに入ってくれと要請がありました。これがフォローアップ会議のメンバーになった経緯です。
―― フォローアップ会議の議事録は公開されています。改めて過去の議事録を遡って読むと、フォローアップ会議の議論が東証改革の方向性に大きく関わっている様子が分かります。ある意味で東証改革の原動力になっています。
松本 最初は非公開でやるという話で、そこでも大反対しました。日本の会議は議事録が出るか否かで随分と中身が変わりますから、公開するようにしてまともな議論がなされるようになったと思っています。
一部で、フォローアップ会議が東証改革を牽引していると言われますが、そうではないと思います。少し抽象的な世代論になってしまうかもしれないけれど、ここまで東証改革が大きく進んでいる要因は世代交代にあると感じています。
僕は今年62歳になる世代で、働き始めたのは1987年でした。株価で見れば、バブルのピークは89年ですが、経済の雰囲気としては87年時点で陰りが出ていた。以来、転がり落ちるようにダメになっていく日本を見てきました。僕らより上の世代は、45年の敗戦から20数年でGDPが世界で2番目になり、その後も株価が上がり続けていくミラクルジャパンを、わずかでも経験しています。どうしても過去の成功、日本が日本のやり方で急成長した姿に引きずられ、落ちていく日本と対象的にうまくいっているアメリカなどの成功例を取り入れるのが遅れました。これは、社外取締役や株主に対しても同じことです。総じて、人の言うことを取り入れる雰囲気が希薄だったと思うのです。
ところが、僕より下の世代はダメになっていく日本だけを見てきたから、アメリカのやり方がいいならそれをやってみる。せっかく社外取締役にいろんな人がいるなら話を聞いてみる。そんな雰囲気があるように感じます。世代交代が東証改革の背景にあるといったのは、そういう意味です。
―― そうした変化は、フォローアップ会議でも感じますか。
松本 僕はこれまで25年以上東証と関わってきました。いろんな委員会のメンバーをやり、社外取締役も5年間務めました。今も上場制度整備懇談会という上場ルールを決める会議体のメンバーです。その時々でいろんな提案をしてきましたが、東証はあまり声を聞いてくれなかった。ところが今回は少し違いました。
僕が向き合った東証の担当者は、青克美さんという僕より2歳若い役員の方です。彼もまさにバブルが崩壊した89年に東証に入社した経歴で、東証に上場する日本企業が世界の時価総額トップ50の半分を占めていたような時代は、聞いたことはあっても見たことはない世代です。だから、良い提案があれば素直に聞く。そういう姿勢で仕事をしてくれました。
これは東証の中だけの話ではなくて、世代交代が日本中で起きているからこそ、東証もフォローアップ会議の声を取り入れるし、日本企業の経営陣も社外取締役やアクティビストファンドなど外からの声を聞く姿勢が出てきた。だからこれだけ東証改革が大きな動きを生んでいる。これが僕の感想です。
お金は寝かせてはいけない。ため込むなら株主に還元
―― 松本さん自身、2020年にマネックス・アクティビスト・ファンドを立ち上げて経営者と対話する活動を始めました。どうしてですか。
松本 例えば外国資本のアクティビストの場合、日本企業に働きかけて、そこで儲けた利益は持って行ってしまう。日本人がそこに乗っかって儲けることもできるけど、結局は日本企業が衰退して社会が弱くなれば、将来税金をたくさん払わないといけなくなるかもしれない。右手で儲けて左手で税金をたくさん払うような状況はおかしいでしょう。
だからマネックス・アクティビスト・ファンドで、日本人を受益者にするために日本の個人投資家を巻き込みながら、長期的な目線で企業を強くするための建設的な対話を僕がリードしていく。企業を良くして、日本国の株主である日本国民がリターンを受け取って、税収も増やして、社会を強くする。そういうコンセプトのアクティビズムが必要だと感じたので始めました。
―― 東証からの要請後、日本企業は自社株買いや増配が盛んです。日本国民が受益者になるのであれば、短期的な利益追求ではなく長期的な成長が重要ではないですか。
松本 極端な言い方になってしまうけど、別に株主に還元しなくてもいいんですよ。僕らもそれをしろとは求めていないです。ただ、お金は社会の公共財産なので、寝かしておいてはいけない。企業がどんどん成長投資をしてくれればいいんです。もしそれをしないで寝かしておくのなら株主に還元してくださいという話です。そしたら株主がもっと成長投資をしてくれそうな企業に持っていくわけなので。それでお金が社会を回り、結果的に日本が強くなる。この循環が必要です。
ファンドのコンセプトについていろいろと言いましたが、結局は金融商品ですから数字が伴わないとプロの運用者としては失格です。今のところ実績は好調なので、今後も僕のライフワークとして、日本国民に長期的なリターンを生んでいきたいと思います。