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ABEMA、2022W杯で成長率が加速。無料広告モデルで若い世代を囲い込む 長瀬慶重 サイバーエージェント

長瀬慶重 Abema

サイバーエージェント(CA)とテレビ朝日が出資して設立したAbemaTV。2016年4月にローンチした“新しい未来のテレビ”ABEMA(当時はAbemaTV)は、基本無料をベースにする動画サービスとして幅広い世代に支持される独自のポジションを確立し、レッドオーシャン化した市場で存在感を放っている。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年7月号より)

長瀬慶重・サイバーエージェント専務執行役員技術担当のプロフィール

長瀬慶重 Abema
長瀬慶重 サイバーエージェント専務執行役員技術担当 AbemaTV取締役
ながせ・のりしげ 1975年生まれ。エヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現・NTTテクノクロス)を経て、2005年にサイバーエージェント入社。アメーバブログやコミュニティサービスのアメーバピグ、ソーシャルゲームなどのサービス開発を担当し、15年に執行役員就任。18年に取締役、20年に常務執行役員、22年2月にAbemaTV取締役就任。

若い世代に向けて無料視聴をベースに開局

―― 開局から7年。ABEMAの軌跡をどう振り返りますか?

長瀬 開局当初、日本の動画サービス市場を俯瞰してみると、グローバルプラットフォームを含む有料月額動画配信サービスの有力なプレイヤーがすでにサービスをスタートしていました。そんなマーケットで、どこに勝ち筋があるかと見たときに、もともとCAで力を入れてきた広告事業を生かした無料の広告モデルを考えました。そうするとユーザー規模が大事。世の中の認知やメディアの存在感を示すために1千万WAU(ウィークリーアクティブユーザー)をひとつの目標に取り組んできて、19年6月に開局3年で突破しました。開局以来WAUは順調に右肩あがりで伸びています。

―― サブスクが主流となるなか、無料視聴が基本のサービスを勝ち筋に市場参入しています。

長瀬 無料で会員登録も一切なく、アプリを開けばすぐに見たい動画が24時間いつでも見られることを価値にしてやってきました。ただ、動画広告マーケット自体がある程度の規模にならないと広告モデルだけでは厳しいので、同時に有料会員サービスも設けています。無料と機能的に差別化した有料プランのハイブリッドでスタートしました。

―― 無料と有料サービスはどう設計しているのでしょうか。

長瀬 基本的にすべてのコンテンツを無料で提供しています。番組や作品によって違いはありますが原則として、配信から1週間の見逃し期間は無料、その後のアーカイブは有料です。そのほか、スポーツなどのライブ配信は、試合途中の時間から視聴開始する際に、最初から追っかけ再生で見たいというニーズがありますが、追っかけ再生や動画ダウンロード機能、見逃しコメント機能を有料サービスとして提供しています。コンテンツには差がありません。タイミングと機能で有料化しているのがポイントです。

 また、この有料サービスとは別に、1コンテンツごとに購入していただくオンラインライブのPPV(ペイパービュー:1本ごとの課金視聴)があります。有料サービス会員も購入が必要になりますが、コンテンツによって割引料金の設定があります。

―― アプリダウンロード数、WAU、メディア事業売上高すべて開局以来右肩上がりで伸びていますが、赤字が続いています。

長瀬 開局から10年でメディアとして成立させることを掲げて取り組んできて、いま7年。基本的には、収益をどんどんコンテンツに再投資して、メディア規模を大きくしている最中です。いつ黒字転換するかは対外的に公表していません。ただ、コスト削減で強引な黒字化はしません。このパンプアップの循環をまわしていけば、自然と損益分岐点を越えるのが見えています。収益ポートフォリオとして、広告と課金が半々くらいになるのを思い描いていましたが、概ね近い形になっていて、赤字幅はきっちり毎年縮小しています。

―― 広告と課金のバランスはどう推移してきたのでしょうか。

長瀬 開局当初は課金のほうが強かったんです。そこから徐々にメディアとしての信頼性が上がり、ユーザー規模がここ1〜2年で大きくなって広告の割合が増えました。昨年の「FIFAワールドカップ カタール 2022」のようにABEMAのコンテンツが世の中的に大きな話題になることも定期的にあり、広告に興味を持っていただくクライアントさまが多くなっていることがあります。

サッカーW杯ライブ配信で一気に数年分のベースアップ

BEARS
BEARS

―― 「THE MATCH 2022」は、地上波テレビでの中継が急遽なくなり、ABEMAの独占配信になりましたが、PPVが興行主にとってテレビ放映権以上の大きなビジネスになることに気づいてもらえるきっかけになりました。

