港区・芝浦で再開発を進める野村不動産グループ。野村證券の社屋管理から徐々に事業の幅を広げてきた彼らが都心で手掛ける開発としては、過去最大規模のプロジェクトだ。ゼロから地道に実績を積み重ねてきた彼らのまちづくりの展望を、新井聡社長に聞いた。聞き手=小林千華 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2024年9月号巻頭特集「東京 終わりなき進化」より)
新井 聡 野村不動産ホールディングス社長のプロフィール
海辺の街だからこそ実現できる働き方を提案
―― 野村不動産グループはJR東日本と共同で、芝浦1丁目、浜松町ビルディングの建て替えを含む開発プロジェクト「BLUE FRONT SHIBAURA」を進めています。
新井 2025年竣工予定のS棟、30年度竣工予定のN棟からなるツインタワーを建設するプロジェクトです。各棟に商業施設と、オフィス、S棟には日本初進出のラグジュアリーホテルブランド「フェアモントホテル」、N棟には住宅エリアを設ける予定です。N棟は今後、東芝本社の置かれる浜松町ビルを取り壊し、その跡地に建設していきます。08年に東芝不動産が当社グループに入ったことが、このプロジェクトにつながりました。
芝浦は、豊洲や台場、晴海、有明といったベイエリアと都心部をつなぐ交通結節点。景観の面でも、目の前に海が広がる美しい場所で、都市の利便性と自然の開放感を兼ね備える、都内でも希少な土地です。
人間は本能的に、水辺で過ごすことに安心感を覚えるものではないでしょうか。海外を見ても、香港やマンハッタンなど、水辺に積極的にオフィスを展開している街がありますが、従来のビル群の中で働くよりも生産性が上がるのではないかと思います。
本プロジェクトでは、ただオフィス環境を整備するだけでなく、新しい働き方「TOKYO WORKation」を提案します。われわれ野村不動産グループも、来年竣工するS棟に本社を移転させる予定ですので、新たな環境で働けることを楽しみにしています。
―― 新しい働き方の提案とは、具体的にどういうことでしょう。
新井 まず、共用のワークスペースを複数用意し、その日の気分や体調、業務に合わせて柔軟な働き方を選択できるようにします。一人で集中したい、チームで交流しながら働きたいといった需要に応えるワークスペース以外にも、働く人の健康に配慮したフィットネス、サウナなどの施設、東京湾を臨める眺望を生かしたテラスエリアなど、仕事に関わるさまざまなシーンを支える仕掛けを用意する予定です。
新しい働き方、と口で言うのは簡単ですが、実現させるのは難しいことです。紙とペンがPCになったり、固定電話がスマホになったりと、仕事に使うツールは進化していますが、みんなで椅子に座って机に向かう「働く姿」は何十年もあまり変わっていない。フリーアドレス制を導入したけれど、結局座る席が固定化されてしまって当初望んだ効果が得られない、というのもよく聞く話です。ここには、これまで働き方の変化をよく考えて提案できていなかった、われわれデベロッパーの責任もあるのではないかと思います。
また、近年賃上げの動きがあり、バブル期と比べても人件費は上がっている。それに対してオフィスの賃料の上昇はまだ弱い。これは単に床面積の需要と供給が合っていないという理由だけではなく、われわれが価値あるオフィスを提供できていないということでもあると思います。
出勤したくなるオフィス環境を作り、それによっていかに働く人の生産性が上がるかをご理解いただければ、その価値は賃料にも反映されるはず。そのモデルケースになるようなオフィスにしたいです。
―― ただ複合施設を作るだけでなく、交通インフラまで整備して街の在り方を根本から刷新しようとされています。
新井 そうですね。5月から、晴海〜芝浦・日の出区間において、新たな舟運サービス「BLUE FER
RY」の運航を開始しています。われわれが日の出ふ頭で運営する、船着場を備えた商業施設「Hi-NODE」と、都心で働くビジネスパーソンも多く住まう晴海エリアを結ぶ新たな交通インフラです。
東京都が、舟運を新たな通勤・観光の手段として浸透させるために推進する補助制度があり、それに参画して実現させたプロジェクトです。芝浦から東京湾を挟んで向かい側には、晴海、勝どきなど、住宅を多く含むスポットが点在しています。それらをつなぐ交通インフラまで整備することで、このベイエリアの価値をさらに高めていけるはずです。
大手デベロッパーと比べ、強みは「人」と向き合うこと
―― 野村不動産は1957年、野村證券の新社屋の建設を契機に同社の資産管理会社として設立され、その後徐々に事業範囲を広げてきて現在に至ります。大手財閥系デベロッパーなどとは系譜が異なりますが、都心の大規模な開発を手掛けるにあたり、彼らと比べて強みになる点は何でしょうか。
新井 個人的に、野村證券から分離独立したという歴史は、今進めている事業にはあまり関係がないと考えています。とはいえ、やはり初めから豊富な土地を有して設立された会社ではありませんから、他に強みを身に付けなければならなかったのは事実だと思います。私が思うにその強みとは、お客さまのニーズを汲み取って反映するために、社員が妥協しない点です。
私はキャリアのほとんどを野村證券で過ごし、副社長として野村不動産ホールディングスに入ったのはつい2年前のこと。入社して初めて、その強みを感じたエピソードがあります。開発の話題を離れますが、当社グループは2002年、マンションブランドを「プラウド」に一本化しました。高級感ある生活のイメージを根付かせたことで人気を伸ばし、12年には初めて業界1位の発売戸数を記録。外からはただブランド戦略に成功したように見えていましたが、実際入社してみると、それだけではないと分かりました。
野村不動産グループの社員は妥協しない。設計事務所、ゼネコンなど、他社の方と協力しながら業務を進めていく際も、お互いが納得いくまで協議する努力を怠らないので、傍で見ていると先方がやりづらそうに見えることもあるほどです。端的に言って、お客さまのためにものづくりを「極めようとする」会社です。事業関係なく、社風として多くの社員にこの姿勢は共通していますね。
開発事業もそうですが、当社グループはまだまだこれから大規模なプロジェクトを成功させ、不動産会社としての価値を高めていかなければならない段階にいます。目の前の仕事に気を引き締めて取り組むことで、その価値を自ら生み出そうとしてくれている社員が多いと感じます。
―― 他に新井さんが、野村不動産グループの特徴だと感じている点はありますか。
新井 野村不動産グループの特徴は、どの事業においても、街や建物で過ごす「人」を何より大切にしているところです。
「BLUE FRONT SHIBAURA」においても、芝浦という一地域で人を囲い込みたい、閉じた街を創りたいという考えはありません。本プロジェクトの中では、浜松町駅西口地区、竹芝地区の開発事業者と連携し、地域の活性化を目指していくと宣言していますし、連携していない地域も含む東京全体の豊かさにも貢献したい。とにかく芝浦という地域に住む人、訪れる人に豊かな生活と時間を提供することが一番の願いですから、他の地域と良いつながりを築くという意味でも芝浦の魅力を高めていきたいですね。