日本の高度成長を支えた化学産業。ここ数年は世界的な脱炭素の流れでやり玉に挙げられている。と思ったら今度は揺り戻し。世界的な投資会社のCEOは、「個人的にESGという言葉はもう使わない」とまで言い出した。外部環境の変化の中で、大きな組織の舵を取る勘所はどこにあるのか。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年11月号より)
橋本 修 三井化学社長のプロフィール
現場がコミットするのは1年間の予算だけ
―― 橋本さんが社長に就任した2020年、日本政府は「2050年までにカーボンニュートラル(CN)を実現する」と宣言しました。化学業界大手でいち早く歩調を合わせたのが三井化学です。ところが近年、エネルギー危機を背景にCNを含むESG重視の論調が見直される動きも出てきました。
橋本 経営者としては粛々と対応して自分たちがなすべきことをきっちり進めていくしかありません。ただ、これだけ短期間に世界的な潮流が変化するとやはり社員も不安になります。そこで、長期ビジョンを打ち出し、われわれがなりたい姿を明確にすることが重要だと考えています。
―― 三井化学は16年時点で、10年先の姿をターゲットにした「VISION 2025」を打ち出しました。時代背景としてはCNやESGとは違った理由もありそうですが、どうしてだったのでしょうか。
橋本 10年前後、リーマンショックやソブリンリスクなどが重なり、当社の財務基盤が揺らいだ時代がありました。その時期、経営計画は3年ないし4年の中期計画を策定していたのですが、外部環境の変動が激しくなかなか計画通りにいかないわけです。そこで実際は、毎年数字を見直して微修正していくことになる。すると当然、1年、2年と時間が経過するにしたがって中計の最終的な目標値と実情の乖離が大きくなっていく状態が続きます。
ものすごいエネルギーを費やし精緻に計画を作り込んでいるのに、結局は数字を合わせるためにローリングしていく。そうなるともう、「この計画に意味はあるのか」という空気になってきます。そこで従来型の3年、4年の中期経営計画は廃止することにしたのが16年のことでした。
―― 一方で、一切の計画をなくして経営することも不可能です。
橋本 そうです。最低限の方向性をはっきりさせるため、少なくとも1年の予算は必要です。ただ、執行側がコミットメントするのはこの数字だけということにしました。1年間の数字ならば外部環境の変化に応じてコロコロ変える必要はなく、集中して取り組めます。
会社によっては事業内容や規模感に応じて1年間の予算だけを立て、毎年例えば5%成長をターゲットに経営していく企業もあると思います。しかし、グローバルに展開する当社グループは1万9千人以上の社員がいますし、特に石油化学は設備も大きく、プラントは新規に作れば稼働まで数年かかります。
ですから、1年だけの予算では会社がどこへ向かうのかが見えにくい。そこで、1年の予算と並行して、10年後の目指すべき姿として打ち出したのが「VISION 2025」です。
―― 3年の中計を廃止しても現場は翌年、翌々年に求められる数字は何となく予想がつきます。となると結局、中計廃止前の通り動いてしまうのではないですか。
橋本 もちろん、2年後、3年後の数字は事業部ごとに作ってはいます。ですが、コミットする必要はありませんから精緻に作る必要はなく、全然重みが違うわけです。また、経営側としても、2年後、3年後に向けた事業の「考え方」は持っています。しかし、そこに数値目標は紐づいていません。
大きなビジョンは社員へのメッセージ
―― 21年には25年までの長期計画を見直して30年までの長期計画「VISION 2030」が策定されました。これは最初から見直す前提で考えていたのでしょうか。
橋本 それは考えていませんでした。16年策定の「VISION 2025」には、私も経営企画担当役員として深く関わりました。当時の見立ては、1年単位の予算を回していき、長期計画は堅持するということ。ところが、コロナや米中の政治問題、冒頭で言及したCNやESGの広がりなど、あまりにも目まぐるしく状況が変わりました。ここまでの激変を前にして、さすがにわれわれが目指す姿も変わったため、長期計画の見直しを行ったのです。