長瀬 われわれはキックボクシングやいろいろな格闘技を開局以来ずっと中継してきて、那須川天心さんも武尊さんもデビュー当時から追いかけていました。このマッチメイクは数年前から一緒に話をしてきて、結果的に地上波での中継がなくなったことで独占配信になりました。

 コロナで窮地に陥った興行界を応援したい気持ちもありましたが、アメリカを中心に格闘技はPPVが一般的です。格闘技はお金を払って見るということを実現できたら、今後の格闘技界のビジネスが変わる。そこはわれわれのひとつの役割としてチャレンジさせていただきました。その結果、視聴チケットは50万枚売れて、売り上げは25億円ほど。もちろんマッチメイクにもよりますが、放映権で得られる収益以上にPPVが稼げることを示しました。

―― 昨年のサッカーW杯でも、本田圭佑さんの解説も含めてABEMA「FIFA ワールドカップ カタール 2022」の全64試合無料生中継が話題になりました。

長瀬 メディアの身の丈や投資予算からすると、考えられないほどのビッグコンテンツです。それが、われわれから手を上げたのではなく、いろいろなタイミングが重なってお話をいただいたのが正直な経緯です。開局6年目でコンテンツに磨きをかけてきたなか、ABEMAをより大きくするためのいいタイミングのビッグプロジェクトになると考えてチャレンジしました。

 本来なら2年前に決まっているはずのコンテンツですが、いろいろあってわれわれが社内発表できたのが開催年の3月18日。藤田が全社員を集めてキックオフし、そこから7〜8カ月かけて社内だけではなくテレビ朝日の多くの方々と一丸となり準備を進めてきました。W杯全64試合無料生中継はわれわれにとっても初めての経験でしたが、テレビ朝日のアナウンサーやスタッフの方々に全方位でご協力をいただいたこともあり、地上波と配信でお互いの良さを補完しあいながら、ともにとてもいい結果を残すことができました。

―― W杯期間中には、新たに700万アプリダウンロードがありました。得られた利益は?

長瀬 実利とメディアの価値の2つがあります。実利はW杯後にWAUのベースが高止まりしている状況です。本来であれば、数年かけて積み上げるWAUをW杯のビフォア・アフターで一気に数年分ショートカットしたくらいのベースアップができました。それに伴い、課金ユーザーが増えたり、広告売り上げが上がったりしていることが、実利の部分では足元の数字にヒットしています。もともとW杯前に想定していた数字とほぼ近しい結果です。

 もうひとつの潜在的なメディアの価値では、ABEMAを日本中の多くの方に知っていただいたので、その後に投入するコンテンツや大きな取り組みがあったときの反響が大きくなったように感じています。信頼度が上がってマーケティングもやりやすい。広告クライアントやコンテンツホルダーなどビジネスパートナーとの関係性が一段進化しました。

外資が広告付きプランを導入。市場競争は激化していくか

―― W杯の後、スポーツ中継は配信で見るのが一般的になってきている気がします。

長瀬 好きなときに好きな動画を楽しむオンデマンドの動画サービスが主流になるなか、われわれはずっとスポーツをはじめとしたコンテンツのライブ配信における、同時性のおもしろさをアピールしてきました。ここ最近では、グローバルプラットフォームでもボクシングや野球のWBCなど多くのライブコンテンツが配信されていますが、その再評価の実情には納得感があります。

―― 格闘技のようにW杯がPPVの独占配信になる時代は来るのでしょうか?

長瀬 視聴率30〜40%の日本戦をネットだけで配信しようとしたら、インフラやシステムが耐えられません。総合的に考えて地上波とネットで一緒にやるのが得策です。

―― 昨年はNetflixが広告付きプランを導入しました。広告モデルとしては競合になりますか?

長瀬 ネットの動画広告はこれからさらに伸びると市場予測されています。プレイヤーが増えれば、広告クライアントの動画配信への出稿意欲も高まる。マーケット自体がより大きく成長していくうえで大事なことなので、ポジティブに捉えています。動画サービスの広告付きプランはこれから増えるかもしれませんが、広い意味で動画配信に関するビジネスはまだまだ広がると考えています。

―― 若い世代を囲い込むメディアであることはABEMAの強みです。

長瀬 広告クライアントは10〜20代に向けてリーチできるメディアを探す事象が起きているので、10代の若い子たちが話題にするようなコンテンツの企画からキャスティング、SNS活用、マーケティングを意識して取り組んでいます。しかし、昨年のサッカーW杯の配信を次の成長への起爆剤にしようと思ったときに、スポーツ視聴層である40〜60代の男性がターゲットとしてあります。そこを次の伸びしろと捉えて、現時点では同層の取り込みを狙うコンテンツも強化しています。