文=小林千華(雑誌『経済界』2025年4月号「『ゲーム』を超えるeスポーツ」特集より)

市場規模は毎年拡大 法整備もひと段落
1月11日土曜日。江東区・東京ビッグサイトの一角で、人々の歓声が響いていた。その日行われたのは、東京都などが主催する「東京eスポーツフェスタ2025」。競技大会や関連産業展示会、法人向けセミナーなども併せて催され、年齢などの属性を問わず多くの人にeスポーツの魅力を伝えることを目的としたイベントだ。
イベント2日目のその日は、ガンホー・オンライン・エンターテイメントが提供するパズルゲーム「パズドラ」の公式大会が開催されていた。優勝者にはプロライセンス認定権利と東京都知事賞が授与される。アマチュアも多く出場する大会であるにもかかわらず、多くのeスポーツファンが応援に訪れていた。決勝戦で、アマチュア選手がプロを抑えて優勝を決めると会場内には大きな歓声が上がり、立ち上がって喜ぶ観客も見られた。
コンピューター、モバイルゲームの競技を「スポーツ」と捉えるeスポーツ。特に2000年代初頭から、コンピューターゲームの競技大会などを「eスポーツ」と呼ぶ人々が増えてきた。オンラインでのマルチプレーやライブ配信による観戦が可能になったことで、競技人口が急増。日本でも、18年のユーキャン新語・流行語大賞で「eスポーツ」がトップ10に入賞するなど、着実に認知が広がっている。
ただプレーするだけではなく、観戦する楽しみもあるのがスポーツだ。eスポーツの大会にもフィジカルスポーツの試合と同じく、キャスターによる実況が付くことが多い。プレーヤーがいてファンがいれば、フィジカルスポーツと同じくそこに産業が成り立つ。日本におけるeスポーツ振興を牽引する日本eスポーツ連合(JeSU)は、25年の日本のeスポーツ市場規模を約217億円と予測。eスポーツ業界においては、コロナ禍の巣ごもりも、プレーヤー、視聴者の増加に大きく影響した。19年から22年まで、市場規模は年間約20%の割合で成長を続けている。関連企業はこの勢いを落とさないよう必死だ。
しかも今後は、その勢いにより拍車がかかりそうだ。国際オリンピック委員会(IOC)は昨年7月のIOC総会で「オリンピックeスポーツゲームズ」の開催を発表した。初回開催はサウジアラビアが予定されている。世界一のスポーツの祭典たるオリンピックの種目認定は、やはり世界中のeスポーツ関係者にとって悲願だった。
JeSUの山地康之理事は、「IOCは若者のスポーツ離れ、五輪離れを懸念している」と語る。近年の五輪では、サーフィンやスケートボード、BMXなど、若者人気の高い競技が次々と正式種目に認定されている。eスポーツ大会の開催にも、若者のスポーツ離れを抑える狙いが大きいとみられる。
IOCは21年、五輪種目に「身体運動を伴うバーチャルスポーツを加えることを検討する」とした新指針を発表。そこから現在までに2度、eスポーツの公式大会を開催した。野球で「WBSC eBASEBALLパワフルプロ野球」(コナミデジタルエンタテインメント)、モータースポーツで「グランツーリスモ」(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)など、日本発のタイトルも採用されている。
また、日本のeスポーツ界の振興に向けて長らく課題だったのが、大会賞金にまつわる法規制だ。
日本では、eスポーツ大会の賞金が景品表示法上の「景品類」とみなされ、賞金額の上限が10万円となる可能性や、大会参加者が刑法上の賭博罪に問われる可能性がある。しかし現在は、国内における統一団体であるJeSUのロビイングも功を奏し、JeSU公認の大会では賞金額に上限を設ける必要はなくなった。
22年に行われた「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE SEASON2」は、賞金総額3億円。21年の「Shadowverse World Grand Prix 2021」は賞金総額2億8千万円で、優勝者は1億5千万円を獲得した。
国内のプロチームで累計賞金獲得額ナンバーワンを誇るREJECTの甲山翔也社長は、現在チームには「(賞金や給与を合わせて)年間数千万円を手にするプレーヤーもいる」と語る。フィジカルスポーツのプロにも引けを取らない「eスポーツドリーム」は、日本でも現実になりつつある。
属性の壁を超える競技 遊びの域も超えていく
eスポーツとフィジカルスポーツの何よりの違いは、年齢、性別、障害の有無といった属性を問わず、人々が同じ土俵に立って楽しめる点だ。プレーヤー間の距離も関係なく、世界中どこにいる相手とも同時にプレー・観戦できる。
24年11月にセガが主催した「ぷよぷよ」公式世界大会では、わずか小学3年生のプレーヤーが優勝を飾った。JeSUのジュニアライセンスは満13歳からしか取得できない。そのためまだプロにはなれないが、既に国内外の優秀な大人のプレーヤーを打ち負かし、さまざまな大会で好成績を挙げている。
また、「学校ではゲーム禁止」という常識も今は昔。既に部活としてeスポーツに取り組む生徒も増えている。全国高校対抗eスポーツ大会「stage:0」の24年度大会には、2322チーム7692人がエントリーした。小・中・高でのプログラミング必修化に伴い、ゲーム・eスポーツタイトルを教材に使って、児童・生徒がプログラミングに関心を持って学べる授業を計画したり、プレーヤーやコーチを学校に招いたりする取り組みも増えている。
eスポーツに魅了されるのは若者ばかりではない。任天堂からファミリーコンピュータが発売されて、今年で43年目。当時高校生だった世代が、今まさに60歳を迎えている。つまり今後は、シニア世代のゲーマー比率がどんどん高まっていくということだ。実際、60歳以上のシニアのみで構成される「MATAGI SNIPERS」というプロeスポーツチームもある。
近年では、ゲームが認知機能活性化に好影響を及ぼすとする研究報告が上がっており、ゲーム機やeスポーツの導入を図る高齢者施設も増えている。
もはやeスポーツがもたらすものは、「楽しい」「おもしろい」といった娯楽だけではない。周辺ビジネスを含めた経済効果、プレー・観戦を通して生まれる属性を超えたコミュニケーション、ゲームそのものを通じた健康面での効果など、遊びの域を超えた広がりを見せる。