また、他にも修正点はあって、「VISION 2025」は長期計画の進捗具合をうまくモニタリングできていませんでした。そこで、現在の長計では財務目標と非財務目標を統合した経営計画システムの下で24のKPIを定め、それぞれトレースしていくことで自分たちの達成具合をモニタリングする仕組みを作りました。こうして、長期計画に基づく経営のノウハウが蓄積されたこともあり、「VISION 2030」は途中で大きく修正することは想定していません。
―― 外部環境の変化が激しいことへの対応もあってか、30年ないしは50年までの長期ビジョンを打ち出す日本企業が増えています。その点、三井化学は先駆けていました。また、CNへの取り組みを表明するのも業界内で早かった。大きな意思決定が迅速なのはどうしてですか。
橋本 どうでしょうね、迅速な会社だとあまり言われませんが(笑)。
それは別にして、CNへの取り組みをいち早く表明した背景には、社内に向けたメッセージの意味合いもありました。当社はもともと、例えば大阪工場にはCCU(Carbon dioxide Capture and Utilization:二酸化炭素回収・利用)の中試験設備があるなど、CNに関連する技術を持っていました。しかし、今ほどCNへの注目が集まっていなかったこともあり、研究がストップした経緯があります。
ところが、CNが世の中的に重要視されるようになり、再びCCUのような技術が脚光を浴びるようになりました。ですが、そうした研究に関与していたメンバーは、非常につらい思いをしているわけです。会社の都合で事業が止まりバラバラに散っていったのに、時代の流れが変わったから再び会社として力を入れるなんて言うわけですから。私もメンバーと直接話をすることもありましたが、「途中でダメならどうせまたはしごを外すんだろう」と、そういう慎重な空気を感じるわけです。
―― その方々の気持ちも分かります。
橋本 こうした状況を作り出してきたのは経営側の責任です。そこで、どうしたら不安を払拭できるだろうかと考え、対外的に「三井化学はCNをやる」といち早く宣言しました。
こうすれば社員ももう一度信じてくれるのではないか。少なくとも、私は本気だと、そう感じてもらいたかったのです。それから社内の雰囲気は少し変わって、CNの研究が積極的に進むようになり、そうした事業に関心のある人材も集まるようになりました。
経営は駅伝と一緒。元気なうちに次へ襷を
―― 話を「VISION 2030」に戻すと、25年にコア営業利益2千億円という中間目標を掲げています。進捗はどうですか。
橋本 ベーシック&グリーン・マテリアルズ(石油化学)分野では、リストラクチャリングやプラントの停止・ライトアセット化など、かなり大胆な施策を打ってきました。ですが、非常に苦戦しています。
というのも、中国の経済成長が鈍化することで需給が緩めばプラントの大増設の計画も止めるだろうと思っていたところ、全く止まらなかった。結局、中国から猛烈な量の製品がこぼれてきて、しかもロシア産の安い原料を使っているので、きわめて安価な製品が市場に溢れかえりました。
元々年間で300億円ほどは稼げるともくろんでいたのですが、結果的にマイナスになっていますので早急に立て直しているところです。
―― 三井化学は石油化学以外にも、ヘルスケアや、自動車、半導体など幅広い領域で事業を展開しています。それらの状況はいかがですか。
橋本 眼鏡レンズ材料などのビジョンケアや農業化学品をコアとしたライフ&ヘルスケア・ソリューション事業は19年以降、年率20%近く伸ばしてきました。ですが、もっと高い成長率を期待していたので、ここも満足のいく結果には至っていません。また、半導体関連のICTソリューション事業も当初描いたほどの成長は実現していない状況です。これは半導体市場そのものが一気に立ち上がらずにじわじわ成長していることもあって、本格的な成長まで少し時間が必要だと見ています。一方で、自動車や移動体向けのモビリティソリューション事業は順調に利益成長し25年の目標値を24年に前倒しする計画でいます。
こうした状況を踏まえて、事業全体をどのように再構成していくか議論しているところです。ただ、30年に向けた五つの戦略である、「事業ポートフォリオ変革の追求、ソリューション型ビジネスモデルの構築、サーキュラーエコノミーへの対応強化、DXを通じた企業変革、経営基盤・事業基盤の変革加速」は変える必要はなく、一つ一つの施策の見直しを進めます。
私も社長に就任して5年目です。経営は駅伝と一緒ですから、元気なうちに次に襷をつなぐことが大切です。そうした部分も含めて、長期的な視野を持って経営を進めていきます。